voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離9…『竪琴の音律』

 
突然、ルイが立ち上がって森に目を向けた。
 
「どうしたの?」
 アールも立ち上がり、不安げに尋ねた。
「シドさんの居場所がわかりました」
 と、立て掛けていたロッドを手に取ると、放っていた光が途絶えた。
「え? なにか聞こえたの?」
「いえ。魔力を感じました。おそらくシドさんが魔法攻撃を使ったのでしょう。──すみませんがアールさんはこちらで待機していてください」
「でも……」
「ヴァイスさん!」
 
ルイがヴァイスの名前を呼ぶと、廃墟内にいたヴァイスが姿を見せた。
 
「すみませんがアールさんが森へ入らないように見張っていて下さい」
「……わかった」
 と、ヴァイスは少し面倒臭さそうに答えた。
 
アールは自分がいないところでお願いしてほしいと思いながら、再び森の中へ駆け出して行ったルイの背中を見遣った。
 
「……シドの居場所わかったんだって」
 と、アールは森を眺めたまま言う。
「そのようだな」
「カイも一緒かなぁ」
「…………」
「スーちゃんと一緒だから大丈夫かな」
「…………」
「スライムのスーちゃん。結構役に立つみたい。最近はカイに懐いちゃって、ちょっと寂しいんだけど」
「…………」
「……ヴァイス」
 と、アールはヴァイスを見上げた。
「……なんだ?」
 と、ヴァイスはアールを見下ろした。
「せめて相槌だけでもしてほしいのですが」
「…………」
「これラジオだったら放送事故だよ!」
「…………」
「アールのオールナイトにっぽーん! なんつって」
「…………」
 
アールの頭の中でオールナイトにっぽんの音楽が流れた。
ヴァイスは終始無表情だった。
 
「──もういい。」
「どうしてほしいのだ?」
「どうもしなくていいっす……」
 と、アールはうなだれた。
 
━━━━━━━━━━━
 
シドは木々の間に身を潜め、額の汗を拭っていた。
人間の頭を積み上げた化け物は、砂埃を巻き上げながらシドの姿を捜している。体中から灰色の煙りが立ちのぼっているのは、先程シドが魔力を使って攻撃を仕掛けたからだ。
 
しかし動きを止めるどころか四方八方を向いていくつもの人間の脚はばらばらに動きながらシドに向かって走り寄ってきた。
積み重ねられている顔は口を大きく開けて歯をガチガチと鳴らしながらシドの肉を欲しているようだった。
 
「なんだよあいつ気持ちわりぃな……」
 そう呟きながら、カイがいないことに今頃気づいた。
「あいつ……っ」
 しかし今は怒る気にもなれない。
 
それにしても異様だった。4メートルはある化け物はこれまでどこに身を隠していたのだろう。シドが仕留めた獣を喰らうために突然現れたように思える。
ドスドスと足音が近づいてくる。
シドは木の陰から音がする方を見遣った。木々の間から黒い影が揺れている。空に目を移した。暗くなると厄介だ。早い内に倒さなければ、ただでさえ森の中は見通しが悪い。
 
息を整え、再び道に飛び出すと化け物を目掛けて高らかにジャンプをした。
 
━━━━━━━━━━━
 
一方カイは、息を切らしながらひたすら走り続けていた。
時折ちいさな石に躓きながら、全速力で気味の悪い化け物から遠ざかる。
 
不意に脚を止め、空を見上げた。ルイのロッドが放っていたはずの光がいつの間にか消えている。
 
「スー……ちん……」
 
膝に手を置いて前屈みになりながら苦しそうに声を出すと、カイの胸元からスライムが飛び出した。カイの頭に移動し、周囲を見回す。
 
「あんな恐ろしい生き物はじめて見たよ……ホラーじゃん……」
 ゼェゼェと呼吸を繰り返すカイの髪の毛を、スーが引っ張った。「ん……なに?」
 
スーはカイから飛び降りると、一本の古木の前までゴムボールのように跳ねながら移動し、生い茂る森の中を指差した。
 
「え、なに? そっちになにかあんの? なにもないってことには出来ないの?」
 
カイはスーに歩みより、手の平に乗せた。スーは作り出した手で、頻りに森の中を指差している。
 
「もぉ……行けって言うんだろぉ? それはわかるけどさぁ、俺そういう役目じゃないんだよねぇ」
 
そう言いながらも森の奥に目を向けた。
 
「なにかあったらスーちんのせいだからねぇ?」
 
スーは両手をつくってパチパチと手を鳴らした。
 
━━━━━━━━━━━
 
森の奥からカイの叫び声がして、また聞こえやしないかとハラハラしながら耳を澄ませていたアールの耳に、ポロンと、柔らかな弦楽器の音が入り込んできた。吟遊詩人が竪琴を鳴らしているのだろう。その悠長な音色に耳を傾けていると、心が落ち着いてくる。
 
それでもカイのことが気掛かりだった。
シドと一緒なら問題はないだろうが、森に響き渡った叫び声は“逃げ出すとき”の叫び声のような気がしてならない。シドは逃げ出さないことを考えると、例え一緒にいたとしてもまた離れ離れになってやしないだろうか。そう思いはじめるといてもたってもいられなくなる。
 
アールは廃墟が立つこの場所に唯一続く一本の道に向かって無意識に歩き出していた。ヴァイスがすぐに彼女の腕を掴み、引き止めた。
 
「大人しくしていろ」
「あ……ごめん。でもちょっとそこまで」
「…………」
「…………」
 
決して強い力ではなかったが、ヴァイスの手はアールの細い手首を掴んだまま離さなかった。
 
「……ごめん、行かない。大人しく待ってる」
 アールは観念して俯くと、ヴァイスは黙って手を離した。
 
竪琴の音は微かな風に乗って流れ続けていた。
アールは一本道が見える方角に体を向けるようにして廃墟の壁に寄り掛かり、その場に腰を下ろした。何気なく右側を見遣ると、廃墟の裏にランプ草の花がいくつも咲いていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -