voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離7…『迷宮の森の詩人』

 
廃墟の壁に立て掛けたルイのロッドが、空へと一本の光を放った。まだ闇に包まれる前の時間帯では光の強さは弱い。
 
「これでよし……」
「それ便利だね」
 と、アールがルイに声をかけた。
「前にその光に救われた。ほら、覚えてる? 私が小屋を飛び出してしまった雨の日」
 
ルイは優しく笑った。
 
「勿論です。無事に戻ってきてくださってよかった」
「利口な考えとは思えないな」
 と、ヴァイスがふたりの後ろを通りながら言うと、廃墟の中へと入って行った。
「どういうこと?」
 と、アールはルイに尋ねた。
「おそらく、光を放っている今もこのロッドの魔力を使っているので安易に使うべきではないと言いたいのでしょう」
「そっか。でも“カイは”心配だもんね……」
「えぇ、シドさんが見つけてくださればいいのですが」
 
アールは空へ伸びた光を見上げた。この光はどこまでのびているのだろう。
 
「寒くはないか?」
 と、廃墟から詩人が顔を出した。
 
ルイはアールに目を向ける。
 
「あ、私は大丈夫。結構戦ってぽかぽかしてます」
 アールは手で顔を扇いで見せた。
「僕も大丈夫です」
「そういえばルイやヴァイスは私やシドほどは動き回らないからいいなぁ」
 と、アールは腕を組んで考えた。
「そうですね」
「私も武器はルイみたいにロッドが良かったなぁ。呪文を唱えて『えい!』って」
 アールは剣を抜いてロッドに見立てて振り回した。「開けゴマ!」
「なんですか? それは」
 と、ルイがすかさず訊く。
「知らない? 呪文だよ。開けーゴマ!」
「ゴマ……。ゴマを開くのですか?」
「ドアを開くんだよ」
「アールさんの世界では、ドアをゴマと呼ぶのですね」
 と、ルイは微笑んだ。
「……呼ばないです。」
 と、アールは首を振った。「なんでゴマなのか私も知りたいです」
 
知る術がないものと出くわしたとき、必ず心がチクリと痛む。自分の世界のことを知っているのは自分と、今は亡きタケルだけだ。
 
 “開けゴマのゴマってなに?”
 
もしタケルに訊くことが出来たら答えてくれただろうか。ネットにも繋がっているあれほど便利な携帯電話も、こっちじゃ役立たずだ。ただの思い出が詰まった機械。
 
「迷いの森って、誰がなんのためにつくったんだろ」
 アールは呟いた。
「説はいくつかありますが、かつてダムール村という小さな村がありました」
 ルイは立て掛けたロッドを眺めながら言った。「その村に行くにはこの森を通る必要がありました」
 
アールはルイの話に耳を傾けた。
人口200人程の小さな村、ダムール。その村に山賊が訪れ、子供をさらって行った。子供は売れば高い値がつくからだ。
そんな山賊に怯えた村人たちが魔術師に頭を下げ、迷宮の森をつくり、よそ者がたやすく村に入れないようにしたのである。
当時はまだ防壁結界が存在していなかったが、今なら森に罠を仕掛けるよりも防壁結界を張ったほうが効果的だろう。
 
「その村は?」
 
ルイは“かつて”と言った。
今はその村は存在しないのだろうか。
 
「今はカスミ街という名前に変えて存在していますよ。今では人口も増え、村から街へ変わりました。山賊も、魔物が溢れかえった今、姿を消しました」
 と、ルイは微笑んだ。
「そっか。──めんどくさい森だと思ってたけど、村人たちが子供を守る為につくった森だったんだね」
 アールは森を見遣った。
 
決して広い森ではなかった。迷わず進めば半日も掛からずに抜けられる森だ。それを魔術師の手によってなかなか抜け出せない森へと変化させた。
 
「その魔術師の力って今も消えてないんだね」
 アールがそう言うと、詩人が口を開いた。
「今も年に一度、魔術師がここへやってくる」
「力が消えないように?」
 と、アールが訊く。
「あぁ」
「でももう山賊はいないんですよね?」
「この森には村人の依頼を受けた魔術師にしかたどり着くことの出来ない場所があるようだ。──依頼を受けた魔術師は既に亡くなっているが、後継者がいる。奴らが守っているものが何かはわからない。興味もないからな」
 
ルイは考えるように虚空を見下ろし、森に目を向けた。
この森に何か眠っているのだろうか。魔術師しか立ち寄れない場所に、なにがあるのだろう。
 
「気になるね」
 と、アールはルイの顔を覗き込んだ。
「えぇ」
「宝もどこかに隠されている」
 詩人はそう言ってアールたちに背を向けた。「何が隠されているのかは知らないがな」
 
詩人は廃墟に姿を消した。
静かな森が風にざわめいた。緑の香りが心地好い。
アールは空を見上げた。薄暗くなってきたような気がする。
時刻は午後4時を過ぎていた。
 
「シドたち遅いね」
 アールは廃墟の壁に寄り掛かり、腰を下ろした。
「携帯電話が使えないと不便ですね」
 ルイもアールの横に腰を下ろした。
 
ルイのロッドは今も空に向かって光を放ってアールたちの居場所を知らせていた。
 
「お宝見つけて来てくれたらいいなぁ」
「そうですね」
 
ルイはくすりと笑った。
 

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