voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界23…『歩武』

 
「起きなさい!朝よ」
 と、母親の声がする。
「ん……あれ? お母さんなんでいるの?」
 目を覚ますと、母親が部屋のドアを開けて覗き込んでいた。
「何寝ぼけたこと言ってるの。仕事に遅れるわよ」
「仕事……?」
 
「──はい朝食」
 と、食卓に並ぶ食事。
「また焼いただけのパン? マーガリンとハムは?」
「それくらい自分でしなさい」
「ケチ……」
「チイに餌はやったの?」
「それはお姉ちゃんの役目でしょ?」
「プレゼントは決まったの?」
「プレゼント……?」
「もうすぐ父の日よ。たまにはプレゼントしようって言い出したのはあなたでしょ」
「あ……そうだったね」
 
「上手くいってるの?」
 
 何……?
 
「 雪斗君と 」
 
 
 え……?
 
    * * * *
 
「ギャハハハハハ!」
「──?!」
 アールはカイの大きな笑い声で目が覚めた。
 
上半身を起こし、いつの間にか雨音が止んでいることに気づく。あれだけ降っていたのに。
 
「アールさん、おはようございます」
 と、起きたアールに気が付いたルイが今日も爽やかな笑顔で挨拶をした。
「あ……おはようございます……」
 
ルイにコーヒーを飲むか訊かれ、「はい」と答えた。
アールは求めてもいない夢を見た。今は彼女の足を引っ張るだけの思い出だ。さよならを告げても、夢まではコントロール出来ない。そう思いながら、キッチンでコーヒーを注ぐルイの背中を見つめていた。無意識に母親と重ねる。
 
「……? アールさん、具合でも悪いのですか?」
 と、苦痛な表情を浮かべていたアールの顔を、ルイはコーヒーを持って心配そうに覗き込んだ。
「いえっ……大丈夫ですっ」
 
温かなコーヒーを受け取り、少しずつ飲んだ。朝に飲むコーヒーは少し味が違う気がした。
まだ心配しているルイの視線が気になったが、気付かないフリをした。あまり構わないでほしいと、思っていた。心が不安定な時に優しくされると、泣き言を言ってしまいそうになる。もう弱さは見せたくなかった。
 
「あの……さっきからカイさんの笑い声が外から聞こえるんですけど、何かしてるんですか?」
 と、アールは尋ねた。
「ダムと遊んでいるようですよ。彼が早起きをするのは珍しいですね。また雨が降らなければいいのですが」
 
確かにこの数日間、彼は毎朝なかなか起きずシドやルイに何度も起こされているのをアールは見ていた。
 
「ダム……?」
「草食のモンスターです。ダム・ボーラ。とても可愛いですよ?」
 
草食とはいえ、魔物にかわりはない。牙を剥き出しにしていたり、猛獣しかまだ見ていないからか可愛い魔物など想像もつかなかった。
 
ルイはキッチンテーブルで朝食の準備を始めた。アールはコーヒーを飲み干すと、流しに運んだ。
 
「ごちそうさまでした。ちょっと外見てきますね。あ、シドさんは……?」
 
アールはまだ、シドが苦手だった。ルイが言うのだから、彼は良い人なのだろう。彼から教わることも沢山ある。──だが、アールにとってはまだ怖い存在だった。
 
「シドさんも外にいませんか? いなかったら魔物退治にでも行っているのでしょうね」
「魔物退治? 一人で先に行ったんですか?」
「いえ、腕を鍛える為に、近場で」
「そうですか……」
 
時々シドの姿がないのは、体を鍛えに行っているからだ。
アールはまだ疲れの取れない体で外に出た。地面は昨夜の雨で随分とぬかるんでいるが、空は雲一つ無い青空が広がっている。
 
「いい天気……」
 梅雨時のような雨の匂いが漂っている。
 
両腕を伸ばして背伸びをした。全身が筋肉痛になっていて、背中がつりそうになった。思わず顔を歪める。
 
小屋の裏からカイの笑い声が聞こえてきた。裏へ回ってみると、膝くらいの背丈がある魔物とカイが走り回っている。
 
「あ! アール! おはよぉ!!」
 と、アールに気が付いたカイが無邪気な笑顔で言った。
「おはよう」
 
魔物はピョンピョンと跳びはねるように走り、カンガルーに似ている。違いと言えば、毛の色が灰色で尻尾は体と同じくらいの大きさはあるところだろうか。
 
「この子がダム?」
 カイに歩み寄り、アールはダムにそっと手を伸ばした。
「そうだよー、可愛いだろぉ? まだ子供だし」
 ダムはアールの手に鼻先をつけ、擦り寄ってきた。
 
魔物というより普通に動物としか思えない可愛らしさに、思わず笑みがこぼれた。
 
「可愛い。カンガルーに似てますね」
「カンガルー? まぁ子供だからねぇー」
「…………」
 ダムは地べたにゴロンと横になった。カイはそんなダムを撫で回しては「可愛いなぁ」と連呼している。
「子供だから?」
 と、アールは訊いた。
「うん。大人になると凶暴になるからねー」
「凶暴って……でも草食なんですよね?」
「子供のうちはねー。大人になると雑食モンスター」
「そうなんだ……。モンスターと動物の見分け方は?」
 
もしかしたら自分の世界にはいない動物がいたら、魔物と間違えてしまうかもしれないと思い、訊いた。
 
「見分け方ぁ? 動物じゃないやつがモンスター」
「……もういいです」
 
アールは暫くカイと二人でダムと遊んでいると、ルイが朝食の用意が出来たと、呼びに来た。シドも外から戻って来て、全員揃って朝食を済ませると、一行は直ぐに歩き出した。
 
一日の始まりを迎える度に魔物との戦いが待ち受けている。恐怖が消えない限り、心臓が持たなかった。それでもシドが剣豪と呼ばれる程の腕を持っているからか、一人で戦うわけではない為、ほんの少しだけアールの心に余裕が出来てきた。それは魔物の動きを目で追えるくらいの些細な余裕だが。目で追えるからと言っても、その動きに対応出来る腕はまだ持っていない。初めて目にする魔物が現れれば心臓がバクバクと音を立てる。そんな自分が情けないと感じていたが、当たり前にも思う。普通は誰でもそうだろう。
 
誰でも恐怖を感じるものだ。──そう思えば少しは楽になれたのに、『選ばれし者』この言葉が邪魔をする。自分は普通ではいけないのだという思いにさせられる。
 
仲間には手を引かれ、城にいた人達には背中を押され、アールの足は歩かされていた。

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©Kamikawa
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