voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界22…『ほろ苦い珈琲』

 
その日は雨が強くなる一方で、まだ旅に慣れていないアールを気遣い、先に進むのは断念し、仕方なく山小屋で過ごすことになった。
アールが汚れた服を着替えている間、三人は肩を並べて後ろを向いていた。そして、ルイにまた傷の手当てをしてもらい、ドア付近の隅に膝を抱えて座っていると、ルイがまた声を掛けてきた。
 
「アールさん、体が冷えたのではないですか? ホットミルク、飲みますか?」
「あ、私ミルク苦手なので……」
 と、少し気まずく答えると、
「だーから小さいのかぁ!! なーる!!」
 と、カイが叫んだ。
「カイさん! 言葉には気をつけてください」
 ルイは、すかさず叱るように言うと、何故注意を受けたのか分かっていないカイはキョトンとした表情を見せた。
「私は小さくないですよ……。私の世界じゃこの身長が平均なので」
 と、アールは少しだけ嘘をついた。
 
 別にいいよね? 身長くらい。それに私より小さい人もいるんだから。150cmなんて、普通、普通。
 
「そーなのぉー?」
 と、カイは疑いの眼差しを向ける。
「そう。だから小さくはないです」
 
結構なコンプレックス。同い年で150センチ以下の人だっている。だからこそアールは、小さいとかチビとか言われるのが大嫌いだった。
 
「ココア、コーヒー、どちらがいいですか?」
 と、ルイは改めてミルク以外を勧めた。
「じゃあ……コーヒーを」
「わかりました。美味しいコーヒーを用意しますね」
 そう言うと、ルイは綺麗に掃除を済ませたキッチンで用意を始めた。
 
正直、コーヒーはあまり好きじゃなかった。どうしてもあの苦さが好きになれない。でも、朝起きる度にコーヒーの香りがして、ルイが美味しそうに飲んでいるのを見ていると、ルイの甘い笑顔のせいかコーヒーが美味しそうに見えたのだ。それでちょっと飲んでみたくなった。
 
山小屋に、コーヒーの香りが漂ってきた。
 
「どうぞ」
 と、薄いピンク色のマグカップに注がれたコーヒー。受け取る際に少しルイの手に触れた。
「アールさん、大丈夫ですか?」
「え?」
「手が冷えています。寒いのでは?」
「あ……大丈夫です。私冷え症なので」
「冷え症だから大丈夫、なんてことはないと思うのですが……」
「私は昔から冷え症だから、慣れてるんです。体はポカポカしてますよ、手や足はなかなか温まらないだけで……」
「そう……ですか」
 
少し指先に触れただけで冷えていると分かってしまう。油断出来ない。心配性なルイにあまり迷惑はかけたくないと、アールは思った。
 
「それより、ブラックコーヒーですか?」
 コーヒーは真っ黒だった。さすがにブラックコーヒーは飲めない。
「砂糖は入れてありますよ。ミルク……入れますか?」
 ルイは、アールがミルク嫌いだと知って、ミルクは入れなかったのだ。
 アールは試しに一口飲んでみた。ほろ苦さが口の中で広がった。
「……美味しい!」
「それはよかったです」
 
苦そうに見える真っ黒なコーヒー。見た目とは裏腹に、ほのかな甘みとほろ苦さが身に染みて心地よかった。
 
「ルイ、俺もコーヒーな」
 と、ベッドの上で腹筋をしていたシドが言った。ギシギシと音が鳴る。
「はい、ブラックですか?」
「あぁ」
「俺ホットミールク!」
 と、床に座ってベッドに寄り掛かっていたカイが、手を上げて言った。わざわざ手を上げて発言する程のことではないのに。
「わかりました」
 ルイは全員に飲み物を要求され、笑顔で答える。
「あ、砂糖入れてねぇー!」
「えぇ」
 
アールの目に、ルイはまるで子供の面倒を見る母親のように見えた。
 
「カイさんは甘党なんですか?」
 と、アールは尋ねた。
「疲れには甘いものが一番いいよぉ?」
「なるほど……」
 するとシドが訂正するかのように、
「バーカ。疲れたときこそ苦いブラックコーヒーだろ! 気合い入れる為にな」
 と、言った。
「シドは変わり者だからなぁー」
「あぁ?! オメェがガキなんだろ! コーヒーも飲めねぇなんてガキだガキ!」
「なぁーんだよぉー! お砂糖とミルクたっぷりなら飲めるし!! ブラックコーヒー無理して飲んでるシドに言われたくないよぉー!」
 と、シドとカイの口喧嘩が始まった。
 
 てゆうか無理して飲んでたんだ……。
 
「うるっせぇな! 無理しねぇと飲めるかこんな苦い飲みもん!!」
「僕は飲めますけどね。僕は好きですよ? ブラックコーヒー」
 と、ルイが二人の喧嘩に笑顔で入ってきた。そして、ブラックコーヒーとホットミルクをこぼさないように、そっと二人に手渡した。
「なんだと……?!」
「ルイは大人だなぁー」
「そうですか?」
  
ニコニコ、ニコニコと、二人の口喧嘩に入り込んだルイは、二人の扱いを知っているようで、やっぱりお母さんみたいだ、と、アールは改めて思った。
 
部屋中に甘いミルクとほろ苦いコーヒーの香り。疲れた体がホッとするひと時。
 
「アールさん」
 ルイはアールの隣に腰掛け、声を掛けた。ルイもホットコーヒーを手に持っている。
 
カイとシドはまた口喧嘩が始まっていた。騒がしい中、彼等には聞こえない声で言った。
 
「シドさん、疲労が溜まっていてイライラしていたのだと思います。それに、シドさんはちょっと言い過ぎてしまうところがあって……」
「あ、大丈夫です。私馬鹿だから、自分のことでさえ言われなきゃ分からないことがあって……。だからシドさんの言葉に、色々と気付かされました。寧ろ感謝してますから……」
 
シドに怒鳴られた時は、そんな言い方しなくても……と思ったが、彼の言葉は力強くて正しい。
アールの言葉にルイはにこりと微笑んだ。
 
 仲間を気遣うルイさんは、私にも気遣って、気疲れしないのかな……。
 
「シロップでも飲んどけガキが!!」
「大人ぶってるシドよりマシだぁ!」
 カイ達の口喧嘩は度を増していた。
「二人共いい加減にしてくださいッ!!」
「?!!」
  
誰よりも大声で口喧嘩を止めたルイは、またニッコリと微笑んで思い出したように外へロッドを取りに出た。
 
 何気に一番強いのはルイさんだったりして……。
 
アールは熱いコーヒーを冷ましながら少しずつ飲んだ。床に座っているとベッドの下やキッチンの隙間から虫が出てくるんじゃないかと、内心ビクビクしていた。
 
コーヒーを飲み干した頃には、体が芯からポカポカと温まっていた。夕飯も食べ終えて何もすることが無くなると、待ち構えていたように容赦なく入り込んでくる記憶。大切な人達の顔が浮かぶ度に仲間の会話に耳を傾けて気を逸らした。
 
「アールさんはベッドで寝てください。僕たちは床で寝ますから。布団は換えましょう、埃が凄いので」
 と、食器を洗い終わったルイが言った。
「うん、ありがとう……」
 
 
ザーッと降り続ける強い雨音が、古い山小屋に煩く響く。雨漏りしないのが不思議なくらいだった。
 
静かになった山小屋で、アールだけが遅くまで起きていた。手や顔の傷がまだズキズキと痛む。
マニキュアを塗って綺麗に見せる為に長く伸ばしていた爪は、城を出る前に短く切って不格好のまま、また少し伸びている。ささくれも出来て傷だらけだ。徐行液が無く、塗ったままにしていたマニキュアは、汚く剥がれていた。
そして、ずっと薬指に嵌めている雪斗とお揃いのペアリングは、小さい傷が沢山ついてしまっている。服の裾で磨いても、輝いてはくれなかった。
 
服はリアが用意してくれたもの、つなぎと寝巻きが3着と、下着は10セット。それだけで着回しだ。外では川や泉を見つけた時にだけ洗う。汚れや臭いなど気にしないようにしていても、ふとした時に気になったりする。
これが全く気にならなくなる頃は、この世界に慣れる頃だろう……。
 
アールは布団を頭まで被った。目を閉じて布団の中にいると、自分の部屋にいるような気がした。
 

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©Kamikawa
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