voice of mind - by ルイランノキ |
「カイ、スーちゃんは?」
カイが横になっているソファを上から覗き込み、アールが訊いた。
「え……」
と、カイの表情がみるみる強張ってゆく。「やばい……」
「まさか置いてきたの?!」
アールが叫ぶと、微かにペチペチと音がした。
音をたどると、視線の先にはヴァイスがいた。アールはヴァイスに歩み寄ると、スライムは彼の肩に乗って手を叩いていた。
「よかった。無事だったんだ」
「……あんたのペットか?」
と、ヴァイスが言った。
「あ、うん。仲間だよ。スーちゃん」
「…………」
「おいでスーちゃん」
と、アールは手を出したが、スライムはヴァイスの肩に留まった。
「ヴァイス、スーちゃんに気に入られたみたいだね」
「…………」
「居心地がいいのかな」
ヴァイスに話し掛けているのに、これじゃあまるで独り言だ。
人間の姿をしているが人間でもなければ魔物でも魔族でもない、バケモノだ
バケモノって……普通の人間にしか見えないけど
アールはシドとの会話を思い返していた。
「普通の人間が村を襲って人肉を貪るとは思えねぇーけどな」
「シドさん、それはただの言い伝えですよ。バケモノだなんて失礼です」
「じゃあ本人に訊いてみろよ。正直に話すとは思えねーけどな」
シドに言われた通り、直接訊こうかと思い悩んだ。こらから共に旅をする仲間のことは知っておきたい。
「ねぇヴァイス……」
「…………」
視界の片隅でなんの反応も示さないヴァイスに目を向けたアールは、訊くことを思い止まった。間に流れている空気から拒絶を感じたからだ。
「話し掛けられるのウザいなら言えばいいのに。『虫ずが走る』って」
アールがそういうと、2人は漸く目を合わせた。
紅い瞳に、ドキリとした。チクリと胸を刺すような、じわりと血が滲み出るような感覚に陥る。心が痛い。哀しみに満ちたような紅い瞳の奥に、暗い闇が広がっているように思えた。
暫くして、ルイの料理がリビングのテーブルに並んだ。緊急事態とはいえ、見知らぬ他人の家で勝手に食事をするのは妙な感じだ。一応、ワラブには許可を得たつもりではいるが。
「ヴァイスさんもどうぞ」
と、空いているスペースに促したルイだったが、ヴァイスは断った。
「私には必要ない」
ヴァイスが自分のことを“私”と呼んだことに違和感を抱いたのはアールだけのようだった。他の3人は特になんの反応もしていない。
「では、お腹が空いたら言ってくださいね」
ルイが気をきかせてそう言うと、シドが鼻で笑った。
「言えば人肉を用意すんのか?」
「シドさん……」
2人の会話を聞いて、真っ先に食事を始めていたカイが箸を止めた。
「もぉ……食欲なくなるじゃーん……」
人肉
アールは旅の途中で見た、人の肉の塊を思い出した。今となっては“あれ”を思い出しただけで気が狂うこともなくなった。もっと酷い残骸を、映像とはいえリアルに訓練所で目の当たりにしたのだ。
「いただきます」
と、アールは食事をはじめた。
カイのコップにつがれた水に、ポチャンと何かが入った。
「あ"ぁーっ!?」
スライムのスーだ。「アールのに入れよぉ……」
「カイの水のほうが気持ち良さそうだったんだよ」
アールは笑いながら煮込み魚を食べた。
「なんだよそれぇー」
「カイさん、別のグラスに水を入れ直してきますね」
ルイはにこやかに対応した。
「スー、お前とは気が合いそうだな」
と、シドも笑う。
「なんだよぉー! スーちんは俺の友達だと思ってたのにぃ! ひどい裏切りだよもぉ!」
スーの行動で、食卓が賑やかになった。
ヴァイスはずっと部屋の片隅で、壁に寄り掛かっていた。ちらりとアールたちに目を向ける。──騒がしい。あまり居心地がいいとは思えない。
アールの笑い声が耳に入る。ライズだったときに出会った彼女と比べ、心なしか表情が力強く変わったように思う。強くなったというよりはまだ弱さは隠してはいるが、以前よりもうまく隠せるようになったのかもしれない。
「でさぁー、スーちんが助けてくれたんだよぉ。こうビローンと伸びて、ルフ鳥の目を目隠ししたんだ!」
「へぇ、やるじゃんスーちゃん」
アールが褒めると、コップの水の中に浸かっていたスーは手を伸ばしてペチペチと音を鳴らした。
食事を終えた一同は、それぞれ時間を潰していた。カイは床に寝転がり、ピコピコゲームで遊んでいる。ルイは借りたキッチンをピカピカになるまで磨き、シドは窓から外を眺めていた。
「あれ? ヴァイスは?」
リビングにいたはずのヴァイスの姿がなかった。
「俺しーらないっ」
と、ゲーム画面から目を逸らさずに言ったカイ。
「知るか」
シドは腕を組んでまた外を眺めた。
どこに行ったんだろう。気配を消すのが上手いな、と感心するアールは、キッチンを覗いたが、そこにもいなかった。
この家は2階建てだ。階段の下から2階を見上げ、上にいるのだろうかと階段に足を掛けたが、上がるのはやめにした。──ひとりになりたいのかもしれない。ライズのときもひとりが好きそうだった。
階段の一段目に腰を下ろし、足を伸ばした。テレビ棚の前ではワラブが眠っている。外からはまだルフ鳥の鳴き声がしていた。
外を見飽きたシドはカーテンを閉めた。ソファに横になろうとして、足の爪先が何かを蹴った。足元を見遣ると、刀が落ちていた。──カイの刀だ。
シドは舌打ちをして拾い上げると、柄(つか)に血のような跡がついていることに気づいた。
ソファに腰掛けてから刀を鞘から抜くと、刀身にベットリと血が付いていた。人の血ではないと色の違いでわかる。
──あいつ刀使ったのか。つーか使ったら血を払えっての。
シドは苛立ちながら、シキンチャク袋から布を取り出し、丁寧に拭きはじめた。
Thank you... |