voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光36…『バケモノ』

 
ルフ鳥はブラオ街の上空を飛び続けていた。
ルフ鳥が活動を終えるであろう朝方まで、アールたちは結界の張られた家の中で待機するしかない。
 
リビングでは美味しそうな匂いが漂っていた。ルイがこの家のキッチンを借りて調理をしているのだ。そこにリビングからアールが顔を出した。
 
「ルイ、餌ないかな。ワラブーの」
「あ、僕の腰に掛けてあるシキンチャク袋から野菜を……確かキャベツがあったはずです」
 と、ルイは魚をさばきながら言った。
「キャベツ? もうひと玉あるの?」
 アールはそう訊きながら、ルイのシキンチャク袋を拝借。
「もうひと玉? 買い溜めをしていましたがあとひと玉は残っていたはずですよ」
「……あ、多分それワラブにあげちゃった」
「ひと玉を……ですか?」
 と、ルイの手が止まる。
「うん」
「ひと玉まるごとですか?」
「うん、全部芯まで食べちゃった」
「…………」
「あ、ダメだった? ごめん……」
 と、アールは落ち込んだ。
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
 と、ルイは慌て笑顔を取り繕った。「ただ、ブラオで食材を買い足す予定でしたがこの街の状況だと無理そうなので、少し困りましたね」
「そっか……この家に食料はないのかな」
 と、アールは冷蔵庫の前に立つと「失礼します」と言ってドアを開けた。
「食料があっても勝手に使うわけにはいきませんよ」
 ルイは3匹目の魚をさばきはじめた。
 
アールは冷蔵庫の中をくまなく眺めた。野菜室ではないというのに野菜がぎっしりと詰まっている。タッパがいくつも重ねてあったが、どれも中身は切った野菜だ。
 
「野菜ばっかし……」
「おそらくワラブの餌では?」
「なるほど。──ねぇ、朝になったら街を出るのかな? ワラブーはどうなるの? ハムスターも」
 アールは切った人参やきゅうりが入ったタッパを取り出し、冷蔵庫を閉めた。
「動物保護団体に連絡してみますが、難しいかもしれません。逃げ出した住人が既に連絡しているはずですから。人手が足りないのかもしれませんね」
「え、じゃあ保護団体の人が来てくれるまで放置なの……? あ、ゲートボックスから移動出来ないの?」
「色々と手続きが必要になりますからね……」
 
ワンワンッ!と、キッチンにワラブが顔を出した。
 
「きゅうりとか食べる?」
 と、タッパの蓋を開けると、ワラブは嬉しそうに尻尾を振った。
「あげていいよね? ワラブーはこの家の家族だし」
「えぇ、いいと思いますよ。専用のお皿が確かリビングにあったはずですよ」
 と、ルイは言った。
「名前なんていうんだろ。首輪にも書いてないね。──ていうか動物保護団体の人はワラブも引き受けてくれるの?」
「……どういう意味でしょうか」
「ワラブってモンスターだよね」
「いえ、ワラブは動物ですよ?」
「えぇっ?!」
 と、アールはワラブを見遣った。「どうみても……」
「例えモンスターでも、共存していた頃のように落ち着いていて、安全性を確認出来るようなら引き受けてくれますけどね」
 
アールは餌を待っているワラブを見ながら、三つの目がある動物を初めて見たと驚いた。人を見掛けで判断してはいけないというが、動物にも当て嵌まるようだ。
 
「餌あげてくるね」
 
アールはリビングに向かうと、ワラブもついて来た。リビングを見渡し、餌入れを探す。ソファに寝転がっていたカイが、アールの気配でむくりと体を起こした。
 
「どったのぉー?」
「ワラブーの餌を入れる器があるはずなんだけど……」
「テレビ棚の前にあるよー」
「あ、ほんとだ。ありがとう」
 アールは餌入れの前に座ると、タッパから野菜を移し入れた。
 
餌入れの隣にあったもう一つの器は水入れだろう。水をつぎにキッチンへ戻ろうかと思ったが、面倒くさくてシキンチャク袋から自分の水を取り出し、注いだ。
 
「ワラブン名前なんてゆーの?」
 と、ソファからカイが訊く。
「わかんない。だからワラブーって呼んでる」
「ワラブーかぁ。ワラブンの方が可愛いよ」
「どっちも変わんねーよ」
 と、ソファの前に座っていたシドがうるさそうに言った。
 
心なしかシドは機嫌が悪いように思える。
リビングは空気が重い。そう感じたのは恐らく全員かもしれない。原因である人物は、静かに部屋の隅に腰を下ろしたままだ。
カイはよほど疲れているのか、珍しくおもちゃを広げることはせず、ソファの上から下りようともしない。結局アールは再びルイがいるキッチンへ戻った。
 
「ねぇルイ、なんでみんなヴァイスとの間に距離を置いてるの?」
「…………」
 ルイは切った材料を鍋に入れて煮込んでいる。
「さっき、なんとか族がどうの言ってなかった?」
 もう一度尋ねたが、ルイは考え込んでいるのかなかなか口を開かない。
 
「ハイマトス族だ」
 と、そう言ったのはキッチンに顔を出したシドだった。
 
シドは食器棚から勝手にこの家のグラスを手に取ると、水道の水を汲んで飲み干した。
 
「噴水は止まってるが水道の水は出るんだな」
「噴水は小川の水を使っていますから……。今は流れを止めてしまったようですが」
 ルイはそう言って煮込んでいる魚を眺めた。
 
シドはアールに目をやった。訊きたいことがあるなら今訊けと言っているような目で見遣る。
 
「ハイマトス族ってなに?」
 と、アールは改めてシドに訊いた。
「人にはない強い能力や魔力を持って生まれた種族だ。けど魔物とは違う。人肉が主食だって話だ。簡単に言や、人間の姿をしているが人間でもなければ魔物でも魔族でもない、バケモノだ」
 

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©Kamikawa
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