voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光38…『ご報告致します』

 
アールはお風呂場に移動していた。なんか臭いと思ったら、糞まみれの上着をほっぽらかしたままだった。
シキンチャク袋からビニール袋を取り出して片付けてから、浴槽に腰掛け、携帯電話を開いた。呼び出し音が長く続くが、一向に出る気配がない。電話を掛けている相手はモーメルだ。また甘えの連絡だと思われているのだろうか。
 
『はい、もしもし』
 と、電話に出たのはミシェルだった。
「あ、ミシェル? アールです。モーメルさんいるかな」
『アールちゃん! ちょっと待ってね、裏庭にいるの』
 そう言って受話器を置く音がした。
 
本当はミシェルとも話しをしたかったが、無駄遣いは禁止だ。とはいえアールにとって長電話は無駄の内には入らないが。
 
『今度はなんだい。アタシは電話が嫌いなんだよ』
 と、電話に出た早々モーメルは言った。
「ごめんなさい。報告したいことがあって。まず私たちはなんとか無事で、朝には全員で街を出られそうです」
『そんな報告いちいちいらないよ。こっちも暇じゃないんだ。切るよ』
「あっ待って!」
『なんだい』
「ヴァイスから連絡ありました?」
『──ないよ。あいつはまだどっかほっつき歩いているのかい』
「あ、違うんです。さっき、ヴァイスと合流しました」
『…………』
「それで、ちゃんとそのことをモーメルさんに伝えたのかなと思って。本人に訊けばいい話だけど……」
『取っ付きにくい奴だけど、宜しく頼むよ。どうせ他の連中はヴァイスの正体を知って戸惑ってるんだろう?』
「はい……」
『じゃああんたが仲を取り持ってやっておくれよ。あいつは不器用だし、人見知りだから自分から歩み寄ることはまずないよ。──まぁ、仲良くしなきゃいけない理由はないがね。戦闘に参戦して力を貸せばそれだけでも充分だろう』
「そうですね……ちょっと寂しいけど」
『あまり話しかけすぎて嫌われんようにすることだね』
「あはは……」
 アールは苦笑しながら、ハイマトス族について詳しく訊こうかと思ったが、モーメルは忙しそうに言った。
『じゃあ切るよ』
「あっまだ訊きたいことがっ」
『ルイにでも訊きな!』
 と、電話は切れてしまった。
 
「……はぁ」
 その肝心なルイが、なにも教えてくれないんだよ。と、アールは肩を落とした。
 
━━━━━━━━━━━
 
──時刻は午後10時半。
 
アールはテレビ台の前にいたワラブの隣で横になり、そのまま眠りについてしまった。
ソファに寄り掛かって本を読んでいたルイがシキンチャク袋から掛け毛布を取り出し、アールに掛けた。
カイはゲームに飽きてそのまま床で眠ったので、ルイはゲーム機を拾ってカイのシキンチャク袋に仕舞うと、彼にも毛布を掛けた。シドはソファを占領し、両手を頭の後ろに組んで片膝を立てて眠っている。──皆、疲れているようだ。
 
ルイは時計を気にしながら、階段の下から2階を見遣る。暫し考えてから、階段を上った。
その足音に気づいたのは、2階の廊下で腰を下ろしていたヴァイスだ。彼は個室に入るわけでもなく、廊下の突き当たりに座り、一時を過ごしていた。
 
「ヴァイスさん」
 ルイが声を掛けると、ヴァイスは顔を上げた。
「食事はどうなさいますか? お腹空きませんか?」
 
ヴァイスは間を置いてから答えた。
 
「私には必要ない」
「それは……食事はしないということですか?」
「お前達の食料を奪うつもりはない。構わないでくれ」
「奪うだなんて……」
 ルイは言葉を探したが、見つからなかった。
 
ルイは、ハイマトス族について詳しいわけではなかった。噂で耳にした程度だ。
彼等は忌み嫌われ、隠者として生活していた。ここ数年、彼等に遭遇したという話は聞いたことがない。昔は村を襲い、村の住人をひとり残らず平らげたという噂がある。直接その現場に居合わせたという人物と会ったことはない。もしかしたら噂だけが独り歩きしている可能性もあった。
しかし単刀直入に訊くことが出来ないのは、その噂を少なからず信じているからだろう。もし事実だとしたら、どんな言葉を返さばいいのかわからない。
 
「ヴァイスさん」
 と、ルイは意を決して再び声を掛けた。「貴方のことを聞かせてくれませんか」
 
その問いに、ヴァイスは視線を落としたまま、口を開こうとはしなかった。
もどかしさを感じたルイは、アールも自分に質問を投げかけてこんな不安な思いをしていたのかと思うと、ため息をこぼさずにはいられなかった。
 
「これから、よろしくお願いしますね」
 ルイはそう言って、階段を下りた。
 

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