voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光26…『助けて』

 
「どうしよう……私のせいだ……」
 
アールは携帯電話を片手にドアに寄り掛かり、顔を伏せた。
 
『落ち着いてください。アールさんのせいではありませんよ』
 電話から落ち着いたルイの声。『それで、アールさんは今家の中なのですね?』
「うん……」
『でしたらすぐにカーテンを閉めて、外から家の中が見えないようにしてください。鍵も閉めて、室内でも隠れていてください』
「カイが……」
『大丈夫です。こちらからまた連絡しますから、それまでは自分の身を守っていてください。せっかくカイさんが助けてくださったのですから、怪我なんかしたらカイさんがむくれてしまいますよ?』
「うん、わかった……」
 
ルイは電話を切ると、すぐにシドに掛け始めた。
大丈夫。そう言ったものの、保証はどこにもない。なかなか電話に出ないシドに、焦りが込み上げてくる。シドが電話に出たからといって、いい策があるわけでもない。
カイを助けに行くのであれば、方法はひとつしかないのは明確だった。
 
『なんだようっせーなぁ……』
 と、眠そうなシドの声が受話口から聞こえた。
「シドさん、カイさんが連れていかれました」
『誰にだよ』
「魔物ですよ!」
『で?』
「でって……助けにいかないと……」
『行ってこいよ俺に電話してねーで』
 そう言ってシドは欠伸をした。
「……そうですね。すみません。少し動揺してしまったようです。アールさんのこと、お願いします」
 と、ルイは電話を切った。
 
携帯電話を仕舞い、結界の周りを取り囲んでいるルフ鳥を見遣る。
 
「仕方ありませんね」
 シキンチャク袋から回復薬を取り出して一気に飲み干してから結界を解いた。
 
待ち構えていた魔物たちはあっという間にルイを取り囲み、店内の外へと引きずり出していった。
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは一通り家の中を歩き回り、鍵を閉め、カーテンを閉じ、寝室にあったクローゼットの中へと身を隠した。以前もクローゼットに隠れたことを思い出す。
膝を抱えて息をひそめながらカイを思った。自分がもたもたしていたせいで、カイが連れていかれた。一緒に逃げ込んでいればこんなことにはならなかったのに。
 
カイはなぜ私だけを突き飛ばすように家の中へ避難させたんだろう……。一緒に飛び込んでいれば2人とも助かったように思う。上空にいる数羽のルフ鳥が一気に自分たち目掛けて降りてきたのは翼の音で気づいたけれど、見て確かめる余裕なんてなかった。そのあとはカイに突き飛ばされて床に倒れ込んでいたせいでよく見えなかったけれど、2人で逃げる余裕もなかったのだろうか。
 
カイが身代わりになってくれたとしか思えない。
アールは悔しくて頭を抱えた。
 
それから10分ほど待っていたが、一向にルイから連絡がくる気配がなかった。
カイが無事でいる可能性はどのくらいだろう。アールはカイに電話を掛けようとした。もしかしたら何事もなく無事でいるかもしれないという願いも込めて。
しかしすぐに、カイの携帯電話が使えないことを思い出し、ため息をこぼした。無事だとしても連絡の取りようがない。
 
──と、その時、手に持っていた携帯電話が鳴った。
ルイかと思ったが、着信はシドだった。
 
「もしもし……?」
『なんだ、お前は無事か』
「え?」
『いや、さっきルイから電話あってな。まぁいいや。じゃあな』
「えっ待ってよ! ルイはなんて?」
『カイが連れていかれたってよ。お前ら一緒にいたんじゃなかったのか?』
「ううん……私だけカイと一緒にいたの」
『なんでカイだけ捕まってんだよ』
 
シドに訊かれ、アールは全てを話した。
 
『へぇ、あいつも人を助けることがあるんだなぁ』
 と、シドは笑いながら言った。
「笑い事じゃないよ……」
『まぁ大丈夫だろ。ルイが助けに行っただろうしな』
「え……助けに行ったって? どこに?!」
『あんま大声出すなよ。そこも安全じゃねんだろ? ──まぁハッキリとは言わなかったが、俺が助けに行けっつったからな』
「シドは? なにしてるの?」
『なにって別になにも。朝が来んのを待ってるだけだ』
「……そう」
 と、アールは思い悩む。
『お前は行くなよ?』
「え……?」
『今考えたろ。俺が助けに行かねーなら自分がって』
「…………」
 
 図星だ。
 
『お前が行くと余計に面倒なことになんだから行くなよ』
「でも私のせいでカイがっ──」
『だからってお前が行って何事もなく助けられるならいいが、面倒を起こすなら無意味だろーが!』
「でも……」
『でもじゃねーよ。自信もねぇくせに、感情だけで動くなっつんだよ。どーせルイに大人しくしてろって言われたんじゃねーの? 言い方変えりゃ、面倒を起こすなってことだ』
「……じゃあ大人しく待ってろって言うの?」
『それが“お前の”正しい選択だな』
「……シドは?」
『は?』
「シドは助けに……行ってくれないの?」
『自分の身は自分で守んねーとな。俺達はお前を守るようには言われてるから仕方なく守るしかねぇが』
「カイがどうなってもいいの……?」
『なんだそれ。脅しのつもりか?』
「そんなんじゃないよ! ただ……ただ仲間を見捨てるのかなって思っただけ」
『ひっでぇこと考えるんだなお前』
「なにそれ……」
『俺は見捨てるつもりはねぇよ。ルイが助けに行ったし、まぁ俺が行かなくても大丈夫だろって信じてるだけだ』
「あ……ごめん……」
 
アールはそう呟いたとき、玄関から物音が聞こえてきた。
 
『とにかくお前は大人しく……』
「シド……」
『なんだよ』
「やばいかも……」
『はー?』
「私……バカだ……」
『あぁ、そりゃヤバいな。バカは死ななきゃなおらねぇって言うしな』
「そうじゃなくて! カイがドアを蹴り開けたの忘れてた。多分そのときドアの鍵が壊れてたのかも……」
 
部屋の床を歩き回る足音が聞こえる。魔物の爪が床に当たり、カチカチと音がする。
 
『侵入してきたのか?』
「うん……音がする」
 と、アールは声をおさえた。
『武器は?』
「持ってるけど……魔物は多分1匹じゃない……」
 足音で、そう確信した。
『まぁ捕まったら仕方ねぇからそのままカイを助けに行きゃいい』
 と、シドは平然と言った。
「さっきは大人しくしてろって言ったのに……」
『状況が変わったんだろー? お前しらねーの? 臨機応変って言葉をよ。バカだな』
「バカだけど知ってるよっ」
 小声でそう言い放つ。
『部屋のどこにいんだよ』
「クローゼットの中」
『なら大丈夫だろ。魔物がクローゼットの戸を開けられると思うか? 引き戸だろ?』
「ぶち壊されたらどうすんの……」
『ぶち壊せんのか? 鳥が』
 と、笑う。
「あいつの頭突き凄いんだって! 背中に頭突き食らってぶっ飛んだんだから! それにガラス窓を割った奴らだよ?!」
『アッハッハッハ! お前そのネタ笑えるぞ!』
「ネタじゃねぇっつーの!」
 
──ガタガタッ! と、すぐ近くで物が倒れる音がした。
 
『お? 電話越しにも聞こえたぞ。見つかったのか? 可哀相に』
「…………」
 
アールは息をのんだ。魔物がクローゼットの前にいる──。
ベッドに羽根を擦る音、狭い室内で翼を羽ばたかせる音がする。
 
『おー。威勢がいいな! 最後まで見届け……じゃねぇな、聞き届けるのもいい暇潰しになるなぁ』
 
そう言って笑うシドの声が耳障りに聞こえたが、不安から電話を切ることが出来ない。
 
『電話してていいのかぁ? 電話片手に武器持って戦う気か? 随分と余裕だなぁ』
 
魔物はクローゼットから微かに漂う人間の匂いを嗅ぎ取っていた。1羽、2羽と寝室に集まってくる。しまいにはクローゼットに体当たりし始めた。
 
『ヤバそうだなぁ』
「…………」
『なぁ……』
 
クローゼットの戸を破られるのは時間の問題だろう。
 
『お前、助けてくれって言わねぇのな』
 

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©Kamikawa
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