voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光27…『自分の身を守る』

 
 
──ただの意地っ張りなのかもしれない。
 
 助けてくれって言わねぇのな
 
くだらないプライドが身についていた。私が選ばれし者だと言うなら、仲間に助けてもらってばかりじゃいられないとか、一人で乗り越えて早く期待に応えられるように一人前にならなきゃいけないとか。
自分に負けたくなくて、助けてと口に出せば負けを認めるような気がして。
 
無理した結果、迷惑をかけるのならプライドなど捨ててしまったほうがいいと思ってはいるけれど、喉をつっかえて言葉にならない。
 
━━━━━━━━━━━
 
携帯電話の向こう側から、大きな物音がした。これまでの音とは明らかに違う、魔物がクローゼットの戸を破壊したと思われる音だった。
 
「お! とうとう侵入されたか?」
 と、シドが言った。
 
暫くして、通話が途切れたことを知らせる音が鳴った。
 
「おっと……バッドエンド」
 そう言ってシドは携帯電話を閉じた。
 
ベッドに横になり、窓の横に立て掛けている刀に目を向けた。
 
──仲間が一人いなくなって、追うようにもう一人いなくなって、女もいなくなって……俺ひとりか。
 
窓の外から、魔物がギャアギャアと鳴き立てる声がする。
 
「ん?」
 シドはベッドから下りて、カーテンの隙間から外を眺めた。
 
魔物が一カ所に集まっている場所がある。中には負傷した魔物もおり、“獲物”を捕らえた様子はない。
 
「……無事だったか」
 そう呟き、もう一度刀に目をやった。
 
──手を貸すか……?
 
暫し考えていると、下の階から物音がした。刀を手にとり、部屋のドアを開けた。廊下にルフ鳥が行列を作っていた。
 
「うわっ?! いつの間にッ」
 
獲物(シド)に気づいたルフ鳥たちが一斉に飛び掛かってくる。
ここはアパートの4階だ。手を貸しに行くには多少時間が掛かりそうだ。
 
━━━━━━━━━━━
 
「しつこいしつこいしつこいッ!」
 
アールは繰り返し叫びながら、剣を振り回した。後ずさっては隙をついてくるルフ鳥。諦める気はさらさらないといった感じだ。
背後からの攻撃だけは避けようと、壁に背を向けながら寝室を出た。
 
──どこか隠れられる場所は……?
 
探す余裕もなく、鋭いクチバシが襲ってくる。クチバシを交わしながら斬り付ける。1羽のルフ鳥が床を蹴って飛び上がった。クチバシが目の前まで迫り、瞬時にしゃがんで交わすと、魔物のクチバシは壁に穴を空けた。
 
「じ……冗談じゃない……」
 
剣を振るうたびにルフ鳥の羽根が舞う。
 
アールは玄関に目を向けると、やはりドアが開いていた。順番待ちをしているかのように家の前には何羽ものルフ鳥がうろついているのが見える。
目の前にいるルフ鳥を倒し、隙を見て家の奥へと走った。
 
とにかく一休みしたい。
 
突き当たりの部屋へ入ると、そこは脱衣所だった。息を切らし、鍵を閉めた。少しだけでも時間を稼げれば……。
 
脱衣所にあった洗濯機を引きずり、ドアの前に移動させた。それから風呂場へ続くガラスのドアを開け、お湯の入っていない浴槽の縁に腰を下ろし、一息ついた。
 
いくら訓練所で鍛えたとはいえ、何匹もの魔物を相手に練習したことはなかった。しかも相手はアールが苦手とする空飛ぶモンスターだ。
携帯電話を取り出し、ルイから連絡が来ていないか確かめる。──着信はない。
 
ガタガタと脱衣所のドアが揺れる。
 
「ほんとしつこい……」
 
余程腹が減っているのだろう。──いや、子供に餌を与えるために必死なのだろう。
守りたいものがあって、生きるのに必死なのだ。それは自分も同じだ。だけど、死んでしまえば元も子もない。
 
仕方なく立ち上がると、風呂場にある換気窓に目を向けた。結局外に出て、また逃げ込める場所を探すしかないようだ。
浴槽の縁に立って、窓の外を見た。空に魔物は飛び交っているものの、下にはいない。体を傾けて周囲を確認した。高い建物の方がいいだろうか。しかしもしまた侵入されて追い詰められたら? 窓から飛び降りるわけにはいかない。
 
「シドなら平気で飛び降りそう……」
 人間離れしたジャンプ力。
 
体力が続くかぎり、建物に隠れては一休みして逃げ回ったほうが無難かもしれない。逃げ場を失えば終わりだけれど。
 
窓を開け、編み戸を外そうとしたがなかなか外れない。その間も、脱衣所のドアがガタガタと音を鳴らし、体当たりして壊そうとしている音まで聞こえてきた。気持ちばかりが焦り、剣で切り裂けばいいものを必死に両手でどうにか取り外そうとしている。
 
「もう!」
 
仕舞いには編み戸の小さな穴に指を突っ込んで裂こうと試みる始末。人はパニックに陥ると冷静な判断が出来なくなるというが、アールの場合は行き過ぎかもしれない。
 
そうこうしていると、脱衣所の木製のドアがバキバキと割れる音がした。時間がない。諦めて戦うことに専念しようと思い、足元に置いていた剣を手に持ってようやく気づく。
 
──編み戸切り裂けばいいじゃん!
 
自分の馬鹿さ加減が恥ずかしくて苦笑い。ドアの前に置いた洗濯機がゴトゴトと音を立てる。魔物が入ってきたのだろうかと目を向けたが、ガラス越しに魔物の影はまだ見えない。
 
「急がなきゃ……」
 剣で編み戸を切り裂いた。
 
外に出たらまずは目の前の家を調べよう。ドアが開いていればいいけど、もし鍵が閉まっていたら次の家を調べなきゃ。カイみたいに蹴って開けばいいけど……。
 
アールは窓の縁に手を掛けた。壁を跨ぎながら、ふと思う。家の中に逃げ込むより、魔物が入ってこれないくらい狭いところにいたほうが安全ではないだろうかと。家と家の間にある、通路とは言えないほどの小さな隙間だ。
 
──よし、あそこに挟まっていよう。
 
アールは外に出ると、向かいの家と隣の家の間に駆け込んだ。横向きでなんとか入れる程の狭さだ。
空からアールの姿を捉えたルフ鳥が地上に降りてきた。案の定、体が大きいルフ鳥は入ってこれないようで、隙間から顔だけを突っ込んでは翼を羽ばたかせ試行錯誤している。
 
「よかった……これでゆっくり出来る」
 
そう思ったが、座れないことに気づいてゴン!と壁におでこをぶつけた。
 
「朝まで立ちっぱ……?」
 
魔物に襲われるよりは断然いい。深いため息をついた。
 

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©Kamikawa
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