voice of mind - by ルイランノキ |
翌朝、ひとりで目を覚ましたアールは暫く布団の中でうずくまっていた。
そんな彼女をルイとカイは心配そうに見遣り、聞こえないとわかっていながらも何度も声をかけた。
シドは一度外に出て謎の男を捜しに行ったが、見渡す限り人の姿は確認出来ず、お手上げ状態だった。それだけでもむしゃくしゃするというのに目の前に魔物が現れても手出しも出来ない。シドは苛立ちを募らせていった。
昼過ぎ、シドは不満げな表情でテント内に戻ってくると、シキンチャク袋から水筒を取り出してがぶ飲みした。
「なにか見つかりましたか?
「なにも。──お前も飲むか?」
「えぇ、いただきます」
ルイもカイもシドも意気消沈していると、アールが、突然顔を上げ、体を起こした。そして徐に布団を畳み始めた。
「なんだなんだ?」
と、シドが立ち上がる。
アールにとっては彼らはいないも同然なので退く必要はないのだが、ルイとカイも立ち上がり、隅に移動した。
アールはみんなの布団を畳み、自分のシキンチャク袋に仕舞った。ルイの置き時計も、カイの残された刀も全て仕舞う。それからテントを出たので、彼らもテントから出て様子を伺った。
アールは困惑した様子でテントを色んな角度から眺めている。
「なんだ? なにがしたいんだ?」
と、腕を組み、シドが言った。
「多分、テントも仕舞いたいのではないでしょうか」
「は? 仕舞うって……」
「ここから移動するつもりなのだと思います」
それを聞いたカイが、不安げに言った。
「それって俺たちがもう戻ってこないって、諦めたってことぉ?」
「わかりませんが、戻ってこない場合を想定しての行動だと思います。ひとりで街へ向かうには、いくら力を備えたアールさんでも防御魔法がないと厳しいかと思います。それに寝床もないと困りますからね」
暫くテントを眺めていたアールだったが、思い出したかのようにテントの下に手を伸ばし、紙に気づいた。紙をテントから引き抜くと、たちまちテントはスーッと消えた。
安心したアールは水をコップ一杯分飲んでから、ノートとペンを取り出した。
「今度はなんだ?」
と、シドが言う。
アールはノートに、《みんなへ 私は街へ向かいます》と書いていた。
「アール、俺たちが戻ってくるって思ってくれてるんだねぇ……」
そう言いながらカイは、アールがメッセージを書いた紙を地面に置いている姿を後ろから眺めていた。
アールは北へ向かって歩き出した。ルイ、カイ、シドの3人は、ただアールの後を着いて歩くことしか出来ずにいた。
それから数時間経ち、シドは痺れを切らして叫んだ。
「おいっ! どっかで見てんだろッ! いい加減出てきやがれッ!」
アールに魔物が襲い掛かる度にハラハラする。アールが足を止めるまで、気を休ませる暇もない。
「胃が痛くなってきました……」
と、ルイが胸を押さえながら言った。
「お腹空いたもんねぇ……」
と、カイ。
「いえ……アールさんが心配なのですよ。危険なときに、注意を促すことも、結界を張ってあげることも出来ないので」
──と、その時、アールの背後からナイフモグラが近づいて来ていることにルイが気づいた。
「ナイフモグラです!」
咄嗟にそう叫んだが、アールは全く気づく気配がない。
「このままだと後頭部ザックリいかれるかもなぁ」
と、シドが頭の後ろに手を組みながら言った。
「そんな悠長にしてる場合ですか?!」
「そうだよぉ! アールが怪我したら誰が手当すんのさぁ!」
「あ。そういや昔、近所のおっさんが魔物に後頭部をぶん殴られたせいで頭部が絶壁になったって話してたな。あれはガキながらにウケた」
「馬鹿な話をしてないでどうにか知らせる方法を!」
「馬鹿な話……?」
「アールさん! 気づいてください!」
ルイはアールの目の前に立ったが、アールはボーッとしながらルイの体を抜けて歩いて行く。
「知らせるっつったって声も届かねぇしお前の結界も通用しねーんだったら成す術ねぇだろ」
と、シドが言う。
「そうだよぉ……俺達は今、幽霊みたいなもんなんだからさぁ」
そう言ったカイの言葉に、シドははたと気づく。
ナイフモグラがアールの背後に迫ったその時、シドはアールに刀を向けた。
「シドさん! 一体なにを?!」
「霊は霊なりに……存在を知らせる方法があんだよッ!」
ナイフモグラがシドと重なるように地面から飛び出した瞬間、シドはアールの背に刀を振り下ろした。
「──?!」
獲物を捕らえた鋭いアールの目は、シドを見据えた。アールは剣を振り払い、その刃はシドの体を抜けてナイフモグラを斬り裂いた。
シドの刀はアールを斬り付けることなく、空を斬ったように彼女の体を擦り抜けた。
「シドさん……」
一瞬だったがルイの目に、アールとシドが目を合わせたように思えた。
「気だよ“氣”。殺気くらいは感じるだろ、本能でな」
そう言ってシドは、アールを見据えた。
「殺そうとしたのですか……? アールさんを……」
「あ? 殺せるわけねーだろ、この体じゃぁ。刀も一緒に消えちまってるしな」
「いえ、殺せる殺せないは今関係ありません。アールさんはシドさんの殺気を感じ取り、剣を振るったわけですよね……魔物の殺気ではなく、シドさんの」
と、ルイはゆっくりとシドに歩み寄った。
「なんだよ」
「本気で殺そうと思わない限り……気づきませんよね」
「殺してねんだからいいだろッ!」
「本気で殺す気が……あったということですよね?」
「ま、まぁ、ほら。あの女にはいつもイライラさせられてるしな。そのおかげで助かったじゃねーか」
「……シドさん」
と、見据えてくるルイの目に殺気を感じる。
「待て。冗談だ。殺気じゃねぇよ、“覇気”だ覇気。覇気に気づいたんだろ。本気で仲間を殺す気が起きると思うか? な? いや、まだ仲間とは認めてねーが」
と、シドはルイを宥めた。
「覇気……」
「そうだよ。殺気ってのは冗談に決まってんだろ?」
「覇気ですか……なるほど……」
と、ルイの表情が和らいだ。
「俺のおかげで女が助かったのは確かだ。この方法でしばらくは魔物が現れても俺がタイミングを見計らって覇気で気づかせりゃ、問題ねぇ」
「さすがですシドさん!」
と、ルイは笑みを浮かべた。
「だからその間にお前は髭面男をどうにか呼び出す方法を見つけてくれ」
Thank you... |