voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光13…『動き出すアール』

 
──それは2日前。
 
「おいっ……しっかりしろ! 俺達はここにいるだろーがッ!」
 そう叫んだのは、シドだった。
「アールさん! アールさん!」
 彼らの声は、アールには届かない。
「何回呼んでも気づいてくれないよ」
 と、カイはうなだれた。
 
突然消えたと思っていた彼らは、ずっとテントの中にいた。
 
「僕たちの姿がアールさんには見えていない。声さえも届かないなんて……」
「クッソ……やっぱもういっぺん外捜してくるわ。お前も見たんだよな? 髭面の男」
 と、シドが言った。
「うん見た」
 カイが頷く。「アールと電話してたら、いきなりテントに入ってきたんだ……」
「行ってくる」
 シドはテントを出た。
 
ルイは、テント内でうずくまっているアールの肩に触れようとしたが手がすり抜けてしまった。透明人間にでもなった気分だ。
 
「……僕も外を見てきます。カイさんは、アールさんのそばにいてあげてください」
「でもアールは気づいてないじゃないかぁ……ここにいるのに……」
「それでも、そばにいてあげてください」
 そう言ってテントを出ようとしたとき、カイが呟いた。
「……幽霊ってこんな感じなのかな。そばにいるのに気づいてもらえないなんて、もどかしいよ。俺達、死んだわけじゃないよね?」
「僕たちは生きています。一刻も早く犯人を捕まえて原因を突き止めましょう」
 
──事はカイが目を覚ます1時間前に、起きていた。
ルイが一番先に目を覚まして体を起こしたとき、人の気配を感じた。仲間以外の誰かが、この部屋にいる。
アールが寝ている仕切りカーテンを見遣ると、ゴソゴソと荷物を漁る音がした。ルイは警戒心を向け、音を立てないように立ち上がった。立て掛けてあったロッドを手に、ゆっくりとカーテンに近づく。
その時、ちょうどシドも目を覚ました。ルイの異変にいち早く気づき、刀を手に取った。ルイとシドは目を合わせてから、カーテンを開けた。
 
「──?!」
 
一瞬だけ見えたのは、無精髭を生やした男だった。カーテンが開かれた瞬間に、男は2人に向かって手を翳し、呪文を唱えた。手の平から放たれた光は魔法円を浮き上がらせ、魔法円はルイ達の体を通り抜け出た。
ルイとシドは思わず両腕を構え、顔を背けた。そして、気がつけば男の姿が忽然と消えていたのである。
 
「今のなんだ? 男は?!」
「わかりません。とにかくふたりを起こしましょう」
「俺は外見てくる。まだ近くにいるかもしんねぇ」
 シドはすぐに外へ飛び出した。
 
ルイは膝をつき、アールを起こそうとした。
 
「アールさん、起きてください」
「…………」
「アールさん」
 
声を掛けてもアールは起きなかった。いつもなら声を掛けるだけでも起きるというのに。
ルイはアールの体を揺さぶろうとしたがその手はアールの体を通り抜けてしまい、触れることが出来なかった。その時は謎の男がアールになにかをしたのだと思ったが、カイを起こそうとして、カイの体にも触れられないことに気づいた。自分の手をよく見遣ると、自分の手が透けているように見えた。
 
「さっきの呪文……」
 と、険しい顔になる。
「おいルイっ! なんかおかしいぞ! 魔物がいたからぶった斬ってやろうとしたんだが……刀が魔物の体を摺り抜けた。刀だけじゃねぇ……俺の体もな」
 と、シドが血相を変えて戻ってきた。
「僕もです」
「は……? カイは起こしたのか?」
 と、シドはカイに歩み寄った。
 
そして、枕を掴もうとして触れられないことに気づく。
 
「なんだよこれ……」
「僕たちの声も、聞こえないようです」
「お前の声がちいせぇからだろ」
 そう言ってシドは息を深く吸い込んだ。「おーきろぉおおぉおぉッ!!」
 精一杯の声で叫んだが、全く反応がなかった。アールでさえ、目を覚まさない。
「おそらく、あの男のせいかと」
「クソ面倒なことになったな……」
 ルイはふと、自分の枕元を見た。
「シドさん、僕のシキンチャク袋知りませんか?」
「は? 知らねーよ」
「枕元に置いていたのですが……」
「パクられたんじゃねーの?」
「シドさんのは?」
「俺はいちいち取り外すの面倒だから常に身につけてる。──ほらな」
 と、ズボンにぶら下げているシキンチャク袋を見せた。
「身につけていたものには、触れられるようですね。このロッドや、その刀など」
「みてぇだな。──けど携帯電話がねぇ」
 
ルイはポケットを調べたが、自分の携帯電話も無くなっていた。
 
「もう一度外見てくるわ」
「でしたら僕も行きます。ここにいてもなにも出来ないので」
「わかった。けど離れてる間に男が来るかもしんねーから、お前はなるべくテントから離れるな」
「わかりました」
 
ルイとシドはテントを出た。ルイはテントの近くに身を置き、辺りを見回した。
シドは念のため刀を構えながらテントを離れた。魔物が間近にいても、シドの姿が見えていないため襲ってはこない。
 
「俺は幽霊か」
 と、嫌気がさす。
 
魔物を見るとどうしても斬りかかりたくなる衝動にかられるが、触れることさえ出来ないのだ。モヤモヤして気分が悪い。
 
しばらくして、カイが目を覚ました。喉がカラカラで、ぼーっとしながらまたルイの枕元に手を伸ばす。──シキンチャク袋がない。
カイは自分の顔をビンタし、目を覚まさせた。自分の枕元にあるシキンチャク袋から水を取り出し、がぶ飲みをした。大事なおもちゃも入っているシキンチャク袋を腰に掛け、周囲を見た。──シドとルイがいない。
 
「あれ……? みんなどこ行ったのさぁ」
 ルイの枕元に置いてあった時計を見遣ると、朝の5時を指していた。
「俺チョー早起きじゃん!」
 自分に感動し、カイは一人で早起き出来たことを自慢したくなった。
 
なぜか仕切りのカーテンが半分開いていて、アールが布団の中で眠っている姿が見えた。
 
「んー、まずはルイに早起きしたこと伝えてぇ、『偉いですね』って褒めてもらってぇ、それからシドにも伝えてぇ、『へぇ、お前もひとりで起きられるんじゃねぇか』と感心してもらってぇ、最後に俺がアールを起こす! よし完璧!」
 
最適な朝をシミュレーションした後に、カイはテントから顔を出してルイ達を目で捜した。──しかし、どこにも姿がない。
 
「あれ? いない……」
「カイさん! 起きたのですね!」
 と、テントの近くにいたルイは、カイに気づいて歩み寄ったが、やはりカイにはルイの姿にも声にも、気づいてはくれなかった。
「チェッ。褒めてもらおうと思ったのにぃ」
 と、頬を膨らませてテントに戻ると、アールに声を掛けた。
「アールぅ。起きてよぉ、アールぅ。おーきーてぇー!」
 アールはカイの声で、目を覚ました。
 
そして彼女も二人がいないことに気づき、不安を感じたのだった。
 
それからカイの姿まで消えたのは、アールが二人を捜しに行った時だった。
 
「アールさんを一人で行かせるなんて」
 と、ルイはアールを追い掛けてしまう。
 
カイを置いていくことよりも、魔物に襲われる可能性があるアールのほうが心配だった。例え何も出来なくても、放って置けなかったのだ。
しかしこの行動が、カイの姿も消すことになるとは予想していなかった。
 
「見つかったぁ?」
 と、カイは電話越しにアールに訊いた。
『ううん、いない……。話の続き聞かせて?』
「オッケー。でね、無理矢理女装させられたルイなんだけどぉ、すんごぉーく綺麗でさぁ! 兵士達の人気者になったわけ! 俺ね、こっそり写真撮ったんだぁ! 今度アールに見せてあげるよ!」
『へぇ、見てみたいかも』
 
しばらくの間、カイはルイの話をし続けた。するといきなり電話の向こうからアールの叫び声が聞こえた。
 
『──シド!』
「え、シド見つけたのぉー?」
 そう訊いたとき、テント内にいたカイの前に突然、見知らぬ男が姿を現した。
「うわぁ?!」
 カイは驚いた拍子に携帯電話を落としてしまう。「ど、どちらさま?!」
 
そしてカイもまた、ルイ達と同じように呪文を唱えられ、姿を消したのだった。
しかし気づいていないカイは、テントへ戻ったアールに、言った。
 
「アールぅ! 今知らない男がいたんだッ!」
「カイ……?」
「ビックリしてさぁ……」
 と、アールに近づいたカイだったが、アールはカイの体を通り抜けた。
「……アール?」
「カイさん」
 と、ルイがテントに入ってくる。
「ルイ! どこにいたんだよぉ! 捜したんだよー?!」
「僕の姿が見えるのですね……」
「え? なに言っちゃってんの? まる見えだよ? 隠れんぼなら真っ先に見つけてるよ」
「僕は今までずっと、近くにいたのですよ」
「え? なになに? よくわかんない! 怖い怖い!」
「アールさんに話し掛けてみてください。アールさんには聞こえませんから。僕たちの姿も彼女には見えないのです」
 
アールは誰もいないテント内を呆然と眺め、呟いた。
 
「みんな……どこに消えたの……」
 
そしてアールは暫く呆然としていたが、リアに電話を掛けて救いを求めた。
けれど突然携帯電話が使えなくなり、うなだれるようにそのまま布団の上でうずくまり、動かなくなった。
 
「なにが目的なんだろうな。俺達を消して、携帯電話もシキンチャク袋まで奪いやがって……」
 と、テントに戻ってきていたシドが言った。
「アールさんの荷物から充電シールまで奪っていたようなので、連絡を取れないようにしたのでしょう」
「携帯電話を奪えば早いだろ」
「少しの希望を持たせた上で、絶望に追いやって楽しんでいるように思えます」
「……ルイー、お腹すいた」
 と、カイが言った。
「僕たちもなにも食べていないのですよ。シキンチャク袋を奪われたので食料がありません」
「えー…。あ、クッキー貰ったんだった」
 
カイはシキンチャク袋に仕舞っていた、アールからもらったクッキーを取り出した。しかし袋を開けようとして、うずくまっているアールが目に入り、袋を開ける手を止めた。
自分だけ食事をする気にはなれなくなったのだ。
 
「なんか方法はねぇのか? 男をおびき出す方法とか」
 と、シドが言った。
「あればとっくに行動していますよ」
「目的はなんだろうな。こいつも消す……とは思えないな」
 そう言いながらシドはアールに目を向けた。
「えぇ、盗みが目的ならこのような手のこんだことはしないでしょうし、アールさんの電話だけ、充電シールを剥がすという行動は、なにか意味があるように思います」
「普通に考えたら単に、こいつを困らせたいだけみてぇだけどな」
「その理由が問題ですよ。よりによってアールさんを……」
「また“あれ”か。謎の組織に関わることか」
「男を見つけない限り、僕たちはなにも出来ません。誰かと連絡を取ることすら、出来ない」
 そう言ってルイはうなだれたのだった。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -