voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界20…『雨の日』


──夜になると遠くから獣の遠吠えが響いてくる。
 
怖くて布団に包まり、木々が揺れてミシミシと音を立てる度に怯えていた。
でも疲労からいつの間にかぐっすり眠っていて、気が付けば朝を迎えている。
 
朝になればまた怯えながら長い道を歩いて、
魔物が目の前に現れる度に“死”への恐怖を感じ、
それでも負けまいと剣を握った。
 
歩き疲れた足の痛みになど、気付くはずもない。

 
この世界に来て、何日が経っただろう。一週間はとっくに過ぎているはずだが、日を数える暇もなく、繰り返し繰り返し戦いを重ねる。
 
「なんか雨が降りそぉー」
 と、カイが空を見上げながら言った。
「そうですね。安全な場所を探して雨宿りしましょうか」
 ルイも灰色の空を見上げながらそう答えた。
 
まもなく、ポツリポツリと雨が降り出し、乾いた大地を濡らしはじめた。

「やっぱ降ってきたー! この辺なんかある? 街はまだぁ?」
「街までは、まだまだ距離がありますね」
「じゃーどーすんのぉ?」
「休息所か小屋がないか、探してみましょう」
 
──と、その時、森の中からカサカサと音がした。
 
「ハッ?! 今……今なにかカサカサ音がしなかった?!」
 と、警戒を強めるカイに、
「何かいるんでしょうね」
 と、ルイは冷静に答えた。
「何でルイはそんな冷静なんだよぉー!」

カイは本当に臆病だなぁとアールは思ったが、人のことは言えない。警戒して森に目をやると、バサバサバサバサ! と翼を羽ばたかせて何かが森から空へと羽ばたいた。
 
「──?!」
 アールは声も出さずに驚いたが、
「ぎゃああぁあぁあぁ?!」
 と、耳を塞ぎたくなる程の大声でカイは叫んだ。
「うるっせぇーなッ! ただの鳥だ!!」
 シドがイラついたように怒鳴った。
 
 鳥にしては、大きかったような……。
 
アールは鳥が飛び立って行った方角を見遣った。
 
「あ、山小屋はっけーん」
 カイは、ただの鳥だと聞いてホッとしたのか、落ち着いたように言った。
 
彼が指差す遥か前方に、山小屋が見えた。
辿り着く頃には、雨が酷くなり、皆びしょ濡れになっていた。
  
ホコリだらけの山小屋は、歩く度にギシギシと音を立て、だいぶ床が傷んでいた。部屋の隅には蜘蛛の巣が張られている。入口から右側には小さなベッドが一台、左側にはキッチンが取り付けられている。
 
ルイは腰を下ろすどころか、布巾を取り出し、埃被ったキッチンを拭き始めた。
髪がびしょ濡れになったアールは、ひとつに結んでいた髪をほどき、シキンチャク袋からタオルを取り出して長い髪を拭いた。そして、自分の世界から持ってきたポーチからクシを取り出し、髪をといていると、突然シドがアールに向かって言い放った。
 
「髪を気にする余裕がよくあるなぁ。服装も気にして女気取って楽しいか? そんなんで本気で世界を救う気あんのかよッ!?」
 その言葉にアールはハッとして、また何も言い返せず、肩を竦めた。シドの言う通りだったからだ。
「なんだよぉー…髪くらいいいじゃーん。俺だって髪気にするしぃ」
 と、カイはアールを庇うように言うと、すかさずルイも、
「そうですよ! シドさん、アールさんに謝ってください」
 と、言った。
 
アールは俯いていた。謝る必要なんてない。ナメてると思われてもしょうがない。
 
「謝る気はねぇーよッ!! 大体なんなんだよ……俺達は最後の希望を賭けてたんだぞ! こんな女の面倒を見る為に戦ってるわけじゃねぇだろ?! お前が来たのは何かの間違いだ! 此処にはお前の居場所なんかねーんだよ。もっと早くに気付くべきだったんじゃねーのか? こいつは必要ねぇってなッ!!」
「シドさん! 言葉が過ぎますよ!」
 ルイはシドを止めるように言葉を強めて言った。
 
アールは顔から火が出そうだった。自分に恥ずかしさを感じたのだ。また自分が嫌になり、思わず山小屋を飛び出してしまった。
 
「アールさんっ!!」
「あぁああぁ出てっちゃったよぉ……。シドのせいだ! 外雨なのにぃー」
「うるっせぇな!! つーかこんなことで出て行くとかホントめんどくせぇッ!!」
 
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降りしきる雨の中、アールはひたすらに走った。なりふり構わず走った。靴もズボンの裾も、泥だらけになっていた。
 
逃げたわけじゃない。頭を冷やそうと思ったのだ。彼等が命を賭けて世界を救う旅をしている中、自分は何をやっているのだろう。これは遊びじゃない。これは夢でもない……。
 
大雨の中、アールは大声で泣いていた。喉が擦り切れるほど叫んだ。自分の意思でこの世界に来たわけではないが、覚悟は決めたはずだった。
雨の音は泣き叫ぶ彼女の声をかき消した。雨が涙を流してくれた。
 
「ありがとう。思い切り泣ける……」
 
シドはアールの中にある邪な気持ちを指摘した。生きるか死ぬかの戦いと、周りの期待と、大切なものを失った苦しみに押し潰されそうな毎日なのに、山小屋で一休みしていたアールは、無意識に女を感じさせていた。でもそれは身についた習慣だ。女だから仕方がないとも思える何気ない行動だったが、こんな状況で身嗜みを気にする必要が無い。そんな余裕などお前にはないはずだと。
 
アールは自分の置かれた立場を、まだ理解しきれていない。シドと対等に戦えるほどの力すらまだない今だからこそ、一瞬でも呑気に女でいた自分に腹が立った。
 
酷くなっていく雨に打たれながら、大切な人達にさよならを告げる。いるのが当たり前だった家族。喧嘩も沢山したけれど、それでも愛していた恋人。一緒に遊んだり辛いときに励ましてくれた友達。疲れて帰ってきたときに、癒しをくれるペット。支えてくれた周りの人々……。
この世界は私をそれらの全てから引き離した。知らない世界の為に、自分の命をかけるなど、納得出来るはずもない。選ばれし者と言われて「わかりましたがんばります」なんて言えるわけがない。それでも帰ることも出来なければ、逃げ出せもしないこの場所で、取り上げられたものをまた取り返す為に、生きていく選択しか残されていない。
 
「あーもうッ!! だから覚悟を決めたんでしょ?! そうするしかなかったから!!」
 
自分に苛立ち、痛いほど髪を掻き毟った。何度も何度も自分を殴りたくなる。ダメダメな自分がしつこく顔を出す。どんなに決意を固めても、当たり前のように戻ってくる。お前は弱いんだ。弱虫で面倒くさがりで頼りなくて情けない。それがお前なのだと言わんばかりに。

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©Kamikawa
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