voice of mind - by ルイランノキ |
耳を澄ませても、森からは風で木々を揺らす音しか聞こえてこなくなった。
気配は気のせいだったのか、もしくは一行に気付かず魔物は去ってしまったのだろうかと、アールが肩を撫で下ろしたその時、森を駆け抜けて一行の元へと向かってくる音がした。
「来るぞッ!?」
シドが叫び、アールは剣に添えている手に力が入る。
「いやだぁーっ!!」
カイは大声を張り上げ、助けを求めるようにルイにしがみついた。
魔物は物凄い勢いで森から飛び出し、その姿を目にしたアールは体が硬直してしまった。青い毛を逆立て、血が滴る牙を剥き出しにしている獣は、二本足で立ち、コウモリのような顔をしている。シドと向かい合わせなった魔物は唸りながら牙を向けた。シドとの身長差はさほど無い。アールからしてみれば身も凍る程大きく感じた。
「うぉおおおぉおぉッ!!」
シドは魔物の迫力に負けじと、殺気で満ち溢れていた。刀を振るい、戦闘が始まる。
アールは近くにいるだけで威圧感に負けてしまいそうだった。恐怖のあまり震えて動けなくなり、本当に自分は情けないと思った。腰に掛けている剣に手を添えているものの、抜くことさえ出来ないのだ。
その時、反対側の森からうめき声が聞こえてきた。アールが森に目をやると、サーッと血の気が引くのを感じた。
もう一匹いる
アールは咄嗟に剣を抜いた。恐怖から来る体の震えが剣に伝わり、小刻みに揺れる。
大丈夫。やれる。てゆうかやらなきゃ!!
草むらの奥から獣の鋭い目がアールを標的に捕らえていた。
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そよ風が静かに木々や草花を揺らし、獣の臭いが鼻をついた。
「痛ッ!」
アールは道の端に腰を下ろし、ルイに怪我の手当を受けていた。剥き出しだった手の傷がヒリヒリと痛んだ。
「すみません。やはり……治療魔法で治しましょう」
「魔法はいいです。大した怪我じゃないので……」
「わかりました……」
と、ルイは消毒液を塗り、傷口にガーゼを被せた。
「でもアールかっこよかったよぉー!」
と、カイが会話に入って来る。
「……そんなことないよ」
アールは苦笑いを浮かべて溜息混じりに答えた。
本当にそんなことはなかった。魔物に襲われ、結果的には倒せたものの、余裕だったわけではない。恐怖で体が震えていたからか、身体が思うように動かず、魔物を目掛けて剣を振り下ろしたが何度も空振りをしたのだ。そして何度も不様にすっころんだ。
それに結果的に倒せたと言っても、シドの力を借りたお陰だ。──ちびりそうに怖かったなんて、口が裂けても言えない。
「ダサイよね……」
アールは自分の情けなさに思わずボソッと口に出す。
「僕はそうは思いませんよ?」
ルイは微笑んで言った。
「だって……」
「それに初めはみんな同じですよ。シドさんが初めて刀を手にしたときから、刀捌きが一流だったとでも思っているのですか?」
「いえ……」
でも、ガッカリしてない? だってみんな、私に期待してるじゃない。
そう訊こうとしたアールだったが、思い止まった。本心を訊くのが怖かった。
横たわっている魔物を横目に、ルイに手当てをしてもらった手を眺めた。バランスを崩して転んだ時に手をついて出来た怪我だ。本当に情けない……今もまだ恐怖で震えている。恥ずかしくて、申し訳なくて、アールはみんなと目を合わせられなかった。
怪我の手当てが終わると、ルイはロッドを横たわる魔物に傾けた。するとロッドから放った柔らかな光に包み込まれた魔物は、すーっと姿を消した。
「毎回見てたけど、あれって何してるんですか?」
と、アールは隣で大きな口を開けて欠伸をしていたカイに訊いた。
「ん? あれは大地に沈めてるんだよー、さっさと土に帰れーってねぇー」
「消したわけじゃないんだ……」
「移動させただけ。それよりアールってさぁ、どうゆう男の人がタイプー?」
「…………」
ルイは世に言う魔導士である。魔法円を描くこともあれば、ロッドを傾けるだけだったり、ロッドも使わずにただ呪文を唱えるだけなど、魔法の起こし方は様々だ。
「あ、そうそう、さっきのモンスターは共食いするんだ」
と、突然カイが言った。
「え、共食い?」
「死んだやつを、むしゃむしゃ、バリボリー」
「……死んだ仲間を食べるってことですか?」
「そう。さっきの奴、口が血だらけだっただろー? 多分死んだ仲間を食べてたんだ。あのモンスターが同じ仲間のモンスターを喰って体内に取り込むと、寿命が延びるって言われてる。力もむっきむき」
と、説明していたカイに、ルイが歩み寄って来た。
「それはまだはっきりしていませんが、寿命が延びるというのは確かです。だから死骸を放置出来ないのですよ」
「共食いするのはあのモンスターだけですか?」
「他にもいますよ。そういった魔物達は群れで行動することが多いです」
「……普段は何を食べて生きてるんですか?」
「魔物にもよりますが、先程の魔物は自分より弱いものを。雑草を食べて生きているものもいれば、水しか飲まないもの、微生物を食べて生きるもの……様々です」
「そうですか……。ところで、魔物ってモンスターのことですよね?」
と言ったアールの質問に、ルイは少し考えた後、
「えぇ、同じですよ」
と、笑顔で答えた。
モンスターと言ったり、魔物と言ったり、呼び方がひとつではないことが引っ掛かっていた。ルイが少し間を置いて答えたことにも引っ掛かった。
そして、中には人食いモンスターもいるのだろうかと、想像しただけでゾッとしたアールだった。
それからというもの、アールは怪我をしながらも腰に掛けている剣を握っては、魔物と向き合った。
さすがに毎回戦う気力や体力も力もまだまだ乏しく、ルイに守られながら戦えるときはシドに参戦した。といっても、大したことはしていない。殆ど逃げ回り、魔物に傷を負わせたこともあったが、咄嗟に振るった剣が命中しただけのこと。自分の身を守ることと、シドの足を引っ張らないように常に気を配っていたからか、戦闘後にはどっと疲れが押し寄せた。
色んな魔物を目にしたけれど、魔物の名前などいちいち覚えていられない。
「今のは、アークレイト・ソル・ガーリムですね」
と、ルイが魔物の名前を言った。
長っ。もっと動物みたいに、ネコ!とか、イヌ!とか、簡単な……。
「あれ? そういえば、この世界に動物はいるんですか? まだ見たことないですけど……」
「今いる地域にはいませんね、安全な場所になら、まだいると思います」
と、ルイが重々しく口にした。
安全な場所? “まだ”いる……?
「殆ど喰われちまったからな……」
と、珍しくシドが会話に入って来た。
「動物は、逃げることしか出来ませんからね。動物保護団体が動物の救助に当たりましたが、その活動で命を落とした人も数知れず……。今では、安全な場所に保護された動物達の世話をすることで精一杯で、魔物が存在する場所に残された動物達には、手が回らない状況です」
ルイはアールに分かりやすくそう説明した。
「取り残された動物は可哀相だけどぉ……どうしようもないなぁー…。それに安全な場所って言っても、今は限られてて少ないしー?」
と、ルイに続けてカイが言った。
動物達の居場所はもう殆どない。残された動物達はモンスターに食べられてしまう運命。そう聞かされたアールは、行き場のない悲しみを覚えた。
「……そっか」
自分から動物について訊いておきながら、そう答えるしかなかった。
そして、このままでは動物のように人間も同じ運命を辿るのかもしれないと、悲観的な考えが過ぎった。
Thank you... |