voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界18…『疲労』

 
一行は、《ルヴィエール》という街に向かっていた。
 
「街を渡り歩きながら、モンスター退治をするんだー」
 と、カイが言う。
 
説明不足な彼の言葉。彼は今の現状を簡単に説明しただけだが、アールは単純にも、ただモンスターを減らせば世界が救われるのだろうと思った。そう簡単には言っても、それは決して容易なことではないと分かってはいたからか、命を投げ出す思いで立ち向かわなければならないと、心に留めた。
しかしそんなことで世界は救われやしないと、心のどこかで薄々気付いてはいる。アールはそれに気付かないフリをしていた。これ以上、重荷を増やしたくはなかった。
 
ルヴィエールまでの道は程遠く、繰り返される戦いの日々。
 
「シドさん後ろっ!!」
 ルイの結界に守られてばかりで、シドに戦いを任せていたアールが、思わず叫んだ。
 
彼女の声にシドは背後から襲って来た魔物を振り返りざまに一撃で倒した。
 
「うっせぇな。言われなくても分かってんだよ」
 そうぶっきらぼうに言いながら刀を腰の鞘に仕舞い、迷惑そうな表情を浮かべたシド。
「ごめんなさい……そうですよね」
 アールはまた邪魔をしてしまったと、叫んだことを酷く後悔した。
「……俺は疲れてんだ。背中に目は付いてねぇしな」
 彼はボソッとそう呟いて、先を歩き始めた。
「…………?」
 
アールは彼が何を言っているのかさっぱり分からなかった。スタスタと先を歩いて行く彼の後ろ姿を、首を傾げてポケーッと眺めていた。
 
「助かった、ありがとう。ということですよ」
 と、ルイが言った。
「え、でもさっき、言われなくても分かってたって……」
「強がりですよ。シドさんはそういう人ですから、察してあげてください。──確かにシドさんは、背後から襲われようとも対応できる腕を持っていますし、気配でいち早く気付くことも出来る。でも、随分お疲れのようで、背後の魔物に気付けなかったのでしょうね」
 と、ルイはシドがボソッと呟いた言葉を解説した。「それに……訳あってシドさんは今、上手く自分の力をコントロール出来ないのです」
 
訳ってなんだろう。アールはシドの後ろ姿を眺めた。迷惑そうに見えたシドの表情は、ただ疲労が顔に出ていただけだった。
自分が戦闘に加勢出来たら、少しは楽になるのだろうか。でも、足手まといにならないように、邪魔にならないように動くにはどうしたらいいんだろう……。アールは頭で考えるのも実践してみるのも苦手だった。
 
魔物との戦闘を繰り返し、道中で一時の休憩。ルイが用意していたおにぎりを食べ、水筒の水を飲んだ。
アールは今まで水を美味しいと思ったことはなく、お茶やジュースや紅茶を好んで飲んでいた。でもこの世界に来てから飲んだ水は、不思議ととても美味しく感じられた。水に違いがあるのかもしれないし、死ぬかもしれないという恐怖に立たされる日々を過ごしているからこそ、ホッと一休みした時に飲む水が美味しく感じるのかもしれない。──自分の世界の水と飲み比べようがないから何とも言えないけれど。
 
あまり長くは休んでいられず、直ぐにまた一行は歩き出した。
 
「おい、真っ直ぐでいいのか?」
 と、先頭を歩いていたシドが、二手に別れる道を前にして、ルイに訊いた。
「えぇ、暫くはずっと真っ直ぐです」
「つまんないなぁー。左右に林、林、林、林だらけー…」
「カイさん、森ですよ」
「森だらけー…? 森と林の違いってなぁに? 俺はねぇ、森は自然に生えている木々で、林は人工的に植えたものだと思ってるんだ。そうなるとさぁ、“森の中にある林”って有り得るよねぇ。森の中に開けたとこがあって、そこに木をいくつか植えたらそこだけ林になるわけ?」
「おそらくその林も含め“森”でしょうね」
 と、ルイが答えた。
「なぁーんでそうなるのさぁ。そうなると規模の違いにならない? 植えた木々と森の間に隙間があってもひとくくりにしちゃうの??」
「クッソイライラする話してんじゃねーよっ」
 と、シドが言った。「山の上の丘みてぇな話しやがって」
「あぁ! ……ねぇ、何メートルから丘じゃなくて山になるの? 山の上にポッコリしてるとこあったらそれ丘だよねぇ? ん? なんかよくわからなくなってきたぁ……」
「じゃあ黙っとけっ!」
 と、シドは怒鳴った。
 
カイはとても退屈そうにしていた。魔物が現れれば誰よりも大声で叫んで、ルイの結界へと逃げ込む。彼も腰に刀を下げているけれど、彼は本当に剣士なのだろうか。アールはカイに不信感を抱いた。
 
「なんかいるぞッ!」
 シドが突然大声で言い放ったと同時に、ピリピリとした空気が漂い始めた。
「な、なに? またモンスタぁー?!」
 と、カイが辺りを警戒しながら言う。
「だろーな。けど姿が見えねぇ」
 そう言いながらシドは腰に掛けてある刀に手を添えた。
 
ルイは、アールとカイの位置を確認し、ロッドを構えて結界を張ろうとした。アールは体を強張らせ、じっと立ち止まり耳を済ませた。森の奥で枝を踏んで折れたような、パキッという音が微かに聞こえた。シドに視線を向けると、シドは一点を見つめ、険しい表情をしている。太陽に照らされたその顔の額には汗が滲んでいた。立て続けに戦闘を繰り返し、さすがに疲労が溜まっているのだろう。
 
 戦わなきゃ……。
 
シドを見てそう思ったアールは、腰に掛けてある剣に、奮える手を添えた。それに気付いたルイは、結界を張ることを躊躇していた。引き止めて守るべきか、立ち向かおうとする彼女を見守るべきか。それに何度も結界を張り変えていると無駄に魔力を消耗してしまう。勿論、結界を張った状態でも自由に出入りが出来るものもあるが、通常より少々魔力を多く使うことになる。
 
魔物の姿はまだ確認することが出来ず、魔物が自分達に気付いているのかすら分からない。緊張で体が強張ってはいたアールだったが、気持ちはもう決まっていた。
 
──立ち向かおう。
 

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©Kamikawa
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