voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界17…『男女』◆

 
テントに寄り掛かり、いつの間にか1時間近くも眠っていたアールだったが、漂ってきた空腹を刺激する美味しそうな香りと、カイの大声で目を覚ました。
 
「気持ちぃいぃ! 癒されるぅ!」
 
目を開け、辺りを見渡すとすっかり暗くなっている。申し訳なさそうに輝いていた一番星は、後から顔を出した星達に紛れて夜空で光る。
 
テントは広場に繋がる細い道の入口から見て左奥に広げていた。広場の中央にある聖なる泉に浸かっているカイの後ろ姿が視界に入る。美味しそうな香りが漂ってきたのは、テントの反対側、入口から右奥にいるルイが大きなテーブルの上で食事の準備をしていたからだ。
 
アールは立ち上がろうとして、誰かが自分に毛布を掛けてくれていたことに気付いた。なんの迷いもなく、ルイが掛けてくれたのだろうと思い、毛布を持って料理をしているルイの元へと礼を言いに向かう。
ルイは4人掛けの木のテーブルの上に、ホテルの調理場にあるような大きな鍋と食材を広げて調理していた。
 


 あれ? テーブルなんてあったかな?
 
「ルイさん、毛布ありがとうございます」
 アールはそう言って、畳んだ毛布をテーブルの横にあった椅子に置いた。
「今起こしに行こうかと思っていたところでした。毛布はカイさんが掛けてくれたのですよ」
 と、大きな鍋に入ったシチューを掻き交ぜながら彼はにこやかに言った。
「広場にテーブルなんてありました? 鍋も……火は?」
 シチューはグツグツと音を立てているのに、鍋の底を見ても白い布巾が敷いてあるだけで、火の気は無かった。
「テーブルも鍋も、シキンチャク袋に入れて持ってきました。布に熱を起こす魔法を掛けて鍋を温めているのですよ」
 
アールは冗談でしょ? と思ったけれど、リアと同様に彼も冗談を言うような意地悪な性格には思えない。例え意地悪で嘘をつかれたとしても、信じてしまう気がした。そんなことあるわけがないと思うこと自体、この世界では通用しないからだ。
 
「シキンチャク袋って何でも入るんですね……」
「シキンチャク袋の種類にもよりますが、確かにとても便利ですね」
「布は……テーブル燃えないんですか?」
「大丈夫ですよ、鍋にだけ熱を与えるようにしていますから」
「……そうですか。あ、私カイさんに毛布のお礼を言ってきますね」
 アールはそう言って、泉の方へと向かった。
 
「あぁ……体力回復中ぅ……」
 と、泉に浸かって独り言を呟いているカイに、アールは近づいた。
「カイさん、毛布掛けてくれてありが……──きゃあ?!」
 直ぐに顔を背ける。
「わぁ?! なに! 何事?!」
 と、アールの悲鳴に驚いたカイは思わず立ち上がった。ザバーンと下半身があらわになる。
「何で全裸なんですか!」
 
上半身が裸なのは見えていたのだが、近づくまでまさか下まで素っ裸だとは思っていなかった。思わず両手で目を塞いだ。
 
「あ……ごめん! ルイー! タオル持ってきてぇー!!」
 その声を聞いたルイは慌ててテントに入り、タオルを持って来るとカイに手渡した。
「アールさん大丈夫ですか……? 気遣いが行き届かず、すみません」
「いえ……大声出してごめんなさい」
 
恥ずかしさのあまり、顔を赤らめた。裸を見てしまった気まずさもあるが、思わず大声を出してしまった自分に恥ずかしさを感じたのである。
 
「ごめんねアールぅ……」
 と、申し訳なさそうに言うカイに、
「カイさん、これからはタオルを巻きましょう」
 と、ルイは優しくカイに注意をした。
「りょーかい。んじゃ、シドにも言っとかないとぉ」
「そうですね」
 
彼等の会話に、申し訳なさを感じる。今まで彼等は気を遣う必要などなかったのだ。女である自分が加わったせいで気を遣わせてしまっている。
 
「アールさんも、食事が終わったら泉で汗を流すと良いですよ。この泉は筋肉の疲労を和らげてくれますし、軽い怪我なら治りも早くなります。アールさんが浴びてる間、僕たちはテントにいますので安心してください」
「覗いちゃおっかなぁー!」
 と、カイが冗談半分に言う。
「ダメですよ。 アールさん、僕が全力で阻止し致しますからご安心を」
「……はい」
 と、アールは少し不安げに返事をした。
 
 自分が男だったらどんなに楽だっただろう。
 私が男だったらよかったのに。
 
シドの姿は見当たらなかったが、夕飯が出来た頃には戻って来た。アールと目を合わせることなく、ルイが作った美味しい料理をぶっきらぼうに食べ、席を立った。
 
「シドさん、泉に浸かるならタオルを巻いてくださいね」
 と、アールの為に言ったルイの言葉に、シドは舌打ちをしてテントへ入ると、タオルを持って泉へ向かった。
 
アールは申し訳なさで、居心地が悪くてしょうがなかった。こんな生活がいつまで続くのだろう。
 
「ルイの料理、美味しいよねぇ!」
 と、カイが口いっぱいに頬張りながらアールに言った。
「うん、とても」
 そう答えながら、アールは少し微笑んだ。
 
カイは食べながらポロポロとこぼすものだから、ルイがその度に布巾でテーブルを拭いていた。その光景に思わずアールは表情を緩めた。
 
「カイさん、こぼさずに食べてください。服も汚れていますよ……」
 と、ルイは優しく注意を促す。
「ん……拭いて。あ、これも美味い!! あ、こっちも拭いて。ついでに口も拭いて」
 
 なんだか和むなぁ。
 
そう思った瞬間、グッと胃が締め付けられた。なに和んでるんだろう……と。
アールは小さなため息をつくと、ルイの料理を黙々と食べ進めた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -