voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散27…『アーム玉』

 
時折強い風が吹く。
風が草木を揺らし、魔物の足音を消してしまう。自然が作り出す音が強い日はいつもより警戒心が必要だった。
 
ルイが持つデータッタの簡略な地図画面に、赤い印しが表示された。
 
「シドさん、近くにアーム玉があるようです」
「どこだよ」
 シドは苛立ちながら辺りを見回した。
「ここから左へ真っ直ぐ進んだら先に池があるようです。その付近ですね」
「行ってくる」
 と、シドが池へ向かおうとすると、ルイが言った。
「僕たちも行きましょう」
「えー…」
 カイは面倒くさそうにしゃがみ込んだ。
「俺だけでいいだろ」
「池になにがいるかわかりませんから」
「俺だけで十分だろ」
「“河童”は出ないとは思いますが、まだ生態のわからない魔物も沢山いるのですよ? 危険です」
 
この世界の河童は足が速く、人間だろうと襲ってきて皮を剥ごうとする恐ろしい生き物である。
 
「あーもう……じゃー好きにしろよ」
 そう言って足早に木々の間を縫って池へ向かうシド。
 すぐに後を追うルイに、
「あーもう……俺の意見も聞いてよ!」
 と、カイがふて腐れながら後を追った。
 
案の定、予想は的中していた。池に近づくと全長2メートルはある魚の魔物が池から飛び出してきたのだ。ユラユラと宙を泳ぐように浮いている。鋭い牙はどう見ても肉食だ。
 
「なんだ気持ち悪いな」
 と、シドは刀を構えた。
「見たことがない魔物ですから、気をつけてくださいね」
「言われなくてもな」
 と、シドは気を集中させ、魔力を発動させようとしている。
 
魔物は池の中央にいるため近づくことが出来ない。遠距離攻撃をするには魔力を使うしかない。
 
「ねぇ戦う必要あるー?」
 と、カイがルイの背中に身を隠しながら言った。「襲って来ないんだからほっとけばいいじゃーん」
「アーム玉を手に入れなければなりませんし襲われてからでは遅いですよ。肉食のようですから、先手をうつべきです」
 
そう言いながらルイはデータッタの地図からアーム玉の居場所を推測。
 
「シドさん、アーム玉の在り処ですが……その魔物の体内にあるかもしれません」
 
シドは集中しているため返事を返さなかったが、代わりにカイが首を傾げた。
魔物の体内からアーム玉が出て来ることは稀にあることだった。
時に魔物の腹部を斬り裂いたときに金目の物が出てくることもある。魔物はご丁寧に人間の衣類や持ち物を剥ぎ取ってから食べたりはしないからだ。中にはわざわざ剥ぎ取ろうとする魔物もいるが。
体内からアイテムが出てくる魔物は“肉食”であることが多い。
 
シドは魔力を使って攻撃を仕掛けた。しかし、魔物は攻撃をひらりと交わすと、口を大きく開けて泳ぐように襲い掛かってきた。ルイはカイを結界で守り、今にもシドに噛み付きそうな魔物に炎の攻撃魔法を浴びせた。ダメージを受けた魔物は動きが鈍くなり、焼き魚の匂いが漂ってきた。
 
「うまそうだな、食えんじゃねーの?」
 と、シドが笑う。
「人を喰う魔物を食べる気にはなれませんね」
 と、ルイ。
「ま、とりあえず……」
 シドは刀を構え、浮遊を続ける巨大魚に向かって高らかとジャンプした。「魚は池に帰りやがれッ!」
 
池を跨ぐようにジャンプをしたシドは、巨大魚をの頭を斬り落として真っ二つにしてから、胃袋が付いている胴体の方を池の外へと思いっきり蹴り飛ばした。その衝撃でシドも魚とは反対側の池の縁に降り立った。地面に落ちた頭のない巨大魚はビクビクと体を痙攣させ、活きがいい。
 
「……池に帰すんじゃなかったの?」
 と、カイが言う。
「用が済んだらな」
 そう言ってシドが巨大魚の腹部を斬り裂くと、体内から血で染まったアーム玉がどろりと出てきた。
 
ルイがシキンチャク袋から水筒を取り出し、血を洗い流した。
シドが巨大魚のしっぽをかついで池に放り投げると、ピラニアのような魚が数匹、池に落ちた巨大魚に群がり跳びはねた。
 
「おーおー、池のヌシも死んだら雑魚に喰われるのか」
 と、シドは楽しそうに言う。
 
すると突然、もう一回り大きな巨大魚が池から飛び上がり、小魚が懸命に貪り食っていた巨大魚の体をくわえて池の中へと消えて行った。その際にバッシャーン!と大きな水しぶきが上がり、大きなバケツに入った水を浴びせられたかのようにシドとルイにかかり、一瞬にしてずぶ濡れになった。──カイだけは結界の中にいたので濡れずに済んだようだ。
 
「…………」
 3人は呆気に取られた。
「み……見た?! 今の!」
 と、カイが言う。
「見ました。池のヌシは他にいたようですね……」
「よーし。丸焼きにしようぜ」
 と、シドが刀を構え、意気込んだ。
「余計な戦闘はやめましょう」
 ルイはそう言って、アーム玉をビンの中に納めた。
「おい……今の見たろ? 倒すしかねぇ」
「倒す必要はありませんよ。アーム玉は手に入れたのですから……」
 と、その時、木々の間から獣が姿を現した。焼き魚の匂いを辿ってきたのだろう。よだれを垂らしながらこちらを見ている。
「餌が来たじゃねーか。あいつ仕留めて池のヌシをおびき出そうぜ」
「魚釣りをしている暇はありませんよ。獣を仕留めて先へ進みましょう」
「つまんねー奴だな! いいか? ああゆう巨大な魔物ってのは大概いいもん持ってんだよ」
「そうでしょうか。先程の魔物は浮遊移動出来ないようでしたよ。池の中で静かに暮らしているのでしょうから、そっとしておきましょう」
「いーや、俺は仕留める」
 そう言ってシドは一先ず、獣に斬り掛かった。
 
そんなシドをルイはため息を零し、見守った。
 
「もぉー、子供なんだからぁ」
 と、一番子供じみたカイが言う。
「自分の力を確かめたいのでしょう」
 シドは獣を一撃で仕留めると、ルイ達の足元へ運んできた。
「カイ、紐よこせ」
「なんの紐だよぉ……」
「なんでもいい。ガラクタん中になんかあんだろ。──ルイはそのロッド貸せ」
「釣竿にするなら貸せませんよ」
「別に引っ張りあげるわけじゃねーよ。あくまで“コイツ”の肉を吊してだな、池から飛び出してきたヌシを仕留めるだけだ。折れる心配はねーよ」
「そういう問題ではありませんよ」
 カイはシキンチャク袋から紐を探しながら、
「その辺の木の枝を切って使えばいいじゃん」
 と、提案した。
「もし餌に食いついたら折れるじゃねーか。ロッドならある程度は強度あんだろ」
「貸せませんよ?」
 と、ルイはもう一度言った。
「オメーには男の浪漫ってもんがねーのかよ! でっけー魚見たら仕留めんのが男だ」
「あ、それはちょっとわかる」
 と、カイはヨーヨーを手渡した。「これしかないや。壊さないでよ?」
「あぁ。んじゃルイ」
 と、ロッドを渡せと言わんばかりに手を差し出す。
「ロッドごと池に落ちたらどうするのですか」
「その前に糸が切れるから心配ねーよ」
「壊さないでって言ってるじゃないかぁ!」
 と、カイ。
「まだ壊れてねーよ」
「そこまで言うのなら、ご自身の刀を竿にしたらどうです?」
 と、ルイはなにがなんでもロッドを手放す気はないようだ。
「ったく、信用ねーな」
 
シドは仕方なく腰に掛けてある鞘を外し、ヨーヨーの紐をくくりつけた。
 
「本気で仕留めるおつもりなのですね……」
「あったりめーだろ」
「仕留めたら更に大きな魔物が出たらどうするのですか……」
「餌はいくらでもある」
 刀で獣を捌き、肉をヨーヨー側にくくりつけた。
「ヨーヨーに肉の臭いが……」
 と、カイがうなだれる。
「んじゃ、釣ってくる」
 と、シドは池の向こう側へ周り、刀を右手に、お手製釣竿を左手に持った。
 
普通の釣りならば餌を池の中へ落とすが、ヌシを自分がいるほうへと飛び上がらせるために、餌をつけた鞘を宙で振り回した。
 
「あれでおびき出せるのでしょうか」
「アールがいたら『力試しのために殺すの?』って言いそうだねぇ」
 

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©Kamikawa
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