voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散26…『導き出す』

 
地平線の向こうから、世界を焼き尽くす炎の光が波のように押し寄せてきて、笑い声が飛び交うこの街を飲み込んでいく。そんな映像が浮かんで怖くなった。
それは紛れも無く自分の選択によって起きた結果であり、一見、綺麗な言葉に思えたあのメモのメッセージの重さを感じた。
 
 世界中の笑顔は君の手の中にある
 
 
「アールさん、確かめたいというのは結局なんのことだったんですか?」
 と、コテツは砂糖を入れたアイスコーヒーをストローで掻き混ぜながら言った。
「……目を逸らしていたこと、かな」
 
陽が照って暖かい風が吹いていた。澄んだ綺麗な青空も真っ白な雲も、お洒落な服を身に纏う人も、笑い声も、建ち並ぶビルや家も、なにもかもが物悲しい。
 
「ねぇ、みんな知らないのかな」
 と、アールは街の人々を見下ろしながら言った。
「なにがですか?」
 コテツはまだ、コーヒーを掻き混ぜている。なかなか溶けない砂糖に苦戦していた。
「暗い未来」
 
アールが言わんとしていることを、感じ取り、コテツは黙ったままコーヒーを掻き混ぜていた手を止めた。
 
「そんな未来なんか想像もしていないような笑顔だからさ、みんな」
「…………」
「ね、知らないのかな?」
 改めて訊くと、コテツは黙って頷いた。
「なんで……? 世界の危機だよ? この街を見てるとそんな危機なんてこれっぽっちも感じとれないけど」
「例え誰かが真実を口にしても、信じないと思います」
 と、コテツは呟くように言った。
「それはどうして? まだ変化や影響がないから?」
「それもありますが……アールさんは以前、アリアン様のことを知りたがっていましたよね」
「……うん」
「アリアン様のことは、誰もが知っています。今この世界が平和なのはアリアン様のおかげだと信じてやまない者ばかりです」
「それがなに?」
「危機が訪れるわけないんですよ。アリアン様が救ってくださったのですから……」
 
それは、絶望を迎えようとしていた世界を包みこんだ光の力を今でも信じているというよりも、迫りくる闇と向き合いたくないだけのように聞こえた。
真実を聞かされても、何も出来ない。それならば信じるしかない。縋り付くものがあるなら迷わず縋り付く。
自分の力じゃどうしようもないとき、人は祈る。神や仏に縋る。──そうする他ないからだ。
 
今は亡きアリアンは、人々の心の中で生き続けて、人々に希望の光を燈している。でもそれはあくまで、成す術のない人々が作り上げた希望にすぎない。信じ続けなければ消えてしまう、空想の光。
 
「私に……救える力があると思う?」
 
命を落とされては、元の世界に帰還出来なくなるのは勿論のこと、この世界の未来も無いでしょう。全ては貴女様に……
 
──世界中の笑顔は“わたし”の手の中にある。
 
私が見捨てれば、笑顔も笑い声も 消えてしまう。世界中の人々の命を背負っている。
目を逸らしていたことだった。自分自身も守れない人間が、誰を守れるというのだろう。戦うことをやめたら、ここにいる人達や隣にいるコテツも、仲間も、みんな、みんな、消えてしまう。
 
──私が闇を降らせることになるんだ。
 
「アールさんなら、きっと世界を救ってくれます」
 と、アールを真っ直ぐに見据えた。
「それは私がグロリアだと言われているからでしょう? 信じるしかないからでしょう?」
「…………」
 コテツは何も言えず、視線を落とした。
「怖くないの? 私が、未来を左右するんだよ? 私が動かなきゃ、みんな……」
 と、アールは言葉を濁した。
「その時は……その時です。例え闇に覆われても、アールさんのせいじゃない」
 コテツはそう言い切ったが、アールの蟠りは消えなかった。
「救えるかもしれないのに救わないなら私のせいだよ。自分のことで精一杯で、この世界の人たちの命までは考えていなかった」
「それは……仕方ないと思います。アールさんだって……」
 と、コテツはアールを見やった。「一人の人間なんですから」
 
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生まれた時から、お前は世界を救う為に生まれてきて、勇者として生きてゆくのだと言われていたなら、簡単に答えを出せていたのだろうか。
自分の将来とか、人生とか、大切なものを放りなげて、世界の為に命を賭けることが出来ただろうか。その為に生まれてきたのなら……。
 
どう生きるかなんて、自由だと思っていた。
 
様々な事を経験し、学び、そんな中で夢を見つけ、歩いてく道を選択し、突き進む。
時折立ち止まり、振り返り、未来を想像し、誰かに手を引かれ、誰かに背中を押され、誰かに突き飛ばされ、誰かに追い抜かれ、誰かを追い抜き、怪我を負ったり、強くなったり、挫折したり、何かを失ったり、欲しいものを手に入れたり、試行錯誤しながら、歩いてゆくんだと思っていた。
 
自分の未来は、何処にあるのだろう。既に何処かに用意されているのだろうか。
 
私が欲しい未来は、この世界にはない。
私の夢は、この世界では叶えられない。
 
還りたいから、戦う。一番の理由が“還るため”でも、それで世界が救われるのならいいでしょう?
そう思っても立ち止まってしまうのは、どうしても“死”が付き纏うからだ。
 
死への恐怖は拭いきれない。
怖くて怖くて堪らないんだ。
 
皮膚を食いちぎられる痛みより、腕をもがれる痛みより、私が大切な人達の中から消えてしまう痛みの方が耐えきれないほど堪らなく怖い。
共に過ごした思い出に、私がいなくなる。死ねば、私は消えてしまう。“ほんとう”に消えてしまう。
 
体だけじゃない。存在が、消えてしまうんだ。私がいなくなる。
 
そんな子、この世に存在しなかったように。私が生きた証もなにもかもが、消滅する。
そんなの、堪えられない。
 
この恐怖からはきっと、なにをしても逃れられない。
だからどう受け止めて行くのか、どう向き合って行くのか、その答えを導き出したい。
 

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©Kamikawa
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