voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散28…『魚釣り』

 
「ぎゃぁああぁ!」
 結界の中にいるカイが叫んだ。
 
ルイはロッドを振りかざし、攻撃魔法でモルモートを倒した。シドは、突然現れたモルモートに見向きもせず、ひたすらに餌を振り回している。
かれこれ20分は過ぎていた。
 
「シドさん! いい加減諦めてください!」
 痺れを切らしたルイがそう叫んだ。
「おっかしいな。全然現れねぇ。巨大魚食って腹いっぱいなのか?」
 そう言いながらも餌を振り回す手を止めないシド。
「ルイー…テント出してよぉ。俺もう寝る」
「なにを言っているのですか……」
「だぁーってヌシ現れないのにシド動かないじゃーん」
「今連れて来ますから……」
 と、ルイはシドへ歩みよった。
 シドはチラッとルイに目をやると、
「邪魔すんなよ」
 と、鬱陶しそうに言った。
「もう諦めましょう」
「他人に諦めろと言われて諦めるくらいなら始めから挑戦してねーよ」
「ですが……全く気配がありませんし」
 と、ルイは池を見遣った。
「諦めたら今までの時間が無駄になんだろーがよ」
「粘って結局姿を見せなかったらそれこそ──?!」
 
ルイがシドの説得に試みていたとき、巨大な黒い影が池の中をユラユラと漂い始めた。──池のヌシだ。
 
「来たぞ」
 シドはニッと笑い、刀を持つ手に力が入る。「たやすく捕まらねぇってのがそそるねぇ」
「取り逃がしたら諦めてくださいよ?」
「取り逃がさねーよ。こっちもたやすく逃がす気はねぇからな」
 そう言って、振り回していた餌を池の中心に落とすと、すぐに引き上げた。
「おらよッ! 食いつけ!」
 すると餌を追い掛けてヌシが池から飛び上がってきた。
 結界の中でけだるそうにしていたカイは思わず声を上げた。
「うわぁーーっ!」
 
水しぶきが舞い、濡れた鱗が光を反射してキラキラと光っている。池のヌシだと言わんばかりの貫禄。しかし餌を逃してそのまままた池の中へと潜ってしまう。
 
「もういっちょ!」
 と、シドはまた餌を投げ、池へと落とした。そして食いつく前に引き上げる。
 
何度か繰り返し、ルイはヌシがそのうち諦めるだろうと思っていたが、ヌシは跳びはねた餌がシドの方へと逃げると学んだのか、池から飛び出すたびに段々と近づいてきた。
 
「次くらいに仕留められそうだな」
「シドがんばれっ!」
 カイはすっかり火がき、シドが池のヌシを倒すことを待ち望んでいるようだった。
 
ヌシは勢いを増して池の縁のぎりぎりまで飛び上がってきた。
 
「行くぞルイ!」
「えっ? はい!!」
 
これまで無関心だったルイも、目の前に迫ったヌシを見て血が騒いだ。
シドは手作りの釣竿を離し、ヌシよりも高らかとジャンプした。
 
「シドさん?!」
 
シドはヌシの真上まで来ると、刀を両手で持ち、前転するように振り下ろした。ヌシの体は真っ二つに裂かれ、陸地へ落下。シドは一回転して池の方へ……。
 
「剛柔結界!」
 と、ルイは慌ててロッドを振った。
 
シャボン玉のような丸い結界に囲まれたシドは、池の上にゆっくりと降下した。池のヌシは陸地でビチビチと痙攣している。
 
「やったーっ!」
 と叫んだのはカイだった。
「シドさん、池へ落ちる気だったのなら言ってください!」
「お前なら言わなくてもわかんだろ?」
 と、結界の中にいるシドはぷかぷかと浮かびながら笑った。
「……ですが、どうやって陸地へ上がるおつもりですか?」
「あ?」
 ピラニアのような小魚が、餌でも落ちてきたのかとシドの周りをビチビチと跳びはねている。
「風でも起こして移動させろよ」
「無理ですよ。僕の魔法ではシドさんが乗っている結界を動かすほどの風力はありません……」
「やる前から自分の限界決め付けてんじゃねーよ」
 と、あぐらをかくシド。
「……そうですね。試してみます」
 
ルイはロッドを構え、気を集中させた。そして魔法で風を起こした。風は結界を押して、ゆっくりではあるがカイがいる陸地へと流れた。
 
「出来るじゃねーか」
「…………」
 ルイは腕に嵌めてあるバングルを見やった。
 
風の攻撃魔法で吹き飛ばすことは可能だが、地面に固定される結界とは違うため中にいるシドに危険を伴う。
 
「おい、早く出せ」
 と、シドが言った。
 
ルイはシドに歩み寄り、結界の中へ手を入れた。シドの手を掴み、引っ張り出す。
結界から出られたシドは再びヌシの元へ歩み寄った。刀で体を斬り裂き、胃袋から何か出ないかと探ったが、ペンダントトップが出てきただけだった。
カイも結界から出してもらうと、シドの元へと駆け寄った。
 
「なんかいーものあったぁ?」
「ガラクタ」
 と、ペンダントトップをカイに渡した。刀の鞘にくくりつけていたヨーヨーの紐を外す。
「錆びてるねーこれ。売れそうにないや」
「魔力もなさそうですし、ただのペンダントでしょうね。とは言え、持ち主にとっては大切なものだったのかもしれませんが」
 と、ルイはヨーヨーの紐を餌から取り外した。
「あ、ついでにヨーヨー洗って」
 と、お願いするカイ。
「水で洗い流したくらいでは臭いまではとれませんがいいですか?」
「よくない。石鹸つけて洗ってよぉ」
「んな暇ねーよ」
 と、シドは刀を鞘に仕舞い、腰に掛けながら言った。「時間食ったからな」
「シドが釣りなんかするからだろぉー?!」
「んじゃ阻止すりゃよかったんだ」
「止めたじゃん! ルイが!」
「あんなもん止めたうちに入んねーよ。つーかやめてねんだから止めたことになんねーし」
「あーもう! ていうかシドが洗ってよ! シドが使ったんだから!」
「まぁ使ったのも紐を貸せと言ったのも俺だが、結局貸したのはお前だろ。貸すも貸さぬもお前次第だ。──俺のせいにすんなよ」
「うわっ、すんごぉーくムカつく!」
 カイは鼻の穴を広げた。
「洗いましたよ」
 と、ルイがヨーヨーをカイに渡した。「一応消毒液で拭いておきましたから」
「あ、じゃあこれも」
 と、錆びたペンダントトップをルイに渡す。
「んなもん捨てろよ……売れねーだろ」
「せっかく見つけたんだ。売れなくてもポストに届けないとぉ」
「ケッ。誰がポストの中身見るんだよ」
「遺族とか? 旅に出たっきり帰って来ないからせめてなにか形見がないかってさ」
「普通は生きてると信じたいもんだろ。だから見る奴なんかいねーよ」
 
街には旅人が見つけた物をおさめるポストがある。簡単に言えば、落とし物箱のようなものだ。
旅先で大切な物を落とした旅人や、遺族たちがポストを調べることがある。ポストに集められた品はネット上で公開されている。ただし、自分の物だと証明できないものは誰にでも手に入れる権利があった。そのため、どうしても手に入れたい者同士の間でお金が絡むこともまれにある。
 
「あ、シドが仕留めた池のヌシから出てきた物だよ? 記念に持っておくのもいいかもぉ!」
「いらね。図体だけデカくて一撃で倒しちまったしな」
「さ、そろそろ先へ進みますよ」
 と、水で洗い流したペンダントをカイに渡し、ルイが言った。
「だな。こんなところで時間潰してる場合じゃねぇ」
「シドが言うな!」
 と、カイはカッと目を見開いてつっこんだ。
 

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