voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散23…『秘密のメモ』◆

 
アールは携帯電話の着信音で目が覚めた。ベッドの上で目を擦りながら、テーブルに置いてあるケータイに手を伸ばす。カイからの着信だった。
何度も何度も飽きもせずに電話をかけてくれるカイ。アールは思わず呆れたように、けれど嬉しくもある笑みを零した。
 
「もしもし? カイ?」
 不思議と自然に電話に出ることができた。
『…………』
「もしもし?」
『アールが出たぁあああぁ!?』
「うわっ!」
 思わずケータイを耳から離した。まるで亡霊でも出たかのような驚きようだ。
『アールが出たんだよ!』
「……? もしもし?」
『今電話に出てんの! やっとアールと話が出来る!』
「…………」
 
どうやら電話の向こう側でルイかシドと話しているらしい。
 
『も……もしもし?! アール?』
「はい。ごめんね、沢山電話くれたのに出れなくて……」
『え? たくあん連夜? ……アール大丈夫?』
「……違うよ、“たくさん、でんわ”くれたのにごめんねって言ったの」
『あっ! 大丈夫! アールは焦らし上手だねぇ』
「焦らしてたわけじゃないけど……」
『今なにしてんのー?』
「今起きたところだよ。昨日お風呂に入り忘れたから、今から入る予定かな」
 と、アールは掛け時計を見遣った。
『そっかぁ。俺がいたら背中流してあげるのにぃ』
「相変わらず元気だね、カイは」
 
カイの明るさに癒される。話していると元気を貰える気がした。
 
『そりゃあアールと話してるから元気だよぉ。でもアールがなかなか電話に出てくんなかった時は全然元気でなくてさぁ、無口だった』
 と、カイが言うと、
『どこがだよ!』
 と、シドの声が聞こえてきた。
「これから朝食?」
『うん、よくわかったねぇ。アールはちゃんと食べてるー?』
「うん、食べてるよ」
 
そう答えた時、ベッドの下からスライムが飛び出してきた。部屋の中央まで移動すると、ピョンピョンと跳びはねてなにか言いたそうにしている。
 
「どうしたの?」
 と、思わず訊く。
『え? なにがぁ?』
「あ、ごめん。カイじゃなくて……。そうだ、申し訳ないんだけど、また夜にでも電話するから、もういいかな?」
『……今誰かと一緒にいるの?』
 と、テンションが下がるカイ。
「うん、スライムと」
『スライム?!』
「ごめんね、じゃあ……がんばってね」
『えっ、待って!』
「ん?」
『アール……いつ戻ってくるの?』
「…………」
 
答えられずに、沈黙が続いた。
すぐに戻るよと、嘘でも言えない。
 
『アール戻ってくるよね?』
『カイさん、そろそろ食事を済ませてください』
『ちょっとルイは黙っててよぉ……大事な話をしてるんだからぁ。──もしもしアールぅ?』
「……夜にまた電話するから。ごめんね」
 そう言ってアールは電話を切った。
 
ため息をつき、壁に寄り掛かった。
タイミングよくルイが入ってきてくれた。ルイのことだからきっと気を遣ってくれたのだろう。
 
 戻ってくるよね?
 
戻るよ。そう言えなかったのは、まだ胸につっかえるものがあったからだ。
結局は戻ることになるのだから、答えられたはずなのに。
 
スライムがより一層ピョンピョンと跳びはねて何かをアピールし始めた。
 
「……どうしたの? あっ、水?」
 と、アールはベッドから下りると、スライムは跳びはねながらベッドの下へと入って行った。
「あれ……? 水が欲しいんじゃないの?」
 と、ベッドの下を覗き込む。
 
スライムはベッドの下の角に移動し、ピョンピョンと小さく跳ねている。
 
「そこが好きなの? ……ん?」
 
アールは、ベッドの脚の下に挟まっている紙を見つけた。残りの脚を見てみるが、紙が挟まれているのはその脚だけだった。
手を伸ばすが、届かない。仕方なくベッドを動かすことにした。
 
「スライムちゃん、ちょっとどいてくれるかな。ベッド動かすから」
 そう言うと、スライムはベッドの下から出てきてテーブルの上へと移動した。
 
紙が挟まっている脚は、枕側にある。枕側の隣に机があるので、先に机を引きずりながら退かし、ベッドを動かした。壁側に隙間が出来、腕を伸ばすと紙を取ることが出来た。
斜めになったベッドに腰掛け、四つ折にされている紙を開いた。
 
 
  《世界中の笑顔は君の手の中にある。
   5463  T・S》
 
 
「……てぃーえす?」
 
誰かのメモだろうか。メモにしてはイニシャルらしきローマ字が添えられているし、誰かに宛てて書かれたように思える。それにしても字が汚い。
 
「ティーエス。ティー、“た”……た……」
 ドクッと心臓が脈打った。アールの脳裏に一人の名前が思い浮かぶ。
 
──“タケル”?
 
「……まさかね」
 
でも、タケルも自分と同じように赤い絨毯が敷かれた部屋に召喚され、同じ部屋に通されたとしたら? 仮にこのメモはタケルが書いたものだとして、誰かに宛てたものなら、“君”は誰を指しているのだろう。
 
「……わたし?」
 そんなはずはないと、思い止まる。
 
ルイの話によれば、タケルは自分が選ばれし者だと思っていたのだから、私の存在を知っているわけがない。そもそもまだこのメモを書いたのがタケルだと決まったわけじゃない。
 
「世界中の笑顔は君の手の中にある……か」
 誰かの歌詞に出てきそうな言葉だとアールは思った。
 
暫く悩んだ挙げ句、紙を四つ折りに戻して机の引き出しにしまった。
 
「スライムちゃん、お風呂入りに行くけど一緒に行く? お水あるよ」
 
スライムは嬉しそうに跳びはね、意思表示をした。
 

──私は知らなかった。
タケルは自分が選ばれし者ではないと知っていたことを。
 
だからまさかタケルから自分へのメッセージが残されていたなど、思いもしなかった。
 
この時はまだ。

 

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