voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散24…『笑顔』

 
部屋を出て、浴場へ向かう廊下。同じドアの部屋がずらりと並んであり、とある部屋に目を止める。
 
「この部屋いつもドア開いてる……」
 
廊下を通るたびにこの部屋だけ少しドアが開いていて、気になっていた。
閉めようかとも思ったが、開けていることになにか意味があるのなら、勝手なことはしないほうがいい。なにもせずに立ち去ろうとした時、向かいの突き当たりから兵士がひとり、歩いてきた。
 
アールに気づいた兵士は足早に近づいてくる。──どうかしましたか? と訊いてくるだろうとアールは思った。
 
「アールさん! どうかなさいましたか?」
 
──ほらね、と、心の中で思う。
 
「いえ。今からお風呂に入ろうと思ってたところです」
「そうです……か……」
 と、兵士はアールの頭の上にいるスライムに気づいた。「それは……?」
「ともだち」
 と、笑顔で答える。
「そうですか。可愛らしいお友達で」
 と、兵士も笑みを浮かべた。
「あ、ここの部屋、いつも開いてるんですけど、なんででしょうね」
「あっ……すみません! ここは私の部屋で……いつも閉め忘れるんです」
 兵士は恥ずかしそうに言った。
「閉め忘れるなんてことあるの……?」
「きちんと閉まっていなかったといいますか、こう……勢いで閉めようとする癖がありまして。風圧で閉まらないときがあるといいますか……」
 兵士はますます恥じらいながら言い訳をした。
「あぁ、わかりますそれ。じゃあ気づいたときは閉めておきますね」
「すみません。きちんと閉めるよう、気をつけます……」
「それじゃ」
 と、アールはその場を去ろうとして、ふと立ち止まった。「あ」
「はい?」
「私が今使わせて貰ってる部屋って……以前誰か使ってましたか?」
「以前ですか? あの部屋はー……」
 
思い返すようにアールの部屋を見遣った兵士の顔色が変わった。
 
「どうしたんですか?」
「いえ、えーっと……誰も使っていなかったと思いますが」
「誰も? 本当に?」
 兵士が何かを隠している気がして、探ってみた。
「えぇ……」
「ベッドの下からメモが見つかったんです。誰も使ってなかったのなら、誰が書いたんでしょうか」
「メモ?」
 と、兵士は眉をひそめた。「どのようなメモです?」
「秘密。心あたりはありませんか?」
「いえ、私は……」
「じゃあ質問を変えます。──タケルはどこの部屋に通されたんですか?」
 
アールの質問に、兵士は目を丸くした。
 
「え……」
「タケルの部屋です」
「……知っていたのですか?」
「…………?」
「タケルさんを……」
「あぁ、はい」
 兵士は、アールはタケルの存在を知らないと思って口をつぐんでいたのだった。
「そうでしたか……。では正直に申しますと、今アールさんがお使いになっている部屋です。ただ、メモを見てみないとタケルさんのものかどうかは……」
「タケルのフルネームってわかりますか?」
「フルネーム……いえ、存じておりません。皆タケル様と呼んでいましたので」
「そう……ありがとう。引き止めてごめんなさい」
 と、アールは頭を下げ、浴場へ向かった。
 
あのメモはおそらくタケルが書いたものに違いないだろう。
浴場についたアールは真っ先に洗面器に水を溜めると、スライムは一目散に水に浸かった。
アールは体を洗い流し、湯舟に浸かった。
 
「タケルも同じ部屋だったのなら、メモはタケルが書いた可能性大……かな。ね、どう思う? スライムちゃん」
 スライムは浴槽の縁に置かれた洗面器の中から手を振って見せた。
「それはどういう意思表示なの? っていうか名前は? ギップスさんに訊いてみようかな」
 
 世界中の笑顔は君の手の中にある
 
ふと、リアと出かけたルヴィエールの街を思い出す。行き交う人々はみんなおしゃれを楽しんでいて、笑い声が飛び交っていた。キラキラと輝く街の雰囲気に、自分もいつの間にか気分が上がっていた。けれど、旅人を見かけて我にかえった。
 
──なにか引っ掛かる。
 
あのとき我に返ったのは、自分はこんな場所で呑気に買い物を楽しんでいる立場じゃないと思ったからだ。本来私は旅を続けなければならない立場なのだと。
それだけじゃない気がしてくる。何かに気づいたんだ。ほんの一瞬、自分でも見失うくらいほんの一瞬、何かに気づいた。
 
 世界中の笑顔は君の手の中にある
 
旅人とルヴィエールの住人の違い。住人と旅人は互いに別世界で生きる人間のよう。同じ場所にいるのに違和感。服装のせい? ……違う。もっと深いところ。
何が違う? 生き方、目的、笑顔……
 
「あ……」
 
見つけた。引っ掛かっていたものの正体。
 
街の人達は本当に楽しそうだった。恐怖を知らない笑顔。この世界に危機が訪れようとしていることに全く気づいていないほどに。
 
訪れる闇を、知らない……?
 
アールの表情が段々と硬くなってゆく。スライムがアールに向けてペチペチと手を鳴らした。
 
「……心配してくれてるの?」
 
──ペチペチ。
 
「ありがとう」
 アールに笑顔が戻る。「あとで出掛けよっか」
 
──ペチペチ。
 
「コテツ君にも紹介しないとね」
 

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©Kamikawa
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