voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散22…『初恋』

 
「──シドさん?」
 と、テントから顔を出すルイ。「どなたかとお電話ですか?」
「あぁ。お前が心配してやまない女にな」
 
シドは携帯電話をポケットにしまうと、テント内へ戻った。ルイはテントのファスナーを閉めた。
 
「アールさん……ですか?」
「他に心配してる女がいんのか? 忙しい奴だな」
「いえ……。様子はどうでした?」
「知りたきゃてめぇで電話しろよ」
 
シドはルイに背を向け、布団に入った。隣ではカイがスヤスヤと眠っている。
 
「心配いらないと言われたので……」
「じゃあ心配いらねんだろ」
「そうですが……」
「…………」
「……おやすみなさい」
 
ルイがテント内を照らすランプの明かりを消そうとした時、シドは言った。
 
「スライム貰ったんだとよ」
「スライム?」
「あぁ。どっかの腐れ野郎から押し付けられたってな」
「そうですか。なぜシドさんにその話を?」
「知るか。暇だったんだろ。心配しなくてもあいつは戻ってくる」
「アールさんがそう言ったのですか?」
「いーや。あいつには戻る選択肢しかねぇからだ。問題は使い物になるかどうかだろ。またイカレてりゃ苦労すんぞ」
「アールさんを物のように言わないでください」
 と、ルイは明かりを消した。
 
アールはいないというのに、布団一人分のスペースが空いていた。開いたままの仕切りが、彼女はいないということを証明している。
カイが寝言でアールの名前を呼ぶ。タケルがいたころはタケルの名前を呼んでいたっけ……と、そんなことを思いながらルイは布団に入り、目を閉じた。
 
その日ルイは、懐かしい夢を見た。遠い記憶。忘れかけていた淡い思い出。
大切なものを失い、雨の中、一日中捜し続けていた。そこに一人の女性が声をかけてきてくれた。
名前も知らず、顔は全く覚えていないほど古く色褪せてしまった記憶。
 
その女性は一緒になって捜してくれた。結局探しものは見つからなかったけれど、沈んでいた気持ちは雲の切れ間から顔を出す太陽のように晴れていた。
 
──溶けてしまった甘いチョコレート。
 
女性は去る前に、丸いチョコレートを、まだ幼いルイの手の平に乗せた。
幼かったルイはお礼のひとつも伝えられず、名前を訊くことも出来ず、急ぎ足で去ってゆく彼女の背中を見つめていた。
覚えているのは、女性は時間に追われていたことと、細い腕には似合わない大きな腕時計をしていて、捜し物をしている間もずっと時間を気にしていたこと。
それからチョコレート。
貰ったチョコレートが嬉しくて、すぐには食べずにポケットに入れていた。親にばれないようにあとでこっそりと食べるつもりだったけれど、そのまま忘れてしまい溶けてしまった。
残っていたのは包み紙だけ。虹色に輝く綺麗な包み紙だった。
 
──初恋。
 
年齢を重ねても女性のことが忘れられず、もう一度出会えたらお礼を伝えようと決めていたけれど、手がかりは虹色の包み紙だけ。
今でも食材を買いに出かける度に虹色の包み紙に入ったチョコレートが売られていないか探しているものの、どのお店にも虹色の包み紙に入ったチョコレートは置いていなかった。
似たデザインの包み紙はあったけれど、全く違う。商品名やロゴマークが入ったものばかり。自分が貰ったものには、なにも描かれていない。ただ虹色に輝いているだけの包み紙だった。
 
ふと目が覚めたルイは寝返りをうち、アールが寝ていたスペースに目をやった。──やけに広く感じる。
 
初恋の女性が足早に去ってしまった時と、いなくなったアールを思う気持ちが少し似ている気がする。
気のせいだろうか。でも、引き止めようとしたのに、それが出来なかったあの頃のもどかしさに似ている気がした。
 
━━━━━━━━━━━
 
一行は朝を迎える。
強風は止み、静かな風に乗って流れた緑の葉は、ルイが朝食を作っているテーブルの上にヒラリと落ちた。
シドはテントの中でカイの枕を引っ張り抜き、顔面に思いっきり投げつけた。
 
「おい起きろ。今日は早めに行くぞ」
「うーん……」
 カイは眉間にシワを寄せて布団の中に潜った。
「女は元気だったぞ」
 シドがそう言うと、暫く間を置いてカイは飛び起きた。
「アールに電話したの?!」
「してやった」
「なんで俺に代わってくれないんだよぉ!」
「寝てたろ、お前」
 と、カイを見下ろす。
「起こしてよぉ! てゆーか電話しないって言ってたじゃないかぁ!」
「お前がうるせーからしてやったんだろーが」
「俺に代わらなきゃ意味ないよぉ!」
 カイは頬を膨らます。
「あぁそう。人が気を利かせて『カイに電話してやれ』って言ってやったのに無意味だったみてーだな」
 と、シドはテントを出た。
「ま、待って! シド様! アールは電話するって言ってたぁ?」
 
カイは慌ててテントを出て訊いたが、いい返事ではなかったためにまた何度もアールに電話をかけつづけるのであった。
 

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