voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界16…『魔法』◆- 後編

 
この世界は神秘的で超常的な魔法という力が存在している。大半が目を疑うような信じられないものばかりで、そこに疑問を持っても理解など到底出来るものではなかった。
本当に、ゲームの中に入り込んだかのようだ。
でも、周りにいる人達は二次元のキャラクターではなく、生身の人間。そして夢の世界ではなく、現実。誰かが怪我をすれば、生温かい血が滴り落ちる。
 
「大丈夫ですか?」
 と、ルイが心配そうにシドに訊いた。
「大したことねぇよ。けど“誰か”が邪魔したせーでこの先思いやられる。足手まといが増えただけじゃねぇか!」
 シドはそう叫ぶと、鋭い目付きでアールを睨み付けた。
 
無理も無かった。城を出て間もなく、二匹の魔物が姿を現した。一見、大型犬に見えるが、歯茎が異常に飛び出ている。前方に現れた一匹の魔物に気を取られたアールは、咄嗟に逃げようとして、後ろにいたシドとぶつかってしまった。その時シドは背後に現れたもう一匹の魔物に斬り掛かろうとしていたところで、アールとぶつかり魔物から気を逸らした一瞬をついて襲われたのである。
 
怪我をしたといっても、魔物の鋭い爪が彼の腕を軽く引っ掻いた程度のようだが、血が滲み出ているのを見たアールは居た堪れない思いにかられた。
 
 私のせいで怪我をしたんだ……。
 
「アールさん、あまり気になさらずに。シドさんは袖を捲っていたのが怪我の元ですよ。慣れるまで僕たちが貴女を守りますから、どうか焦らずに……」
 と、ルイがシドの暴言を断ち切るように、優しい言葉をアールに投げ掛けた。
 
 守りますから
 
そう言われたのは二度目だった。自分は一人で行動しているわけじゃない。せめて足手まといにはならないようにしようと、アールは思った。
 
城を出てからというもの、休む暇もなく魔物が姿を現し、シドが仕留めていくのを横目に、アールはルイの言葉通り、守られていた。とても立ち向かう勇気はなかった。けれど、恐怖に怯えながらもシドから目を離すことだけはしなかった。学びたいと思う気持ちはあったからだ。いつまでも逃げてばかりじゃいられない。いつまでも守られてばかりじゃいられない。少しでも早く力を身につけて、帰りたい……。
 
旅に出る前は、城の兵士達が身につけていたコートと同じものを羽織っていた彼らだったが、アールが着替えたように彼らの衣服も変わっていた。シドはアールが着ているつなぎと同じデザインのものだが、色は紺色。武器は刀だ。ルイはぱっと見白衣に見える白いロングコート。武器はアールが夢で見たものと同じ、赤くて丸い石が嵌め込まれたロッド。一方カイは、妙な格好をしていた。首周りには水玉のネックウォーマー、白いロングTシャツにはどでかいピンクのハートがプリントされており、腰には髪の色と同じ、オレンジ色のシャツが巻かれている。武器はシドと同じ刀だ。どう見ても防護に優れている服は見えないが、どうなのだろう。
 
「さっすがシドぉ! かぁーっくいい!」
 と、カイはルイが魔法で張った身を護る結界の中から目を輝かせて叫んだ。

結界は半透明の立方体だ。その隣にはアールも身を潜めている。
 
倒しても倒してもキリが無い。再び歩き出せば魔物が現れ、彼女達を足止めする。その度にシドは刀を抜いた。
アールは魔物の存在に脅えながら、ずっとシドを見ていた。戦い方、魔物の動き、交わし方……ハラハラする度に一瞬目を逸らしてしまいそうになったが、彼の戦闘を目に焼き付けていった。

陽が暮れ始め、森の中へと続く一本の細い道が見えた。細い道への入口には、キラキラと輝く水色の石がはめ込まれた岩が置かれている。
 
「ありましたよ、早いですが今日はもう休憩しましょう。アールさんはまだ旅に慣れていませんので、無理をしないほうがいいでしょうから」
 と、ルイが微笑みながら言う。
「休憩? これは何ですか?」
 アールは入口にある岩を指差し、訊いた。額から汗が垂れる。
「聖なる泉がある場所を示すものです。この道の先にあるということですよ」
「聖なる泉っていうのは……?」
「癒しの効果を齎す泉。場所にもよりますが、大概は泉の周囲に防壁結界という見えない結界が張られていて、モンスターを寄せつけず安全な場所なのです」
 
ルイの説明を聞いていると、訊きたいことが山ほど出てくる。この世界はアールからしてみれば初めて目にするものが多く、謎だらけだった。でも、質問して答えてもらったとしても、その答えにまた疑問を持ち、更にその答えにも疑問を持ち……。知りたいこと、気になることは沢山あるが、自分の性格をよく知っているアールは深く訊いたりはしなかった。沢山質問しても、彼女の頭ではどうせすぐに忘れてしまう。
 
森の奥へと続く細い道を通り抜けると、円状に開けた場所があった。中央にはルイが言っていた聖なるの泉。湧き出てくる泉を井戸のように石レンガでまるく囲んであり、その綺麗な水は縁の近くまで溜まっている。その泉の中心には綺麗な女の人の像が翼を広げて立っていた。
 


「この女性はアリアン様です。この泉をあらゆる場所に生み出した方……」
 と、ルイはアールが質問する前に軽く説明をした。
「女神だよ女神!! 綺麗だろぉー?」
 そう言いながらカイはこれでもかという程に、泉の前で正座をして女性の像を拝んでみせた。
「女神……?」
 
アールは泉に近づき、まじまじとその女神像の顔を見遣った。不思議な感覚に襲われる。この女の人を知っているような、それはデジャブと似た感覚だった。
 
「この辺にテントを広げましょう」
 
ルイは泉から少し離れた場所に立ち、コートのポケットから四つ折にされたA6サイズ程の白い紙を取り出すと地面に広げた。
その和紙のような紙には、なにやら文字が書かれていたが、アールは初めて見る文字で、読むことが出来なかった。赤い絨毯に刺繍で書かれていた文字と同じだ。
ルイが紙に手を翳すと、紙の上に二人用くらいの小さなテントが出現した。
 
アールはポカンと口を開けてそれを眺めた。
 
「あれぇー? アールもっと驚くと思ったのにぃ!」
 と、カイが悔しそうに言った。
「驚いたけど……」
「えー、もっとさぁ、『わぁ!凄ぉーい!! こんなの初めて見たぁ』とかないのぉー?」
「……ごめんなさい」
 カイがあまりにもガッカリした顔をしたので、アールは思わず申し訳なく謝った。
 
驚いたのは確かだが、何かある予感はしていた。この世界は驚くことばかり。アールはまだ時折夢を見ているような気分だった。それに、テレビでよく見るマジックを見せられた気分だ。
 
「じゃぁー中に入ってみて! もっと驚くよー」

カイに前もってそう予告されてしまうと、どういう反応をしたらいいんだろうと困惑する。言われるがままテントの中に入ってみた。
 
「え……? あれ?」
 アールは思わず外に出てテントのサイズを確かめ、もう一度中に入った。「……ありえない」
「だろぉー? へへっ」
 と、アールの反応を楽しんでいるカイは満足げに笑った。
 
テントのサイズは二人用の大きさだが、中の広さは五人分の布団は敷ける程だった。
 
「仕組みは……?」
「仕組み? 魔法に仕組みを訊くのー?」
 と、カイは訊き返した。
「……魔法はなんでもありなんですね」
「そーゆーことぉー!」


──何でもありだなんて、嘘ばっかり。
 
なんでもありに思える魔法にも規則はあって、魔法があれば何の苦労もないと思っていたけれど、そうでもなかった。
現に治療魔法、攻撃魔法、防御魔法と色々あるのに、この世界は“終わり”に近づいてる……。


長く感じた一日だった。明日もまた長い一日になる。“終わり”が来るまでそれは繰り返される。
アールはテントの前にへたりこむと、空を見上げた。早々と顔を出した一番星が申し訳なさそうに光を放ち、彼女を見下ろしていた。

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©Kamikawa
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