voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散19…『デート』

 
──ゼフィル城 第一食堂
 
入口から左側は食事スペースとなっていて、6人掛けのテーブルが10台ずつ2列に並んでいる。予備の椅子が壁に立てかけられており、人数が多くても対応出来るようになっている。
右側にはカウンターがあり、カウンターの奥に調理場がある。カウンター上の壁にはメニューが書かれた紙が居酒屋のように貼られている。
至ってシンプルな食堂だが、汗水を流した兵士たちが集まるため、むさ苦しい。
 
アールはカウンターにてA定食を頼んだ。1分程度で出来上がり、A定食を持って空いている席を探す。毎度のことながら、アールに気づいた兵士がすぐに席を譲ったり、空いている席があれば手を挙げて知らせてくれる。
 
「アールさん! こっち空いてますよ!」
「ありがとうございます」
 と、アールは席についた。
「アールさんよく食堂に来られますが、こんな男ばかりの食堂で飽き飽きしませんか?」
 隣に座っている、兵士が言った。
「もう慣れました」
 と、アールは笑顔で答えながらA定食のハンバーグに箸を通した。
「今日はコテツさんと一緒じゃないんですね」
 と、向かいに座っている兵士が言う。
「うん、今日は一人で食べるつもりで。食堂はいいですね、賑やかで気が紛れます」
「そうですか」
 
──と、その兵士の背後から忍び寄る影に、アールは箸を止めた。
 
その影はそっと兵士の背後に付くと、両手を兵士の肩の上に落とし、「わっ!」と脅かした。
 
「うわぁ?!」
 と、兵士は飛び上がる。「あっ……デリックさん!」
 
影の正体はおでこに巻いたバンダナがトレードマークのデリックだった。シドとは犬猿の仲だ。
 
「わりぃな、席変わってくんねー? お嬢と話したいんだ」
「は、はい! どうぞ!」
 と、兵士はデリックに席を譲った。
 
デリックはもう食事を終えたのか、つまようじをくわえている。
 
「お嬢、久しぶりっスね」
「お久しぶりですデリックさん。──あの時はお世話になりました」
 
アールはそう言って水を一口飲んだ。少し気まずい。城に戻ってきてしまった自分を恥じた。
 
「なんか噂じゃ、訓練所で腕磨いてるらしいっスね」
「まぁ……そうですね」
 と、苦笑。
 
デリックは椅子に片膝を立てていて、姿勢の悪さはシドにそっくりだ。
 
「あんま無理しないよーに」
 と、デリックは笑顔で忠告した。
「はい……」
「あ、そうだ。メシ食ったらデートしてくださいよ」
「デート?」
「暇なんスよ俺。裏庭でも散歩なんかどうスか?」
「えっと……」
「そう頑なになりなさんなって」
 と、困っているアールを見て笑った。
「遅くまでお嬢を連れ回したりはしませんよ。お話ししましょう」
 そう言ってデリックは席を立った。「表で待ってるんで、また後で」
「あのっ……」
 
デリックはアールに軽く手を振って食堂を出て行った。
断る間もなかったが、断る理由もない。ただ話をするだけだ。食事を再開すると、隣の兵士が困ったように言った。
 
「デリックさんはいつもあんな感じですね。頼りにはなるんですが……」
「あんな感じ?」
「女性に手が早いと有名です。まぁアールさんのような偉大な方に手を出すとは思えませんが……」
「あはは……偉大じゃないですよ。それに私なんかに手を出す悪趣味な人はいないですよ」
 と、笑った。
 
食事を終えて食堂を出ると、しゃがみこんでタバコを吸っているデリックを見つけた。足元には吸い殻が2本落ちている。
 
「ごめんなさい遅れて……」
「──?」
 デリックは足元の吸い殻を見た。
「あぁ、違う違う。俺タバコ吸うの早いんで」
 そう言って立ち上がると、吸っているタバコを床に落として火を踏み消した。
「そうなんですか?」
「戦闘前にタバコ吸わねぇと気合い入んなくて、けど戦闘前ってのんびり吸ってらんねーからその癖がね。んじゃ、行きましょう」
 と、手を差し出す。
「タバコ……ちゃんとごみ箱に捨てたほうがいいんじゃないですか?」
「誰か片付けるから大丈夫っスよ」
「じゃあ私が……」
 と、アールは吸い殻を手に取った。
「おっと……じゃあ俺が」
 と、デリックは慌てて吸い殻をアールから受け取った。「捨ててまいります」
 
足早に食堂のごみ箱へ捨てに行ったデリックは、戻って来るなり「それじゃ、参りましょう」と、また手を差し出した。
 
「なんですか? この手……」
「お手をどーぞ、お嬢さん」
「いえ、大丈夫です」
「つれないねぇ」
 と、デリックは笑った。
 
裏庭は何度か掃除の仕事をしていたため、見慣れていた。
建物沿いを歩きながら、デリックはポケットに手を突っ込み、鼻歌を歌っている。アールは一歩後ろを歩きながら聴いていた。綺麗なメロディだった。
 
「その歌なんですか?」
「子守唄っスよ」
「へぇ……綺麗」
「俺の声が?」
 そう笑顔で言いながら振り返り、立ち止まる。
「メロディが」
 と、アールも笑顔で言った。
 
デリックは笑みを向けながら、アールの頬に触れた。
 
「ひどい顔だぁ」
「……わかってますけどムカつきます」
 そう言ってデリックの手を払う。
「いや、吹き出物で可愛い顔が台なしだって意味っスよ」
「……褒めてんだかけなしてんだか」
「褒めてる」
「それはどうも……」
 と、視線を逸らす。
 
女に手が早いと言われているのがわかる気がする。
 
「ストレス溜まりますよねーえ。あんな野郎どもとの生活は」
「彼等は関係ありません」
「ふうん。んじゃ、なに話しましょうか」
 と、デリックはまた歩きだす。
「なにか話があって誘ったんじゃないんですか?」
「まぁね。けどそれは後でいいっスよ。なにか訊きたいことないっスか? 例えば俺の好きなタイプとか、俺のスリーサイズとか」
「じゃあなんでシドと仲が悪いんですか?」
 そう訊いたが、デリックは黙っている。
「デリックさん?」
「そんな名前の奴は知らないっスね」
「シドのこと嫌いなんですね」
「……いや、嫌いじゃねぇよ」
 と、また立ち止まる。
「好きでもねぇ」
 と、振り返った表情は笑顔だったが、目は笑っていない。「興味ねーから好きでも嫌いでもねーな」
「そうですか……」
 
似た者同士だからかな、と、アールはなんとなくそう思った。
 
「んじゃ、次は俺が質問する番。──旅してるとき一番落ち着く時間は?」
 
痛いところをついてくる。落ち着く時間などあっただろうか。
 
「あ、朝のコーヒータイムかな。ルイが入れてくれたコーヒー」
「ふーん。じゃ、次はお嬢の番」
 どうやら順番に質問をしていくようだ。
「……そのバンダナはこだわりが?」
 デリックは初めて会ったときから同じバンダナを額に巻いていた。
「あぁこれ?」
 と、バンダナに触れる。「こだわりっつーか……触ってみ」
 そう言ってアールの前で腰を屈めた。
 
触れてみると、固いプレートのようなものが入っていることに気づいた。
 
「昔、頭撃たれたことあってな。こう、パーンっと」
「よくご無事でしたね……」
「あぁ。目に当たらなくて良かったっスよ」
「目?」
「そうそう、俺が撃たれたのはエアガン」
「……あぁ、なんだ」
「いやいや、なんだじゃないスよ。あれが本物だと思うと防御プレートを装備しねぇとなって思ったわけ」
「ゴーグルも必要ですね」
「お遊びにはな。偽物だろうが本物だろうが相手の銃の向きで弾の流れを読んで頭には当てらんねぇようにしてたんだけどな……。参った参った」
 と、デリックは頭を掻いた。
「デリックさんも訓練所で鍛えてたりするんですか? 一度も訓練所でお会いしませんでしたね」
「おっと。次は俺からの質問スよ?」
「あ……すいません」
 
そろそろ部屋に戻りたいなと思い始める。
 
「ま、いーや。俺は特別だから訓練なんていらねーの」
「特別……ですか」
「いや本当に。特別特殊部隊に入ってっから」
「なんですかそれ」
「そこら辺の一般兵と違って強くてエリートでカッコイイんスよ、お嬢さん」
「……そうですか」
「よほどのことがない限りは俺らの出番はないから暇ってわけ」
「ふーん……」
「んじゃ、次は俺からっスね。身長何センチー?」
「言いたくありません!」
 

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