voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散20…『ご主人様』◆

 
旅を再開する準備が、意識しない間に出来つつあった。
結局運命からは逃れられないのかもしれない。
 
魔物を倒すことを躊躇っていた頃が懐かしく思う。今では作り物とはいえ訓練所でストレス発散として倒しまくる毎日。
中には動物のように可愛らしい魔物もいる。さすがに見た目に戸惑うが、必ず襲いかかって来る設定がされているため、身を守ろうと武器を振りかざす。
逆に容姿が悍ましく巨大な魔物に対しては恐怖心が武器を鈍らせ、どう倒すべきか迷い、そういった意味では戸惑うこともある。
可哀相という感覚は、もうほとんどない。
ストレス発散としてがむしゃらに戦っていても、防衛本能が敵からの攻撃をどう交わすべきか、敵の弱点はどこか、試行錯誤する。そして戦い方が身についてゆく。
 
完全ではないけれど、この世界の色に染まっていた。
カメレオンが環境によって体の色を変えるように。
 
自分を良く思っていない連中の嫌がらせに逃げなかった理由は、わかっていたけれどわからないふりをした。
選択肢はひとつしかないのだと、心の片隅では理解していたからだと思う。そのことから目を逸らしていた。
 
アールはすぐに気づくだろう。
自分は“その時”の為に、両手に持ちきれるだけのものを片っ端から集めていたことに。
 
━━━━━━━━━━━
 
「デリックさん、そろそろ本題に入りませんか?」
 と、アールは言った。
 外はすっかり薄暗くなっている。
「本題?」
「話があるって言ってましたよね……」
「あぁ! 忘れてた。んじゃ、俺の部屋ことパラダイスルームにご招待致しましょう」
「部屋……?」
 と、アールは警戒する。
「襲ったりはしませんよ、お嬢さま」
 そう言ってデリックは笑った。「見せたいものがあるんスよ」
「なんですか?」
「それは俺の部屋に来てからのお楽しみっつーことで」
「やっぱり私もう自分の部屋に戻ります」
 と、アールはデリックに背を向けた。
 
デリックは慌ててアールの腕を掴んだ。
 
「会わずに帰るのは可哀相だ」
 と、意味深長なことを言う。
「会わずに? 誰にですか」
「お嬢を待ってるやつがいるんスよ」
「絶対に行かなきゃいけないんですか?」
「絶対ってわけじゃねぇが……会わねーと後悔するだろうな」
 と、意地悪げに笑う。
「……わかりました。誰かはわかりませんが会ったらすぐに帰ります」
 仕方なくそう言った。このまま帰ると気になってしょうがない。
「オッケー。あいつも喜ぶよ。あいつにはあんたしかいないんだ」
 
デリックについて行くと、彼の部屋は足の踏み場がないほど散らかっていた。
本棚があるというのに、ほとんどのノートやプリント、本がテーブルの上に広げられ、ペン立てがあるのに2、3本しか立てられておらず、いくつか机に散らばっている。
部屋の隅にはごみ箱があるがゴミがあふれて床に散らかっており、洋服箪笥は開けられたままできちんとハンガーに掛けられているのは3着程度。脱ぎ捨てた服が床やベッドの上に出しっぱなし、雑誌の本も適当に置かれ、中には成人誌も堂々と置かれている。
 
「その辺に座っててくださいよ」
 
そう言いながら、デリックは部屋の中を見回して何かを捜しているようだ。
座っててと言われても、座るスペースなどどこにもなく、アールは部屋の前で立ち尽くしていた。
 
「あの……なにを探してるんですか? っていうか誰もいませんよね」
 会わせたいやつがいると言っていたが、人らしき姿はない。
「おーい。どこに隠れてんだぁ?」
 と、床に散らかっている本や服を足で退かしながらベッドの下を覗き込んでいる。
「あの……私もう戻りますね」
 
アールが部屋のドアを閉めようとしたとき、部屋の中からなにかが飛び出してきてアールの頭の上に乗っかった。
 

 
「ひゃあ?! なになになになにっ?!」
 
なにかわからない物体に怯え、アールは手で追い払った。アールの手が軟らかい物体に触れ、“それ”は勢いよく壁にぶちあたってボトッと床に落ちた。その時の感触は、ゴムボールのような弾力があった。
 
「あーぁ、そこにいたのか」
 と、デリックは“それ”を拾い上げ、アールの前に持ってきた。
 
拳ほどの丸い物体は、緑色をしている。ゼリーのように透けて、そこに丸い目が二つあった。
 
「な……なにこれ……」
「俺の友達っスよ」
 警戒しながら暫し眺めていると、“それ”はパチクリと瞬きをした。
「生き物……?」
「スライムっす」
「スライム!」
 と、アールは顔を近づけた。
「可愛いっしょ」
 と、デリックはスライムをボールのように上に投げて見せた。「人の言葉がわかるんスよ」
「あの……さっきぶっとばしちゃったけど大丈夫?」
「こいつゴムみたいなもんだからぶん投げようが踏み潰そうが大丈夫。こうやって引っ張っても……」
 と、ギップスはスライムを両手で持つと、横に伸ばした。ガムのようによく伸びる。
「わっ! 痛くないの?」
「大丈夫、大丈夫。な?」
 
スライムはデリックの手の上で、自らビローンと体を伸ばして見せた。
 
「すごい……」
「色んな形に変身出来るんだ」
「へぇ……」
「それじゃ、お嬢。手を出して」
「え……はい……」
 言われたまま手を出すと、デリックはアールの手にスライムを乗せた。ひやりと冷たくて気持ちがいい。
「よろしく」
「……え? よろしくって?」
「俺こいつの面倒見切れねんだわ。で、こいつと話し合った結果、あんたの……おっと、失敬。お嬢の元で世話になりたいっつーからよ」
「待って……話がよくわかんない!」
 
そう話している間、スライムはアールの手の上でポヨポヨと動きながらつぶらな瞳を向けている。
 
「だーから、新しいご主人様はお嬢に決定したってわけだ。よろしく頼みますよ」
「急にそんなこと言われても困る!」
「飯は水だけ。水さえあればコイツは死なない。ちなみにお茶でも酒でも可。酒は酔うからあんま与えないでやってください。好きな場所は狭いところ。嫌いな場所は冷凍庫。凍っちまうから冷凍庫には入れないよーに。まぁお湯につけときゃ戻るけど、凍ったままハンマーで叩くと死ぬ。んじゃ、そゆことで」
 と、一方的に説明をし終えると、バタンとドアを閉めた。
「ちょ……ちょっと! デリックさん!」
 
ドアをノックするが、無反応だ。
 
「急に押し付けられても困るってば! ねぇ! 聞こえてるんでしょ?!」
 
アールは呆然と部屋の前で立ち尽くした。手の平に乗っているスライムからペチペチと音がして見遣ると、丸い体から小さな手を作りだし、拍手していた。
 
「なにその拍手……」
 
ペチペチ……ペチペチペチペチ。
 
「わかんないよ……」
 スライムは手を引っ込めると、棒のように体を長くして捻ってみせた。
「……いや、だからわかんないよ」
 するとスライムはいきなりドロリと溶けたようにアールの指の隙間から流れ落ちた。
「わぁ?! な、なに?! 大丈夫?!」
 スライムは元の丸い姿にもどり、ポンポンと跳ねてみせた。
「……びっくりした。なんでも出来るんだね」
 
アールがそう言うと、また体から手を作り出し、ペチペチと拍手をしてみせたのだった。
 

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