voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界13…『旅立ちの日』

 
朝になると、リアがアールの部屋を訪れ、旅に着ていく衣服を手渡した。しかしその衣服はとても可愛いともカッコイイとも言い難い、地味な服だった。
 
 なにこれ……、つなぎ??
 
アールは“つなぎ”を広げながら思った。しかもサーモン色である。
城にいる男の大半は、兵士だとリアから聞かされた。しかしアールが“兵士”と聞いてイメージしていたのは甲冑を着ている姿だったものの、実際にはみんな地味なロングコートを身に纏っている。それにこのつなぎといい、これから命を賭けた旅立ちだというのに、身が引き締まらない。
 
「これ着て旅に? 直ぐボロボロになりますね……」
 と、思わず苦笑いをこぼした。
「その服は、一見何気ない生地に見えますが、防護に優れていますから、安心してください」
「え……? この服がですか?」
「えぇ。サイハという獣の毛で作られているもので、そう簡単には破けることはありません。それと、ある程度の衝撃も吸収されます」
 
 ある程度ってどの程度なんだろう……。そこかなり重要なんじゃ……?
 
「でももっとこう……あ、廊下の突き当たりにあったような甲冑を身につけてる人はいないんですか?」
 できればあれがいいと思いながらアールは尋ねた。
「あれは昔の方が身に付けていたもので、今の時代にアーマーを身に付けている者はおりません」
「今の時代……? 時代遅れ……ですか?」
「えぇ。アーマーは重く、身に付けているとどうしても動きづらくなります。サイハという獣や、他にも防護に優れている獣の毛や皮が流通し始めてからは、あのようなアーマーを好んで身につけている者はおりませんね」
 
リアの話に納得したアールだったが、見た目は普通の布にしか見えない服を着て魔物がいる外へ出るなど、やはり抵抗はある。
 
「それからこれは、シキンチャク袋です」
 と、リアは手の平サイズで薄いピンク色の巾着袋をアールに手渡した。巾着袋には小さな魔法円が描かれている。
「巾着袋? 薬入れか何かですか?」
「“シキンチャク袋”です。貴女がご自身の世界から持ってきた鞄と、その中身と、必要な物は全てこの中に入れておきましたので」
「……はい?」
 
真面目な顔をして何を言ってるの? と、思ったが、リアが冗談を言っているようには見えなかった。そういえば昨晩、お風呂から出て部屋に戻ったときにリアから荷物を預からせてほしいと言われて不安だったけれど全ての荷物を手渡していた。その荷物が全てこの小さな巾着袋に入っているというのだろうか。
 
「シキンチャク袋の使い方は、袋に入れたい物の上に袋を翳すだけで、物が小さくなり、収納が出来ます。使う時は、取り出したい物を頭の中で明確にして袋を傾けて取り出せば元の大きさに戻りますので。入らないものもありますけれど……。詳しい説明は“お付きの方”にお尋ね下さい。それから、魔法の効き目が切れはじめると、この表に描かれている魔法円が薄れていきますので、その時は買い替えてください。一応、予備にもう一袋渡しておきますね」
 
それはまるで、ドラ○もんの道具にありそうな袋だった。というより、四次元ポケットならぬ、四次元巾着袋だ。普通に魔法が存在する世界は、説明が出来ないものだらけだった。魔法の袋と言ってしまえば、なんでも有りな気がしてくる。
 
「それから、こちら」
 と、リアはまた小さな袋を見せ、中から薬のようなものを取り出して見せた。「ヴァントル薬です。食後に一錠、必ず飲んでくださいね」
「薬……? なんの薬ですか?」
「えっと……」
 と、リアは説明する言葉を選んでいるかのように口ごもった。
「何の薬か分からないと怖いです……」
「旅の途中では“お手洗い”に困るでしょうから。これを食後に飲めば、その心配もありません」
 と、漸くリアが答えた。
「……は?」
 
失礼にも、アールは思わず「は?」と言ってしまう程の、画期的な薬だった。魔法が存在する世界で不可能なことってあるのだろうか。
 

──私の生活はガラリと色を変える。
 
覚悟は出来ていたはずなのに、そんな小さな覚悟は簡単に打ち砕かれる程の、苦闘な日々が待ち受けていた。
 
一歩前へ進むだけでも大きな勇気と覚悟を必要とし、後ろを振り返る暇もない。
 
身体を休ませる時間は少なからずあっても
心を休ませる時間は無い。
心を休ませる術すら持たない。
 
人は環境の変化についていくには時間が必要で、人はそう簡単に自分を変えることが出来ない。
 
変わりたいという思いだけ先走って、何度も同じ過ちを繰り返す。
 
そこで折れてしまっては
変えられるものも変えられない。
 
頭では分かっているのに
進めなくなるんだ……。


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