voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界12…『リア』

 
お昼時、城にいる者達と食事をしないかと誘われたアールだったが、考えた揚句、断った。期待の言葉や自分を敬う態度を目にしたくはなかったのだ。
アールは部屋で一人、ルイが持ってきてくれた食事を口に運んだ。大きく切り分けられた赤みのあるステーキ、海の食材が多く使われたパエリア、料理名がわからないものも多く、一人で食べるには多すぎる。また、初めて見る食材やフルーツが盛られたデザートまであり、昨日食べたものとは比べものにならないほどの豪華なものだった。
 
食事を終え、心の準備をする為にこれからのことを考えた。もう「信じられない、理解出来ない」などと言っている場合ではなかった。そして旅に出てしまえば、あれこれ考える暇もないだろう。
自分が旅をするなど、どう考えても無謀に思える。あのような恐ろしい生き物がいる世界で、旅をしなければならないなんて……。
旅といえば、修学旅行へ行ったことくらいしか思い浮かばなかった。それに、熊が出るという注意書きの看板がある山に入るだけでも嫌だというのに、放し飼いにされたライオンや熊がいる動物園に自ら入って生活することよりも、遥かに危険なことだ。そんな場所で、出会ったばかりの人達と共に助け合って生き延びて行かなければならない。
 
 そもそも、信用出来るのだろうか?
 
彼等が良い人達だという証拠は何処にもない。もしかしたら此処にいる者達は世界を救うと言いながら、本当は何か悪いこと企んでいる輩だという可能性もあるのだから。
でも、帰りたければやはり信じるしかない。本当に帰れる保証もなければ、死ぬかもしれないというのに。
 
知らない世界の為に命をかけられるのだろうか。知らないといってもこれから嫌でも知ってゆくのだろう。“頑張る”だけでは済まされない。死を覚悟しなければ進めない。怯えていては一歩も踏み出せない。
 
アールは今まで自分の人生や命について考えることなど殆どなかった。生きていることが当たり前だった。明日が来ることが当たり前だった。目覚めればいつも通りの朝が来るはずなのに、全く別の、家族もいない、友達も恋人もいない、見たことのない世界での生活が始まるなど、思いもしなかった。
 
色々と考え過ぎて、またどっと疲れが押し寄せた。
ベッドに横になって止まらない考え事を繰り返していると、カイが様子を見にやってきた。
 
「色々話したいし色々訊きたいんだけどさぁ、みんなバタバタしてるんだ」
「そう……」
「退屈だと思って、いいもの持って来てあげた俺って優しいと思わない?」
 と、彼は本を2冊、机の上に置いた。「よかったら読んでねー」
「ありがとうございます」
「んじゃ、また来れそうだったらまた来るから待っててねーじゃあねー」
「…………」
 
アールはカイが出て行ってから、机の上に置かれた本に手を伸ばした。絵本だ。それも子供向けの絵本で表紙にはウサギの絵が描かれている。
 
 なんで絵本……?
 
幾ら子供っぽく見られるからとはいえ、絵本を渡すだろうか。なにか意味があるのかもしれないと、2冊ともパラパラとめくって読んでみたが、ウサギがイヌやネコやハムスターなどと友達になっていくというただの絵本だった。2冊目はその続編で、続編でウサギは頑固なゾウとも友達になっていた。
本当に時間つぶしの為に持ってきてくれたようだった。どうせならもっと、この世界について書いてある本を読みたかった。日ごろ滅多に本などは読まないけれど。
 
夕方になるとルイがまた豪華な食事を運んできた。この世界について訊こうとしたけれど、忙しそうにしていたため、結局訊くことは出来なかった。
夕食を済ませると、また誰かが部屋をノックした。
 
「はい……?」
「こんにちは。お風呂、入りますでしょ?」
 と、男の人ばかりだと思っていた中、淡いクリーム色の長い髪をした、とても清楚で美しい女性が入って来た。
 
金色の刺繍が施された真っ白なコートが、その女性をより美しく見せていた。
 
「あなたは……?」
「私はリアと申します。ゼンダの娘です。選ばれし方が女性だと聞いて、何かお役に立てればと思いまして」
「そうですか……」
 
睫毛が長く、少し垂れた優しい目。淡い藤色のような瞳。透明感のある顔立ち。同性のアールですら、ドキドキしてしまうほど本当に美しい女性だった。
 
「お着替え、用意致しましたので、浴場までご案内致します」
「……はい」
 
女性がいたことに、少しホッとしていた。そして、そういえばお風呂に入っていなかったことに気付く。毎晩1時間から2時間は入浴するくらいのお風呂好きだというのに。
 
浴場に向かいながら、アールはリアという女性に話し掛けた。
 
「あの……何かの間違いだと思うんです」
「間違い?」
「私が世界を救うだなんて、ありえない……」
 
アールは自分が世界を救う選ばれし者だという確信が欲しかった。帰りたいなど、言っても意味のないことをまた言うつもりはなく、ただ、自信を持ちたかったのだ。旅を始めるにあたって、自信を持てたらどんなに楽だろうか……。
 
だけど。
 
「認めたくないのも、信じられないのも分かります。でも何れは受け入れ、この世界の為に戦ってくれると信じています」
 と、リアは真っすぐな瞳で彼女に言った。
「…………」
 アールは肩を竦めた。

 そんな勝手なこと……。やっぱり期待の言葉しかくれない。
 
「あの人も……」
 と、リアが小さな声で呟いた。
「あの人?」
「あ……いえ。此処が浴場です、ごゆっくりお体を休めてくださいね。何かありましたら、声を掛けてください。近くにいますので」
 
アールはリアから着替えを受け取り、浴場への引き戸を開けると、思わず口に出して驚いた。
 
「?! なんっじゃこりゃ……」
 
何畳ほどあるのだろうか。浴槽だけでも100人入っても余裕で泳げるくらいの広さだった。そして浴槽の端では滝が流れている。
 
「た、滝……? あ、打たれ湯?」
 圧倒されつつ、先に体を洗ってから広すぎるお風呂に浸かった。
 
危険な外に出たときとは打って変わり、室内にいるとまだ夢を見ているかのように思え、彼女の心の何処かに余裕が出来る。こんなに綺麗で広いお風呂、独り占め出来るとか幸せ! と、一瞬思ったのだ。
 
 感動してる場合? 人って不思議。私が変なのかな……。
 
アールは湯舟の中へ潜り込んだ。
 

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