voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン29…『夢幻泡影6』

 
「すげぇーっ!」
 テント内を覗き込んだ丈瑠が声を上げた。「どうなってんの?!」
「凄いだろー? 凄いだろぉー?」
 と、なぜかカイが自慢げに言う。
「これルイさんの魔法ですか?!」
「いえ、違いますよ。これは魔道具と言って、魔術師の手によって作られた物です」
「そうなんですか! あの……」
「はい?」
「ルイさんの魔法を見てみたいんですけど……すいません図々しくて」
「いえ、大丈夫ですよ」
 と、ルイは笑みを浮かべた。「どの魔法がいいでしょうか……」
「なんでもいいです!」
 欠伸をしたシドが、
「攻撃魔法はやめとけよ? 的がねぇし、くだらねぇことに消耗すんな」
 そう言ってテントへ入って言った。
「消耗しても泉で回復するんだからいいじゃんねぇ?」
 と、カイが頬を膨らませて言う。カイは丈瑠が驚く姿を見たいのだ。
「結界でよろしいですか?」
 と、ルイは言った。
「結界?」
「結界にも色々と種類があるのですよ。例えば……」
 ルイはロッドを傾け、丈瑠を結界で囲んだ。
「うわ! なんですかこれ?!」
「これは防護結界というもので、敵から身を守ることが出来るのですよ」
「凄いなぁ……。俺も魔法使ってみたいな」
「魔力を授かることが出来れば、タケルさんも魔法を扱うことが出来るようになりますよ」
 と、ルイは結界を解いた。
「授かる?」
「魔術師の手によって、魔力を使うことが可能になります」
 
それを聞いた丈瑠はいつか自分も魔法を使えるようになることを夢見て目を輝かせた。
 
テント内に出した丸い座卓に、ルイの料理が並んだ。
丈瑠はその味に満足げな表情を浮かべ、カイとおかわりの争奪戦を繰り広げた。
 
夜空に星が散らばり、三日月の弱々しい光が降りてくる。
料理をするために外に出していたテーブルの椅子を並べ、シドは横になって三日月を眺めていた。──あと何度、月を眺められるだろう。
 
「師匠?」
 と、突然声がしてシドは体を起こした。
「……あ? なんだお前か」
 丈瑠が立っていた。
「寝てました?」
 と、テーブルを挟んだ反対側の椅子に座る丈瑠。
「いや。カイは? あいつとゲームしてたんじゃねーのか?」
「それが……俺の番になって俺がゲームしてる間に寝ちゃったみたいで」
「夜更かしすんじゃなかったのかよ」
 と、シドは笑った。
「あ、師匠はまだ寝ないんですか?」
「その師匠ってのやめろよ。まぁ慕われんのは悪い気しねぇけどな」
 そう言ってシドはまた横になった。
「じゃあ……シドさん」
「なんだよ」
「……訊きたいことがあるんですけど」
「なんだよ」
「……いや、やっぱいいです」
「なんだよ!」
 シドはまた体を起こし、丈瑠を見遣った。
「いや……その……シドさんはさ……」
 と、落ち着かない様子でシドから目を逸らした。「つ……付き合ったこととかあります?」
「は?」
「だから……女の子とさ」
「はぁ? やけにくだらねぇ質問だな。本当は他に訊きたいことがあるんじゃねーのか?」
 丈瑠は顔を赤らめて首を振った。
「シドさんは……経験あるのかなと思ったんで……」
「……ぶはっ!」
 と、シドは吹き出した。「なにを真面目に訊いてんだよ!」
「べ、別にっ! 気になっただけでっ……」
「あーそういうことか。まだヤったことねぇわけか」
「いや……そういうわけじゃ……」
「まぁ焦ることもねんじゃねーの?」
 そう言って笑うシドに、丈瑠は小さく言った。
「──死ぬ前に考えたんだ」
「あ? なんて?」
 聞き取れなかったシドが笑いを堪えながら訊き返した。
「死ぬ前に考えたんです」
 と、今度は聞こえるようにハッキリと言い直した。「バカバカしいかもしれませんけど……」
「死ぬ前?」
「……どうせ死ぬなら、やりたいことやってからの方がいいかなって。やりたいことリストの中に……あったんです。経験ないから、経験してから死のうかなって」
「おいおい、死ぬってなんだよ。自殺でもしようと思ったのか?」
 と、シドは眉間にシワを寄せた。
「しようと思ったっていうか、したんですよ。自殺。──俺、古い建物の屋上から飛び降りたんです。気づいたらこの世界へ。結局、やりたいことリストの半分もやれませんでしたけど」
 そう言って丈瑠は笑うと、黙って聞いているシドに話を続けた。
「どうせ死ぬんだからなにやっても無意味でしかない。……セックスなんか、彼女もいなかったし、好きな人もいなかったし、好きでもない女の子とやったって虚しいだけ。……でもその虚しさも死んでしまえば無くなるんですけどね」
「……で? なんで死のうなんて思ったんだ?」
 
シドがそう訊いたとき、テントからカイが寂しそうな面持ちで顔を出した。
 
「ごめん……聞いちゃったぁ」
「カイ……寝たんじゃなかったの?」
 と、丈瑠が気まずそうに言った。
「まだ起きてた。寝ようと思って横になってただけ。……俺も話聞いていいー?」
「いいけど……良い話じゃないよ?」
「自殺だろー?」
 と、カイは丈瑠の隣に座った。「人事じゃないからさぁ」
「どういう意味?」
「俺もあるんだ。自殺しようとしたこと」
「カイが? 全然そんな感じしないけど……」
「俺も病むときくらいあるさー」
 そう言ってテントに目を向けた。「ルイは来ないのかな」
「ルイさん?」
「さっき2人に紅茶を運ぼうとしてたんだ。でもなんか深刻そうだったから躊躇ってたの。心配そうにしてたからさー」
「…………」
 
丈瑠は立ち上がり、テント内を覗きに行くと、ルイが紅茶をお盆に乗せたまま立っていた。
 
「タケルさん……すみません、立ち聞きしてしまって……」
「ううん。よかったらルイさんも話聞いてよ」
「……よろしいのですか?」
「うん。俺のこと知ってもらいたいし、隠しごとはしたくないから」
「わかりました」
 
テーブルの上に、4人分の紅茶と、ランプが置かれた。月明かりだけでは暗すぎる。ランプの炎が揺れる度に、暖かな明かりも微かに揺れた。
丈瑠は紅茶を一口飲み、語り始めた。
 
「俺、誰からも必要とされてないと思ってたんだ……。俺がまだ5才くらいの頃、母さんが病気で亡くなって、それからは父さんに育てられていたんだ。でも、父さんは酒好きでさ、暴力を振るうことはなかったけど、父さんは仕事から帰ってくると俺にコンビニで買った弁当を渡して自分は酒を飲みながらテレビを見てた。会話らしい会話はなかったよ。
 それから俺が10才くらいの時だったかな。知らない女の人が家に来るようになったんだ。父さんは俺に“仕事の同僚だ”って言ってたけど、その女の態度がまるで俺に気に入られようとしてるみたいに不自然なほど優しくて、俺はまだ子供だったけど察しはついてた。はじめは週に2、3回来ては夕飯を作って帰っていたけど、次第に回数が増えていって、家に泊まるようになってからはさすがに確信に変わった。夜な夜な、その女の人と父さんのイチャつく声が隣の部屋にいる俺の耳にまで聞こえていたし。その度に俺は布団に潜って耳を塞いでた。
 その女と父が再婚してから、女の態度が変わったんだ。酒は飲むしタバコは吸うし、料理なんか全然しなくなって、部屋の掃除もしない。夜な夜な父さんの相手をするだけ。愛人みたいだって思った。その頃はもう俺13だったから」
 
シドたちは、ただ黙ってその話を聞いていた。
丈瑠はまた一口紅茶を飲み、自分を哀れむように笑った。
 
「それからは、夜になると決まって父さんが俺に金を渡すようになったんだ。何も言わずに。──しばらく外にいろってことなんだ。なんでかは分からない。多分、父さんの女が俺を追い出したかったんだと思う。あるとき、夜中に女が『あの子はもう思春期でしょ? 覗かれたりしたら嫌だわ』とか話してんの聞こえてさ。誰も覗かないっての。もう40のオバサンだし」
「俺なら覗いちゃう……」
 と、カイが言った。
 
シドとルイが咳ばらいをして、空気を読めと伝える。
 
「親父の女だよ? 俺には……悪いけど気持ち悪いとしか思えなかった。母さんと思ったこともないよ」
「そっかぁ……」
「夜になると俺は金を受けとって外に出るんだ。夏だろうが冬だろうが、近くのコンビニでおにぎりと飲み物と雑誌を買って、公園で暇つぶし。ちょうど公園から俺ん家が見えるんだ。電気が消えたら、帰っていい合図だった。──何度か警察に声をかけられたよ。その度に言い訳考えてた」
「ケーサツ?」
 と、カイが訊く。
「うん。まぁ夜中の1時から3時くらいに公園で雑誌読んでたら怪しまれて当然なんだけどね。『家出か?』って訊かれたよ。さすがに3度目の時には観念して家の事情を話したんだ。それからは『風邪ひくなよ?』って言われるようになったけど」
「……ねぇ、ケーサツってなに?」
 と、カイは改めて訊き返した。
「え? 警察だよ警察。警官」
「ケーカン?」
 
丈瑠はルイに目をやったが、ルイもシドも分からないと首を傾げた。
 
「え……あ……この世界には警察いないの? 犯罪者を捕らえる奴らだよ」
「あぁ! スィッタのこと?」
 と、カイが笑顔で言った。
「すぃった? わからないけど……市民の安全を守ってればそうかな」
「タケルんとこではケーサツって言うんだねぇ!」
「う、うん……」
「んで? 続きはぁ?」
「あ……えーっと……そういうわけで、家に俺の居場所が無かった。学校も、イジメっていうか、みんなから避けられてて」
「なんでー?」
「うちの複雑な事情のことを知ってるからだよ。父さんは愛想が悪いから近所の人から白い目で見られてたし、多分親を通じて良くない噂でも広まったんじゃないかな。俺べつに父さんのこと悪く思ったことないよ。愛情を感じたこともないけど。みんなから笑われてたり、蔑まれたり、避けられてた。先生の態度も違ったし。……どこにも居場所がなかった」
「楽しいこととかなかったのー?」
「楽しいこと? そうだなぁ……好きな子がいた時は楽しかったかな。気持ち的にさ」
「恋人?!」
 と、カイは目を輝かせた。
「違う違う。片思いだよ。──駄目元で告白したんだけど、後悔した」
「フラれたから?」
「駄目元だったからフラれたって、やっぱりなって思っただけだよ。──告白して、あっさりフラれた後、俺が告白したことが学校中の噂になって、女子達が俺のことを『気持ち悪い』って話してたのを聞いたんだ。……その中に、彼女もいたんだよ」
 

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