voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界11…『涙』

 
アールは部屋に戻ると独り、布団に顔をふせて、誰にも聞こえないように声を押し殺して泣いていた。誰かに聞かれても救ってなど貰えず、無理矢理立たされては背中を押されるだけだろう。
 
 帰りたい……。
 
退屈に思っていた日々。変化を求め、何か面白いことはないかと思ってはいたけれど、こんなことになるなんて思いもしなかった。
 
 怖い……。

漫画やゲームで見るような世界が実際に存在する。そこに今、自分がいる。
人に襲いかかるモンスターがそこら中にいる。人をも殺せる武器を当たり前に身につけている人々。自分を知る者は誰一人としていない世界。
  
もうどうにでもなれと思ったのに、一気に落とされ絶望を感じた。此処には自分の痛みを知ってくれる人はいないのだ。自分の声は聞こえているはずなのに、耳を傾けてくれる人はいない。ただ私に期待するばかり。
 
これがゲームなら、無理だと思いながらも、わくわくドキドキするのだろうか。でも、これは遊びではなく、失敗すれば取り返しがつかない。
  
沢山泣いて泣き止んで、立ち上がってもきっとまた涙が溢れるだろう。それでも歩き続けていれば……。
 
 貴女様が使命を果たしてさえくだされば、元の世界に帰還することが可能です
 
使命とは、世界を救うことだろうか? どうなれば世界が救われたことになるのだろう。
分からないことだらけだけれど、帰る道は“ある”。こうして泣いてばかりいたら、帰る日も遠退く。
帰れる。それだけが彼女にとって唯一の希望だった。
 
「私が言われるがまま動くのは、この世界の人々の為じゃない。自分の為……」
 そう思うことで、少しだけ気が楽になった。
 
目が赤くなるほど泣き腫らした頃、タイミングよくドアをノックする音が部屋に響いた。
 
「大丈夫ですか……?」
 と、ドアの向こう側から、ルイが声を掛けてきた。
 
人が来る足音など聞こえなかった。ルイはアールのことが気掛かりで、ずっと部屋の前にいたようだ。
 
「……はい、大丈夫です」
 と、アールは心配かけまいと、そう答えた。

本当は大丈夫なわけがない。でも、大丈夫だと言うしかない。
 
「明日、出発します。急ですが、僕達には時間がありませんので……」
 と、ルイが聞き取れるぎりぎりの声で言った。
「世界を救う旅にいざ出発だよぉー!」
 と、続けてカイの声がした。
 
彼もルイから話を聞き、ずっと部屋の前にいたのだ。
 
「不安もあるかと思いますが、僕達が貴女を守りますので……」
 
それはアールにとって胸が締め付けられる言葉だった。私は守られる程の人間じゃないのに……きっと後悔するはずだよ……と。
  
彼女に選択肢はなかった。自分が選ばれし者だと言うなら、やってみるしかない。
何度転んでも、何度つまづいても、力尽きるまで繰り返し立ち上がればいい。そしたらいつか……いつか帰れる。
 
アールは力強く拳をにぎり、不安でキリキリと痛む胸に、ドン! と押し当てた。
 

──死にたくないから強くありたい
帰りたいから負けたくない
 
取り戻したいから生きてく
 
笑顔で「ただいま」って言える日を
ずっと夢見てた……
 
今も消えゆく希望の片隅で。


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