voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界10…『期待と…』

 
あれから、部屋に戻ろうと途中までルイとカイの二人と廊下を歩いていたアールだったが、ゼンダに呼ばれた二人は彼女を廊下に待たせて行ってしまった。その時に獣を斬り裂いたアールの剣も、ルイが預かり、持って行った。
 
広すぎる建物。迷路のようで、一人で部屋に戻るのは不可能だった。
仕方なくアールは廊下の壁に寄り掛かかり、二人の帰りを待っていると、シドが廊下の奥から歩いて来るのが見えた。ヤンキーのような歩き方からして明らかに不機嫌そうで、それを察したアールは目を合わせないようにと顔を伏せた。
 
「俺はお前を認めたわけじゃねーからな」
 と、目を合わせるわけでもなく、彼はすれ違いざまにそう告げた。
 
言い返すことなど出来なかった。自分も認めたわけではないのだ。
獣を相手にしたとき、不思議な力を体中で感じた。それは怖いくらいだった。でも、ゼンダという男に仕組まれたような気がして、自分自身の力ではなくあの剣の力ではないかと思い、自分が元から持っていた力だとは思えなかった。──思いたくもなかった。
 
「……シドさん」
 と、アールは控えめな声で、立ち去ろうとする彼を呼び止めた。
 
振り返った彼は、実に不機嫌そうで、冷めた目を彼女に向けた。
アールは気に入られようと媚びたりするのは人として大嫌いだったが、彼の苛立ちが伝わって怯えてしまっている今、媚びて回避出来るのなら媚びてしまいそうだった。
 
「あの……私……」
 しかし、呼び止めたはいいものの、何一つ言葉が出てこない。
「用がねぇなら呼び止めんな!」
 痺れを切らした彼はそう怒鳴って背を向けると、廊下の奥へと消えて行った。
 
どうしたらいいのか分からず、彼女はただ立ち尽くしていた。逃げたい衝動にかられる。でも、逃げ場所など何処にもない。
 
「アールさん?」
 と、足早に戻ってきたルイが彼女の異変に気付いて声を掛けた。「どうかしたのですか……?」
 
優しく声を掛けてくるルイに対して、アールは不信感を抱き始めた。本当はシドのように自分のことを嫌っているのではないかと思えてきたのだ。だが、勿論ルイはアールのことを嫌ってなどおらず、アール自身も本当はルイの心からの優しさに気付いていた。
疑ってしまう自分に嫌気がさした。
 
「アールさん、大丈夫ですか?」
 と、ルイは繰り返し声を掛ける。
 
アールは、彼が口に出さないだけで、なんでコイツなんだろうと思っているのではないか、この世界はもう希望がないから、仕方なく自分を受け入れようとしているのではないか……と、マイナス思考な考えばかりが脳裏に浮かんだ。
人々の優しさや自分に向けられた期待が、彼女を押し潰してゆく。行き場のない辛さが溢れ、アールはこの世界に来て初めて自分の意思で涙をこぼした。泣いてもどうしようもないと、分かってはいるのに。
 
「……アールさん、部屋に戻りましょう」
 そう言ってルイはアールの背中に手を回し、部屋へと連れて行った。
 
優しさで言ってくれた言葉ですら、今の彼女には冷たく感じられた。自分が泣いている姿を他の人に見られたら、皆が落胆するからだろうと、そんなことばかり思っていた。
 

──この世界へ来た時から、私の立ち位置は決められていた。
 
その決められている位置から外れたら私は
居場所を無くす。
 
だからみんなが用意していた私の場所が、どんなに不安定で、どんなに持たされた荷物が重過ぎて上手く立っていられない場所でも、そこに居続けるしかない。
 
私が生きて帰るには、その場所に居続けるしかない。
何かの間違いだったとしても。
 
ねぇ、そうでしょ?


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©Kamikawa
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