voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン2…『雪』

 
誰かがテントに入ってきた気配を感じ、アールは冷えた顔を覆っていた手を下ろした。テントに入ってきたのはシドだった。
 
「うわっ! シドなんでタンクトップなの?! アホなの?」
 外は雪が降っているというのに、シドは黒いタンクトップで肩や頭に雪を乗せて戻ってきたのだ。体から湯気が出ている。
「あちぃんだよ、体動かしたからな」
「見てるこっちが寒くなるよ!」
「じゃあ見んなッ」
 と、ごもっともなセリフで返される。
「風邪ひくよ?」
「ひかねーよ。うっせぇーな」
 
アールは床に腰を下ろしたシドの背中を見やった。黙って近づき、不快な表情で振り向くシドを無視してシドの肩にペタリと手を押し付けた。
 
「冷てぇなっ!! なにすんだよッ!」
 と、アールの手を払いのける。
「人間懐炉」
「バカかッ。手袋でもしてろ!」
「手袋持ってない。指先が温まるまで肩貸してください。もしくは脇に挟んで」
「なんでテメェのために貸さなきゃなんねんだよ……」
「見てこれ」
 と、アールは両手の指先を見せた。「紫色になってる」
「知るかッ」
 シドは顔を逸らし、刀の手入れを始めた。
 
アールはまた黙ってシドの肩にペタリと手を押し付けた。
シドは刀を置き、アールの腕を掴んだ。
 
「だから貸さねーっつったろッ!」
「ケチ……」
「自分の肩触ってりゃいーだろ!」
 と、シドはアールの腕を乱暴に離した。
「寒いし……」
「俺はいいのかよっ」
「だってシド暑いって言ったじゃない……」
「あちぃけど冷てぇもんは冷てぇだろーがっ! つかお前冷えすぎだっての」
「冷え症だから」
「死人みてぇだな」
 そう言って後悔したのか、気まずそうに目を逸らして眉をしかめたシド。
「まだ生きてるっつーの!」
 アールはシドの首を絞めた。
「ぐはぁ?! 冷てぇ! 首はやめろ! 玉が縮むッ!」
 
テントのファスナーが開き、ルイが食事を運んできた。冷気が外から入り込み、アールは身を縮めながら席についた。
 
「美味しそう!」
 具だくさんのシチューが食欲をそそる。贅沢を言うなら暖炉がある暖かい部屋で頂きたい。
 
ルイは食事をテーブルに並べてから、まだ寝ているカイの布団をめくり、彼の背中から懐炉をひとつビリッと剥がした。
 
「アールさん、寒いでしょうからとりあえずこれを」
「いいの?」
 カイに目を向けると、背中には他に3つも懐炉が貼られている。
「大丈夫ですよ。カイさんは10個も貼りつけていますから」
「そんなに?」
「僕もまさか全部使われるとは思いませんでした」
「全部渡したお前が悪い」
 と、シドはアールの隣に座った。アールの視線が肩に向けられていることに気づく。「貸さねーからな」
「わかってるよ。懐炉貰ったからもう大丈夫」
 
そんな2人の後ろで、カイを起こすルイ。何度呼び掛けても起きないので、結局いつも通りシドが見兼ねてカイの頭をど突いた。
 
「いたぁーい!」
「起きろボケ。メシだメシ」
「もうちょっと寝かせてよぉ……」
 と、布団の中でうずくまる。
「カイさん、もうログ街ではないので、ゆっくりは出来ませんよ」
「……はぁ」
 ため息をつき、渋々起きるカイ。「あれ? なんでアールこっち側にいんのー?」
「こっち側にいたから」
「向こう行けよ」
 と、シドがアールに顎で指図する。
「席決まってるの?」
「じゃあ俺アールの横がいいからシドどーいて!」
 と、カイが布団から出ながらお願いしたが、シドは返事もしなかった。
「どいてよぉ!」
「カイさん、アールさんの真正面も悪くないのでは?」
「あ、そっか! じゃあ俺アールの真向かいに座るぅ」
 そう言ってカイはアールの向かい側に移動した。
 
旅をはじめてから、いつの間にかそれぞれの席が決まっていた。朝、アールが一番最初に席に座っていると、シドは斜め前に座る。シドが意図的にアールの隣か真向かいは避けていたからか、アールも自然と斜め前に座るようになっていた。
朝が弱いカイはというと、ほぼシドの隣が多い。アールの隣に座ると向かいの席はシドになり、朝から男の顔を眺めながらご飯は食べたくないからだ。
そしてルイは空いている席、アールの隣に座ることが多い。誰が決めたわけでもないが、自分の席があるというのは、落ち着くものである。
 
「“雪”……まだ降ってたぁ?」
 カイがパンを口に運びながら、ルイに訊いた。
「えぇ、降っていますよ」
「そういや昔よく“雪”合戦したなぁ」
 と、シドが呟いた。
 
──雪……。
冬生まれだから、名前に雪が入ってるんだと言っていた。彼が生まれて初めて見た外の景色は、白い雪が落ちる12月の朝だった。
 
「雪合戦かぁ……したことないや」
 アールは頭の中で恋人のことを思い出しながら、そう呟いた。思い出を再生する自分の制御が出来なくなっている。
「やんなかったのか?」
 と、シド。「よく雪ん中に石を詰めて投げたな」
「極悪非道……」
「あ"?」
「土合戦ならしたかな」
「なんだそれ」
「雪より土の割合のほうが多かったから」
 
アールがいた地域は、あまり雪が降らなかった。降っても、1cmくらいしか積もらなかった。
 
──雪斗、君は私が生まれた場所から遥か遠く離れた場所で生まれて、惹きつけ合うようにして私たちは出会った……なぁんて、運命的な言い方、誰にでも当て嵌まるかな。
 
雪斗
 
私は今、君が好きな雪を
君の知らない場所で見てるよ
 
君が知らない時間の中で。
 

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