voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン1…『さくら』

 
 
いつだって探していた。
二次元や別世界へと通じる道を。
 
でも、別世界へ通じる道も扉も
何処にもない。
此処から抜け出せれば、
どこでもよかったのに。
 
だけど
とうとう見つけたんだ。
別世界へと通じる、光。
 
俺はやっと 見つけたんだ──
 


━━━━━━━━━━━
 
──逆転。
無意識に君を思い出す度に胸の奥が疼くから、最近は胸が疼く度に君を思い出す。
 
おかしいよね。
 
死への不安からくる疼きでさえ、後からすぐに君を思い出すようになった。
嬉しいことがあっても、君を思い出す。君に話したいと思うんだ。
辛いことがあっても、君を思い出す。君に聞いてほしいと思うんだ。
電話だけでも、繋がればいいのに。
君の声は、私の不安を取り除いてくれるから、きっと強くいられると思うの。
 
でも、記憶の中の声は、少しずつ色褪せてゆくばかり。
 
思い返さないといけないのに
思い返すのが怖い。
 
君と初めて目を合わせた日、校庭の桜が満開だったこと、覚えてる?
あの日から毎年桜が咲く頃になると、その日のことを思い出すんだ。
私にとってはあれが、君との出会い。目を合わせたあの瞬間が。
 
ロマンチックでもなんでもない出会い方だったけど、満開の桜が特別な出会いにしてくれた。
 
風に乗って流れてきた花びらが、教室の窓から入り込んで君の机の上にヒラリと落ちた。
その瞬間を偶然目にしていた私。
 
君は、花びらを指で摘んで周囲を見回した。「誰か見てたかな?」って、そんな風に。
この時はまだ話をしたこともなかったけれど、君と目が合って、私は思わずニコリと笑った。「見てたよ」って。
君は、笑い返してくれたね。淡いピンク色の花びらを見せながら。
 
春の季節は、虫が多くて嫌いだった。
色とりどりの花は美しくて目移りするけれど、虫の恐怖には敵わない。
 
でも、虫の季節というイメージから、君と出会った季節になって、春が好きになった。
 
この世界にも 春は来るのかな。
 
例え春が訪れても、君のいない春は、ちっとも暖かくないかもね。
 
雪斗……

━━━━━━━━━━━
 
ひやりとした空気に、アールは目を覚ました。
昨夜はアーム玉のことを詳しく訊いてノートにメモを取った。忘れないように。それからはログ街の一件で体力を奪われていたこともあり、いつの間にか深い眠りについていた。
 
「はぁ……」
 布団の中で目を開け、小さなため息をついた。白い息がこぼれる。
「さ、寒いッ!!」
 
ここは冷凍庫の中?! 思わず飛び起きたが、突き刺すようなその寒さに、すぐにまた布団の中へ避難した。
 
「なにこれっ! 超寒いッ!!」
 
歯がガチガチと音を鳴らして震える。目を丸くしながら布団から顔を出した。左腕も出して仕切を開け、すぐに引っ込めて辺りを見回した。ルイとシドの姿はない。一番端に、カイが布団を顔まで被って眠っている。縛った前髪がピョコンと布団からはみ出ている。
テントの出入口付近に、暖房器具が置かれていることに気づく。
 
「……ストーブ?」
 しかし電源が入っていないようだ。
 
布団に包まったまま、四つん這いでストーブに近づいた。蓑虫にでもなったような気分。電源のボタンを見つけたが、《ON》になっていた。
 
「……壊れてる?」
 電源コードのようなものは見当たらない。
 
寒い寒いと何度も呟きながら、テントのファスナーを開けて外を覗くと、一面真っ白だった。──ここは雪国?
 
「……怖いッ!!」
 
5cmほど雪が積もっている。突然真冬になると、恐怖を感じる。とうとう地球がおかしくなったのかと思ったが、そもそもここは地球という星ではない。
 
「どうかしましたか?」
 
アールの声に気づいたルイが、テントの横から顔を出した。厚手のコートを身に纏っている。  
アールの青ざめた顔に、ルイは慌ててテントの中を覗き込んだ。
 
「ストーブ、やはり壊れていますね……。先ほどまでは正常に動いていたのですが」
「死んじゃう……凍え死んじゃう」
「大丈夫ですか? 少し待ってくださいね。今コートを出しますから」
 
そう言ってルイは白い息を吐きながら、シキンチャク袋から毛皮のコートを取り出した。膝をつき、アールに手渡す。
 
「これを羽織っていてください。僕ので申し訳ありませんが」
 
アールは震える手でコートを受け取ると、そのまま布団の中へ引きずり込み、器用に布団の中でコートを羽織った。そして顔だけをまた布団から覗かせる。
 
「まだ……寒い……」
「すぐ暖かくなりますよ」
 と、ルイは笑顔で言う。
「雪が積もってるのは気のせい……?」
 アールは外を見ながら呟いた。
「気のせいではありませんよ。ログ街で予報機を買う予定だったのですが、買いそびれてしまって……。まさか雪が降るとは予想出来ませんでした」
「この世界に四季はないの?!」
「四季……どうでしょうね。はるか昔と比べて魔法が拡散してからというもの、一部地域で突然雪が降ったり真夏日のような暑さが訪れたりするようになったのです。魔法のエネルギーが自然環境に悪影響を及ぼしたと言われています。まだ立証されておりませんが」
 そう説明しながら、ルイはストーブの点検をする。
「二酸化炭素の排出とか暖房器具とかからのCO2の排出で地球温暖化になったみたいな感じなのかな」
 と、アールは歯をガタガタ鳴らしながら呟いた。なんかそういう地球温暖化に関することを学校の課題で調べて提出した記憶が蘇る。
「ちきゅう温暖化? ──とにかくこの先は暫く天気や気温の変化が激しくなると思いますので、体調管理に気をつけなければなりません。植物や魔物たちはこの悪環境に対応できているのがまた不思議です。明日も雪が降るかもしれませんし、明日の気温が40度近く上がるかもしれません」
「変化するにもほどがあるよっ! 体調崩しちゃう!」
 とアールは歎いた。
「そうですね……。今温かいシチューを作っていますから、もう少し待っていてください。出来上がったら運んで来ますので」
 
ルイはストーブの点検を諦めてシキンチャク袋から丸型の座卓を取り出した。
 
「ルイ……」
「はい?」
「懐炉ない……?」
「すみません、先ほどカイさんがアールさんより先に起きて、僕が持っていた懐炉を全部体に貼り付けて寝てしまいました」
「じゃあ湯たんぽ……」
「ゆたんぽとは?」
「コタツ……」
「コタツはありませんね」
「コタツはあるんだ……」
「すみません、ありませんよ」
「いや……この世界にコタツは存在するんだ……ってこと」
「……そういう意味でしたら、ありますね」
「コタツにみかん……」
「理想的ですね」
 と、ルイは微笑みながらテーブルを拭いた。
「あ、なんかポカポカしてきた……」
 と、アールは漸く布団から出ることができた。「でも足寒い」
「そのコートは冷気を防ぎます。アールさん用の防寒靴も買わなければなりませんね。ログ街にあれば購入する予定だったのですが……」
 と、ルイは肩を落とした。
 
ログ街で買う予定だった物のほとんどを、買いそびれてしまっていた。
 
「あ、いいよいいよ、このコート足首まであるし……」
 と、アールは膝を抱えて足をコートの中に隠した。「こうすれば寒くない!」
 
笑顔で言ったアールの鼻が寒さで赤く染まっている。ルイは申し訳なさそうに、アールが着ているコートのフードを被せた。
 
「フード付きですので、被っていてください」
「ほぉー、あったかい。 ありがとう」
 笑顔を交わし、ルイは外へと出て行った。
 
アールは両腕の袖で顔を覆った。寒さで顔が痛む。
 
「洗剤のいい香り……」
 
── 冬 ……。
 
寒さが呼び起こす記憶。
あれは君と過ごす初めての季節だった。
 
『うっそ?! 良子マフラーなんか編んでんの?!』
 
親友の久美と電話中に、話題がなくなってうっかりマフラーを編んでいると言ってしまった。
 
「……買うより安いと思って」
『自分用に?』
「もちろん」
『ふぅん? 器用だね、毛糸何色?』
「黒と青」
『黒と青? 自分用にしては地味だねぇ?』
 と、久美は疑う。
「た、たまにはいいでしょ、カッコイイ系も」
『まぁねー。でもさぁ、本当に自分用?』
「しつこいよぉ……」
『ま、今時彼氏にマフラー編む人なんかいないよねー』
 
それを聞いて私は黙ってしまった。
やっぱり今時、古いかな。
 
『“重い”と思う男子も多いみたいだし?』
「うそ?! あっ……」
 つい反応してしまい、久美にばれてしまう。
『やっぱ彼氏に編んでるんじゃん。──残念ながらホントだよ。でも雪斗君なら喜んでくれそうだから大丈夫だよ』
「編むのやめようかな……」
『あははははっ、せっかく編んでるんだからプレゼントしなよー。今時だからこそ、逆に新鮮かもよ? てゆうか良子ってほんと、雪斗君のこと大好きだねー』
 
  うん 大好き
 
がんばってクリスマスまでにマフラーを編み上げた。不安だったから、もう一つ別のプレゼントを用意しておいた。
鞄の中にマフラーと、買った腕時計を忍ばせて、彼が来るのを待っていた。
息を切らしながら待ち合わせ場所にやってきた彼は、見慣れないお洒落なマフラーを首に巻いていた。
 
「そのマフラーどうしたの?」
 さりげなく尋ねると、
「今日のために買ってみた。おしゃれだろ?」
 と雪斗は答えた。
 
  よく似合ってるね
 
そう言って、編んだマフラーは鞄から一度も出すことはなかった。
 
彼の首に巻かれたマフラーは、少し高そうで、とても暖かそうで、本人も凄く気に入ってるようだった。普段あまりお洒落をしない彼が、クリスマスにちょっとお洒落をしてきてくれた。それが嬉しかったから。
 
渡せなくても平気。
市販の物には勝てないし、マフラーなんて編んだの初めてで不格好だったし。
本当はホッとしたんだ。こんなもの渡さなくてよかったって。
 
そんなの強がりだって、久美は言ったけど……。
 

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