voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配38…『クレーマー』◆

 
──ピンポーン
 
「ごめんくださーい」
 と、ひまじんアパート7号室のチャイムが鳴る。
「……誰だ?」
「女の声だったぞ」
「お前犬押さえとけ。俺が出ていく」
 と、男は玄関へ行くと、覗き穴から外を見た。2人の女性が険悪な面持ちで立っている。
 
チェーンをかけたまま、ドアを開けた。
 
「なんの用だ?」
 
──よし、作戦開始!!
アールとミシェルは顔を見合わせ、頷いた。
 
「ちょっと! うちのラムネちゃんいるんでしょー? 返してよ!」
 と、アールが叫ぶと、続けてミシェルが叫んだ。
「近所の人からここにいるって聞いたんだから! 隠したって無駄よ! ラムネちゃんに酷いことしてないでしょうねぇ?!」
「は、はぁ? ラムネ? 犬のことか?」
「犬なんて言わないで! 大事な家族よ!」
「そうよ。こんなことになるくらいならログ街なんかにラムネちゃん連れて来るんじゃなかったわ!」
「待て待て待て! あの犬おまえらの犬か?」
「犬じゃないったら! 失礼ねっ!」
 と、2人の勢いに退く男。
「まだお前らのだって決まったわけじゃねぇだろ……」
 そう言って男は部屋の中にいる仲間に声を掛けた。「おい! ケビン! 犬連れてこい!」
「犬じゃないったら!!」
 と、2人は叫ぶ。
「わかったって! うっせぇなぁ……」
 
部屋の奥からラムネを抱き抱えた男が顔を出した。ラムネの首に付けていたお守りは外されている。
 
「ラムちゃん!」
 と、アールは大袈裟なほど喜んでみせた。
「よかった……無事だったのね……」
 ミシェルも涙ぐむ。
「本当におまえらの犬……“ペット”か?」
「家族よ!」
 と、2人は男を睨みつけた。
「わーかった、わかった。けど証拠がねぇ」
「首にお守りつけてたはずよ! ログ街は危険だって有名だから、魔術師に頼んでお守りを作ったのに……どこにやったのよ! ラムネちゃんが怪我なんかしたらあんた達のせいよ!」
 と、アールが言い放つ。
「つーかおまえらどこから来たんだ。なんのために犬連れてログに来たんだ」
「ルヴィエールからよ。用があって来たに決まってんでしょ! 用もないのにこんな街に来るもんですか! ラムネちゃんだけお留守番なんて可哀相じゃない!!」
 男の質問に淡々と答えるアールの横で、ミシェルは頷いている。
「じゃーなんでひとりで走り回ってたんだ?」
 と、男はラムネに目を向けて言った。
「あんたたちが騒いでたからでしょ! 驚いて逃げ出しちゃったのよ!」
「……この犬関係なかったみたいだな」
 と、ラムネを抱えた男が言った。
「まぁ待て。じゃあお守りの中に入ってた“ゲートの紙”はどう説明するんだぁ?」
 と、ポケットからゲートの紙を取り出した。
「そんなのラムネちゃんが歩き疲れたときのためよ。他になにがあるっていうの?」
「俺は魔導師でも魔術師でもねぇが、この魔法円は知ってる。ゲートの“入口”を示す魔法円だ。出口の紙はどこにあるんだ? 出口がねぇと使えねぇだろ」
 
出口のゲートはルイが開くことになっている。知り合いが持っているという言い方をして面倒なことにならないだろうか。
男たちは目の前にいる女を指名手配中のアールだと気づいてはいないが、彼らとなにかしら関係があると思っている。下手にもうひとり仲間がいるという設定は使わないほうがいいとアールは咄嗟に判断した。
 
「はぁ? お守りの中にセットで入ってたでしょ?」
 と、突き通すことにした。
「いいや? 入ってねーよ」
「なにそれ……無くしたの?!」
「……は?」
「最低! あの紙いくらで買ったと思ってんの?! 弁償しなさいよっ!!」
「いや……ほんとに入口の紙しか入って──」
「とぼけないでよ! 朝出かけるときにちゃんと確かめていれたのよ! 勝手に無くなるわけないじゃない!! あとで私たち別行動になるから、私が出口の紙を持ってくつもりだったのよ? ラムネちゃんが疲れたら入口の紙を使って私の元にすぐ移動出来るようにってわざわざ魔術師から買ったのに!」
「しらねーよ!」
「もしかして……知らないふりしてかすめたんじゃないの?」
「ふざけんなっ! なんで出口の紙だけかすめんだよ!!」
「知らないわよ。自分に聞いたら?」
「てめっ……」
 
アールは我ながらよくスラスラと嘘が出てきてくれたと自分を褒めてやりたくなった。少し強引ではあるが。
 


「──レオナ」
 と、ミシェルが声をかける。「ゲートの紙なんかいいじゃない。ラムネちゃんが無事だったんだから」
「そうだけど……ラムネちゃんを誘拐されてゲートの紙をかすめられたのよ?」
「かすめてねぇって!」
 も、男は激怒した。
「じゃあなに? お守りに入れてあった紙が勝手に落ちたとでもいうわけ?」
「しらねーよ! とにかく……犬は無事だ。逆に感謝してほしいもんだな」
 と、男はラムネを抱えてアールに渡した。
「感謝? 誘拐しといてよく言うわ!」
「あのまま街ん中を駆け回ってたら流れ弾が当たってたかもしんねぇだろ」
「当たんないわよ。そのためにお守りをつけてたんだから」
 と、アールは顔を背けた。
「可愛くねぇ女だなっ」
「可愛くなくて結構です!」
 そう言ってラムネをギュッと抱きしめた。「ラムちゃーん、何もされなかった? 怖くなかった? ごめんね……」
「親バカだな」
 と、男は飽きれると、ゲートの紙とお守りを放り投げた。「そんなに大事なら鎖にでも繋いどけっ!」
 
男は乱暴にドアを閉めた。
アールとミシェルは顔を見合わせ、「うまくいったね」と笑った。
ゲートの紙とお守りを拾って、人気のない場所へ移動した。
 
「でもよくあんな作戦で上手くいったわね」
 と、ミシェルが感心する。
「クレーマーとかってたとえ理不尽なこと言っててもあーだこーだ言われると迫力負けしそうじゃない? 勢いあるのみだと思ってね……」
 アールは抱き抱えていたラムネを地面に下ろし、頭を撫でた。「ラムネ、ごめんね。ありがとね」
 ラムネは尻尾を振りながら一吠えした。
「上手くいかなかったらどうしてたの?」
「バトル開始だね」
 と、アールは笑う。
「ふふっ、実は私もバトルになったときのために……」
 と、上着の内側から警棒を取り出した。「準備してたの!」
 
待ち合わせ場所に少し遅れてきたのはこのせいらしい。
 
「わーお! たっくましーいっ」
「でしょ? 自信はなかったけどね」
 そう言ってミシェルもラムネを撫でた。
「ミシェルのおかげで上手くいったよ」
「私のおかげ?」
「ゲートの紙。無理のある嘘ついたんだけど、ミシェルが『ゲートの紙なんかいいじゃない』とか自然なアドリブ入れてくれたおかげでなんとかなった!」
「そ、そうかな……」
 ミシェルは照れ笑いをした。「あ、みんなに連絡したら? ゲートの紙、戻ってきたし」
「そだね!」
 
アールはもう一度周囲に誰もいないことを確認すると、尻尾を振っているラムネが「心配いらないよ」とでも言うようにまた小さく吠えた。
 
「ありがと。そっか、ラムネは鼻が利くもんね」
 
安心したところで、アールはルイに電話を掛けた。
 
「ルイ、遅くなってごめんね。無事にラムネ救出したよ、ゲートの紙があるから、そっちに行ける」
『本当ですか?! では、ゲートの紙を地面に広げて、その上に立っていてください。僕が出口のゲートを開いたら移動出来ますから』
「了解っ」
 
アールは電話を切って、ミシェルに目を向けた。
 
「ミシェル、ありがとね」
「うん。少しは役に立てたかな」
「少しどころじゃないよ」
「そう? みんな集まったら、もうログ街を出るのよね……」
「まだ問題が残ってるけどね……。集まったところで出られるかわからないから」
「きっと大丈夫よ、みんなの力を合わせれば」
「そうかな? 私足手まといにならなきゃいいけど」
 と、アールはお守りをラムネの首に掛けてから、ゲートの紙を地面に広げた。
 
紙の上に乗ると、紙に描かれていた魔法が地面に大きく広がった。
 
「大丈夫だとは思うけど、なにかあったらまた連絡して?」
 と、ミシェルが心配して言った。
「うん。──あ、ワオンさんのことは、また電話するから」
「うん……」
 
魔法円が光を放ち、アールを包み込んだ。どうやらルイが出口のゲートを開いたようだ。
 
「じゃあまたね、ミシェル。ラムネも!」
「うんっ」
 
ラムネが一吠えすると、アールは姿を消した。地面に広げていたゲートの紙も、スッと消えていった。
 
「気をつけてね……アールちゃん」
 そう呟いて、ミシェルはラムネを抱きかかえた。「私たちは一先ず帰ろっか」
 

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©Kamikawa
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