voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配39…『トイレの個室』

 
「あ……くさい……」
 男子トイレの個室へ移動したアール。
 ルイが一瞬、間を置いて、
「すみません、トイレで……」
 と言った。
「私の顔を見て間を置いたね……」
「すみません……」
 化粧をしているアールが移動してきた瞬間、違う人がやって来たのかと思ったルイだった。
「シド達は?」
「お隣りです」
「そっか。これからどうするの?」
「それが……シドさんの提案では、まずシドさんが出入口まで飛び出していって住人を引き付け、その引き付けた住人を僕が結界で囲み、その間にアールさんかカイさんが門を開けるという……」
「想像上では上手く行きそうだね……」
 
半ば強引だなと思っていると、コンッとシド達がいる隣の個室から音がした。
 
「他に案があるなら聞くが、ねぇなら行くぞ」
 と、シドが小声で言う。──が、外から聞こえる住人の雄叫びで掻き消された。
「シドなんて言った?」
 と、アールはルイに訊く。
「耳はいい方ですがうまく聞き取れませんでしたね」
「壁一枚遮られてるだけで聞こえないもんだね」
「上は開いているのですがね」
 と、2人は天井を見上げた。
「人が来るとまずいので、急いで他に案を考えましょう」
 と、ルイが言う。
「人が来るとまずい?」
「中にはいつまでも鏡を見てる人がいるので、なかなか個室から出て来ないと怪しまれるかもしれませんし……」
「なーるほど。ルイ向こうに戻る?」
 と、アールは隣の個室を指差した。
「3人が限界ですので、アールさんは……」
「私はここでいいよ。ドアを開いてドアの後ろに隠れて誰もいないと見せ掛けるってのはどう?」
「ここの個室に入られたら終わりですよ」
「便座を上げて、ティッシュ詰めとけば誰も使わないかも」
「僕なら普通に流しますが……」
「ルイは……論外」
 
マナーモードにしていたルイの携帯電話が鳴った。
 
「あ、メールですね。シドさんから……」
 
【無視すんなボケ。他に案がねぇなら俺ので行くぞ】
 
ルイはすぐにメールを返した。
 
【すみません。聞こえませんでした。他に案がないか考えましょう】
【 女よこせ 】
 
「………?」
 ルイはメールを読んで首を傾げた。
「どうしたの?」
 と、アールが訊く。
「よくわからないメールが……」
 ルイはシドから来たメールを見せた。
「あ、私に来いってことだよこれ」
 
アールはドアに耳をつけ、人がいないことを確認してから個室を出た。
 
「ちょっと行ってくる」
 腑に落ちない面持ちでルイにそう言うと、シドがいる個室へ入った。
「わぁーアール……アール?」
 
一瞬喜んだカイだが、アールの変わりように思わず訊いた。
 
「アールだよ……。ちょっと詰めて」
 ドアを閉めると、ひどい圧迫感だ。「せまっ……」
「ルイがいたときよりは広いよ、アールは小さいからぁ! 痛っ?!」
「あ、ごめん足踏んだ」
「なぁお前」
 と、シドが言う。「出入口に街の受付所があんのわかるか?」
 アールはシドの顔を見上げた。
「なにそれ」
「あるんだよっ。そこに入りゃ門を開くボタンがある。押せば開くからお前がやれ」
「そんな簡単に開くの?」
「ログ街はルヴィエールと違ってショボい作りだからな。門だってただの鉄格子だ」
「そうなの? じゃあシドの作戦で行くの?」
「あぁ。街に入る時に見たからな。カイは使い物になんねぇし、お前がやれ」
「どーゆう意味だよぉ!」
「あれ? カイ、刀は?」
 と、何も知らないアールが訊く。
「ホテルに置いてきたー…」
「あらま」
「『あらま』ってそんなあっさり……」
「とにかく」
 と、シドが話を続ける。「街の外に出りゃ住人は手出ししねぇだろうから」
「なんで?」
「わざわざ魔物がいる街の外にまで出て捕らえようとするかよ」
「そっか……」
「アールほんと小さいねぇ、でも背ぇ伸びた? ──いたい!!」
「ごめん、また足踏んだ。厚底靴履いてるからね」
「わざと踏んでないー?」
「俺が先に飛び出して住人と乱闘しながら引き付ける。その間にお前が門を開けろ。ある程度住人が集まったらルイに結界で閉じ込めてもらう。あとは外に出るだけだ」
「俺はー?」
 と、カイが言う。
「てめぇは逃げ回ってろ」
「わーん……どいひー…」
「ねぇシド、中には銃を持ってる人がいるんじゃない?」
「シドは銃弾でも軽々弾き返せるもんねぇ?」
「ぶっとい剣ならまだしも刀じゃ無理だ」
「え? シドってぶっとい剣なら銃弾交わせるの?!」
 と、アールは目を丸くした。
「まぁな」
「す、すごい……」
 と、アールは目を輝かせた。
「……あ?」
 
そんなこと出来るなんて……漫画やアニメの世界みたいだ、とアールは思った。
 
「アールぅ、目ぇキラキラさせすぎぃ……」
 と、カイは頬を膨らませた。
「かっこいいんだね、シドって」
「はぁ?」
 と、何故かカイまで言う。
「ダメだよアールぅ、シドなんかに惚れたら!」
「惚れないよ……」
 と、アールは呆れた眼差しをカイに向けた。
「それならいいんだけどさっ、俺もね、凄いんだよ! 足が速いんだ!」
 必死になって自分を売り込むカイ。
「てめぇは逃げ足が速いんだろーが」
「あとね、えーっと……あっ! パズル完成させたんだよ!」
「わぁー凄いね!」
 と、普通に驚くアール。
「でしょーう?」
 と、たかがこんなことで満足したカイだった。
「どーでもいいから作戦は決まりでいいんだな?」
「待ってよ……話し逸れちゃったけど、銃を持ってる人がいたら危ないよ?」
「その辺はルイがカバーすんだろ」
「じゃあルイに言わなきゃ」
「言ってこいよ」
「メールすればいいじゃん」
「めんどくせーからなるべくメールなんかしたくねんだよっ。だからテメェをこっちに呼んだんだろーが」
「じゃあ自分で言いに行きなよ」
「俺が一番奥にいんだからドアに近いお前が行きゃ早いたろーが」
「んーもぉっ!」
 と、アールはドアに手を掛ける。
「やっぱり2人は仲良しだぁ……」
「仲良くねーよっ!」
 2人は声を重ねて否定した。「真似すんなっ!」
「やーっぱそうじゃーん……」
 
「──誰かいんのか?」
 と、突然、ドアの外から聞こえた男の声に、アールは思わず両手で口を塞いだ。
「誰かいますよぉ……」
 と、カイが答えてしまい、アールとシドは「何言ってんだ!」と言わんばかりにカイに目を向けた。
「なにやってんだ? ここは掃除道具入れだろ」
 
隣の個室でもルイが聞き耳を立て、息を呑んでいた。
 
「お腹痛くてさぁ……漏れそうで急いで入ったら掃除道具入れだったんだよぉ」
 
咄嗟に嘘をついたカイに、アールは開いた口が塞がらない。嘘のクオリティーや嘘が通じるかどうかは別として、まさかカイが頭を使うとは思わなかった。
 
「急いでたわりにはなんで一番奥の個室に入るんだよ。まさか漏らしたってわけじゃねぇよな……?」
 と、男が言う。
「そのまさかだよぉ……。個室開けた瞬間に安心しちゃって緩んだ。他の個室は閉まってたからさぁ」
「汚ねぇなぁ……」
「でも幸いなことに掃除道具があるからパンツをゴシゴシと磨いてるとこー」
「あぁ……まぁ頑張れや」
 と、男は嘘を信じたようだ。
 
しかし男は、隣の個室に目をやった。物音すら聞こえない、ドアが閉まっているトイレの個室。ルイは息を潜めていたが、それが逆に不自然さを出していた。
 
「こっちも腹を下した誰かが入ってんのかぁ?」
 と、男はルイがいる個室をノックした。なんとも迷惑な男である。
「え……えぇ。お腹の調子が……」
「へぇ。大変だねぇ」
 
男は笑いながらトイレを後にしようとしたが、はたと立ち止まった。
そもそも掃除道具入れから人の“話し声”が聞こえたから声を掛けたのだ。まさか汚れたパンツの掃除をしながら電話などしないだろう。それに、腹を壊した男が2人も偶然同じ時間に同じトイレで閉じこもるだろうか。偶然にしては無理がある。
それとも2人は知り合いで同じ店で同じものでも食べて腹を下したのだろうか。
 
「おい、お前ら知り合いか?」
 と、男が声を掛けると、
「はい!」「いいえ!」
 と、異なる返事が返って来た。
「……あ? 怪しいな」
 

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©Kamikawa
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