voice of mind - by ルイランノキ |
『もしもし、アールちゃん?』
と、ミシェルが電話に出る。
アールは歩きながら電話を掛けていた。
「ラムネが来なかったの」
『え……?』
「でも居場所がわかったから、一緒に行ってくれないかな。ラムネだっていう確証はないけど」
『いいけど……アールちゃん大丈夫なの?』
「うん。ガンモっていう服屋さんわかる?」
と、アールは目の前にあった服屋の前で立ち止まった。
『わかるわ』
「来てもらえる? 居場所はわかったけど、そこまで行く道がわからなくて」
『えぇ。でも少し距離があるわ。30分くらいかかるけど……』
「大丈夫だよ、待ってるね。あ、あと私のこと……」
と、言いかけて言葉を止めた。
『どうしたの?』
電話中のアールの隣に、住人が座り込んでしまったのだ。
「……そういえばミシェルのお母さんの名前って私と一緒だよね?」
『え……? 私の母は……レオナよ』
「だよね、なんだか同じ名前だと運命感じるなぁ」
と、アールは住人を意識して言った。
『アールちゃん……?』
「お願いだからお母さんと同じ名前だからって“レオ”とか呼ばないでよー?」
──お願いミシェル。察して。
周りに気づかれないためにも“アール”と呼ばないように伝えたいのだが、なかなかミシェルは気づいてくれない。
「ちゃんと、レオナって呼んでよね?」
『──あ、わかったわ! “アールちゃん”って呼ばないようにするわ!』
「うん、ありがとう! んじゃ、待ってるね。気をつけて」
電話を切り、ホッとため息をつく。
30分も時間を潰さなくてはならない。アールは服屋に入った。
地味で安っぽい服ばかりだ。似たようなフード付きのコートが沢山ある。ログ街の住人はよほどコートが好きなのだろうか。
「いらっしゃい」
と、店員に声を掛けられた。
口の回りに黒い髭を生やした30代くらいの男だ。
「こんにちは」
「あんたよそ者だろ? ログ街で買うもんなんかないぞ」
「そんなことないですよ……」
と、苦笑した。
「どっから来たんだ?」
「ルヴィエールです」
「けっ。蔑みに来たのか」
「違います……」
面倒な店に入ってしまったなと後悔した。
店員の不快な視線を浴びながら30分も長居は出来そうにない。
かといって、いくらメイクをしていても住人が行き交う外でじっと待つ勇気もなかった。
どこか飲食店に入ったほうがよさそうだ。
アールは店員に尋ねた。
「すいません、この近くに飲食店はありますか?」
「なんか買っていけ。そしたら教えてやる」
「……はい」
そうは言っても、財布にはいくら入っていただろうか。
シキンチャク袋から財布を取り出した。自分の世界のお金と、こっちの世界のお金が混ざり合っていて数えにくい。──2000ミルと、530ミルある。
アールは店内を見てまわった。無駄遣いはなるべくしたくはない。どうせ買うなら使えるものがいい。
店内の棚に、小物が置いてある。アクセサリー、ポーチ、バッグ、帽子、腕時計。その中に、がま口の財布があった。こっちの世界のお金を入れる財布を買おうかと思い立つ。しかしどれも地味で、可愛くはない。
黒い生地のがま口財布はたったの500ミル。レジへ持って行くと、店員は嫌な顔をした。
「ルヴィエールの住人ならもっと高いもん買えってんだ……」
「すいません……あまりお金持っていないので」
そう言ってお金を払った。
「袋はいらねーだろ」
と、買った財布を袋に入れずに渡す店員。
「はい……」
アールは財布を持って店の外へ出た。
お金を入れ替え、シキンチャク袋にしまう。電話をしているときに隣に腰掛けていた住人はいなくなっていた。
「あ、飲食店訊くの忘れてた……」
肩を落として辺りを見渡すと、服屋のすぐ裏に定食屋があることに気づいた。
営業しているのか疑うほどの外装だったが足を踏み入れてみると、子供を連れた女性の先客が座っていた。アールは一番奥のテーブルに座った。
「いらっしゃいませ」
と、すぐに店員が水を出す。
アールはテーブルの端に立てかけてあるメニューを開いた。時間を潰すために入ったものの、メニューを見て空腹が刺激される。写真つきのメニューはどれも美味しそうだが、ルイ達のことを思うと自分だけ呑気に食事をするのは気が引けた。
しかし昔から“腹が減っては戦ができぬ”という言葉があるとおり、美味しそうな定食の写真を目の当たりにしてお預け状態でラムネを助けに行く余裕はなかった。
「すいませーん」
と、店員に声をかけ、さっそく注文する。「焼肉定食で」
「かしこまりました」
料理が運ばれてくるまでの間、アールはもう一度ミシェルに電話をかけ、居場所の変更を伝えた。
化粧ポーチを取り出し、化粧が崩れていないかを確認。ファンデーションが落ちていると、傷が見えてしまうからだ。アールを襲った住人は、しっかりとアールの顔を確認しているため、些細な崩れも気が抜けない。
例えば“右頬に傷があった”などと情報が出回っていたら困るのだ。
しばらくして、食事が運ばれて来た。
箸を持とうとして、やっぱりルイ達に一言言っておこうと思ったアールは、また携帯電話を取り出した。ルイに掛けようとして、なぜだかカイの顔が脳裏に浮かんだ。──カイでもいっか。
『もしもしもしアールぅ? やっぱり俺に電話くれたねぇ』
と、カイが電話に出た。
「もしがひとつ多いよ。みんな待ってくれてるところ申し訳ないんだけど、食事頂くね……」
『食事? なぜに……』
「ミシェルと待ち合わせしてて、時間かかるみたいだから定食屋に入ったの。ミシェルとラムネのところに行くつもり」
『へ? どゆこと?』
『おいお前なにやってんだ』
と、シドが出た。
『なんだよぉ俺に掛かってきた電話なのにぃ!』
と、カイがふて腐れている。
「ごめん、今定食屋にいて、ちょっと……食事をね」
『はぁ?!』
『シドさん、声を抑えてください……』
『アールは俺に電話したのにぃ……』
「みんな随分と近くにいるんだね」
小声で話しているようだが、はっきりとルイやカイの声も聞こえた。
『あたりめぇだ。便所の掃除道具入れに3人で入ってんだからなっ。で? てめぇは呑気にメシかよ』
「ごめん……、呑気にってわけじゃないんだけど、ミシェルと待ち合わせしてて」
と、アールは二度説明をした。
『なんで待ち合わせなんかしてんだよ。お前今逃げ回ってんじゃねーのかよ』
「あ、それは今のところ大丈夫」
『はぁ?』
「とにかく、お腹が空いて動けそうにないから、みんなに待たせて申し訳ないんだけど焼肉定食を……」
『肉……』
「でね、ミシェルが来たら一緒にラムネのとこへ行くから」
『は? ラムネって……あの犬無事なのか?』
「わからない。だから確かめに行く」
『つーか説明不足すぎてわけわかんねんだけど』
「ごめん、ほら、言葉を選ばなきゃいけない理由、わかってよ……」
客が少ないとはいえ、誰が聞いているかわからない。
『あぁ? つーかお前なんで普通に定食屋に入れてんだよ』
「だから、さ……」
化粧して変装してる。など、誰かに聞かれるとマズイことは言えない。
『あ"? もったいぶってんじゃねーよっ』
と、シドは苛立っていた。
『もしもし、アールさん?』
今度はルイが電話に出た。
みんなに悪いからと一言伝えてから食事をしようと思っていたのに、熱々の焼肉定食が冷めていく。
「ルイ……」
アールのお腹の虫が鳴いた。
『なにがあったのですか?』
「……シドから聞いて」
また説明をする気にはなれなかった。
電話の向こう側からシドがルイに説明している声が聞こえる。
定食屋の時計に目をやると、もう午後3時だ。
シドから聞き終えたルイが言った。
『アールさん、もしかして……変装でもしているのですか?』
さすがルイ! と、思わず叫びそうになった。
アールは箸に手を伸ばした。
「そんなところかな」
『なるほど。食事は全く問題ありませんよ、ただ……ラムネさんはなぜアールさんの元へ行かなかったのでしょうか……』
「あー…」
手にした箸をカチカチと鳴らした。
『住人に気づかれてしまったのでしょうか。それとも他に理由が?』
「前者かな……」
そう答えながら、焼肉定食に目を向けた。焼肉の美味しい香り。
早く食べたい。
『でしたら危険です。ミシェルさんと一緒でも。僕かシドさんが行きましょうか』
「ううん。せっかく集まったのに……それじゃ集まった意味がないよ」
『僕かシドさんがゲートの紙を持って行けば、すぐに移動出来ますし』
「ミシェルとラムネはどうするの?」
『そう……ですね……』
「うぅ……」
と、アールは我慢の限界だった。「ごめん先にもう焼肉定食食べていい?」
『え? あっ、はい。すみません』
「ありがとっ」
『ではまた後で連絡してください』
「かしこまりましたっ」
と、電話を切ってすぐに、焼肉に食らい付いた。
──うはぁーっ! 焼肉のタレがまた絶品!! ちょっと冷めてるけど……。
Thank you... |