voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配35…『居場所』

 
身長175cm以上ある男3人がトイレの掃除道具入れにひしめき合う。
 
「あっちぃな……」
 狭いスペースで腕を組むシド。「いつまで中にいるつもりだよ……」
「シドさん、よく黙ってアールさんの意思を尊重しましたね」
 と、なぜかルイだけは爽やかな顔だ。
「それはテメェも同じだろ」
「僕は……アールさんが助けを求めてきたときに力を貸せたらと……」
「へぇ。その我慢がいつまで続くだろーな」
「シドさんこそ……」
「俺は単に暴走女を説得すんのが面倒になっただけだっての」
 そう言ってふと、カイに目を向ける。「お前はさっきからなにやってんだ?」
 カイはずっと携帯電話を開いていた。
「え? アールから連絡来ると思ってさぁ、待ってんの」
「なんでだよ」
「だぁって、ルイには連絡来ただろー? その次はシドに連絡来ただろー? 次はオーレぃ!」
「どーだか。まぁお前の心配して掛けてくるかもな」
「なんで心配されるんだよぉ! てゆうかシドが俺んとこ来る前にアールから用事もないのに連絡来たしぃ、あのとき俺の声が聞きたかったんだよ絶対」
「あーっそ」
「用事があって連絡してくるのとー、用事がないのに連絡してくるこの違いの大きさわかるー? 俺のことが一番好きなんだよ」
「あーっそ」
 と、シドは二度同じ返事をした。
「あ、信じてないだろぉ? 気づいてないと思うけど、アールは俺に惚れてるからねぇ」
 カイは自慢げにそう言ったが、
「それはねーよ」「それはありませんよ」
 と、シドとルイは同時に否定した。
「なーんでだよぉ。信じたくないのはわかるけどぉ、アールが俺を見るとき“ほっとけない”って感じなんだよねー。ほら俺って女の人の母性本能を刺激しちゃうから。付き合っちゃってもいいかも!」
「ダメですよ」
 と、ルイが言う。「アールさんには婚約者がいらっしゃいますから」
「婚約者?!」
 これまで小声で話していたが、シドとカイは思わず声を上げた。
「静かにしてください……」
「マジか。男がいるのは聞いたが婚約者とはねぇ」
 シドは信じられないといった面持ちで言った。
「え……どんな男?! 年齢は? なにしてる人? てゆうかアールに恋人がいたってシドも知ってたのぉ?」
「まぁ話してたからな」
「俺だけ知らなかったなんて……」
 カイはガクリと頭を下げたが、ハッと顔を上げる。「あ……やっぱアールは俺のこと好きだ」
「なんでそうなんだよ……」
「なぜ俺だけに言わなかったのか……その答えはひとつしかない。俺には知られたくなかったから。なぜなら、恋人がいると知られたら俺と付き合えなくなると思ったから!」
「お前のそのポジティブさを戦闘に生かせたらいいんだけどな……」
「カイさん、それはたまたまカイさんに話す機会がなかっただけでは?」
「話す機会なんかいくらでもあったよぉ。アールは俺のこと好きだよねって訊いたときとかぁ」
 シドは少し考えて言った。
「──あぁ、お前に話すと話したくねぇことまで訊いてきそうだからじゃね? さっきみてぇに年齢とか職業とか訊かれるとウゼェもんな」
「わー…、今俺とてつもなく傷ついた。爪やすりで心をやすられた気分」
「お前でも傷つくことあんのか。つか、やすられたってなんだよ」
「静かにっ」
 と、ルイはドアに目をやり、人が来たことを知らせた。
 
━━━━━━━━━━━
 
「アールだ! アールがいたぞ!!」
 そう叫んだ男の元へと住人が一斉に走り出した。
 
そんな住人を離れた死角からポカンと見送ったアール。
 
──え……私はここにいるんだけど。
 
似ている人でもいたのか、住人達は勝手に居もしないアールを追い掛けて行った。
この調子だとバレる心配はなさそうだ。でもシドに言われた通り街を囲む壁が見えたのを確認して右に真っ直ぐ歩いているが、なかなかホテルが見当たらない。
歩きだとかなり遠いのだろうか。
自転車でも借りようかとも思ったが、レンタサイクルで借りるには名前や住所を書かなければならない。黙って持ち出す勇気もない。乗り捨てられている自転車があれば拝借しようか。ただこの格好で自転車に乗っていたら目立ちそうだ。
黙々と歩き続けていると、すれ違った女性の会話が耳に入った。
 
「そうなの。可哀相よね……」
「確かにねー、いくらお金が手に入るとしても、犬を捕まえるなんてねぇ……」
 
──犬? ラムネ?
アールは声を掛けようかと思ったが、戸惑った。ラムネのことを訊けば当然怪しまれる。かと言って住人に捕らえられているかもしれないラムネを見捨てることは出来なかった。
女性二人は遠ざかっていく。
怪しまれないように訊く方法などあるのだろうか。アールは意を決して女性を追い掛けると、声をかけた。
 
「すいません」
 2人の女性は振り返る。
「あの、先ほど犬の話をされていましたよね?」
「え、えぇ……」
「その犬って、“淡いクリーム色”の犬じゃありませんか?」
「……違うわ。確か白い犬だったはずだけど」
「白い犬……? じゃあ違うのかな……」
 と、アールは小首を傾げた。
「どうかしたの?」
「あ……実は知り合いを捜してまして。自宅にはいなかったから、もしかしたら犬の散歩にでも出たのかなって……。確かクリーム色の犬を飼っていたはずなので……。ジャックさんっていうんですけど、急用なんです」
 と、デタラメを並べるアール。
「犬の散歩? 今街は危険だから、散歩なんかしてる人いないわよ」
 と、苦笑する女性。
「危険って……これですか?」
 アールは拾っていた情報紙を見せた。「さっき拾ったんですけど」
「そうよ。あなた見た感じこの街の住人じゃないようね」
「はい。ルヴィエールから……」
「そう。多分、あなたの知り合いもお尋ね者を捜してるんじゃないかしら」
「そうなんですかね……。でも自宅にワンちゃんもいなかったので」
 と、さりげなくまた犬の話に戻した。
「うーん……。私が見た犬は白い犬で、人に連れ去られたから、違うと思うの」
「連れ去られた? どうしてそんな酷いこと……」
「それがね、お尋ね者となにかしら関係があるみたいで、アパートに連れ込むとこまで見たわ」
「この人たちの仲間ってことですか?」
 アールは情報紙に目を向けた。
「そうなの。でも有り得ないわよね、普通の犬だったし」
「可哀相ですね……」
「そう思うでしょ? 私もさっき彼女と話してたところなのよ」
 と、女性は隣にいたもうひとりの女性に目を向けた。
「そうなの。でも私思ったんだけど……」
 と、隣の女性が言う。「クリーム色の犬なら白い犬と見間違う可能性もあるんじゃないかしら。本当に白い犬だったの? 光の加減でも違って見えるかもしれないし」
「そう言われると……チラッと見ただけだから」
「でも……」
 と、アールは会話に入る。「捕らえられてたんですよね? 散歩に出てるなら連れ去られたりしないかと……」
「そうよねぇ。あ、でもほら、この騒ぎだから、驚いて逃げ出しちゃったのかも」
「…………」
 アールは心配している表情を浮かべた。
 
しかし心の中では、ラムネの居場所をどう聞き出そうか考えている。
 
「もしあなたが捜している人の犬なら心配よねぇ……」
「はい……居場所、わかりますか? でも確かめに行くのは危険ですよね……。仮に知り合いのワンちゃんでも、証明出来ませんし……」
「えぇ、“ひまじんアパート”の2階にある……7号室だったかな。──お知り合いの連絡先は知らないの?」
「はい。最近知り合ったばかりで、連絡先の交換をし忘れてしまって。だからこうしてログ街まで来たんですけど……」
「そう……。他に誰か知り合いがいるなら、一緒に行ってみたらどう?」
「他に知り合い……ですか。ログ街の知り合いはその人だけなので……」
 と、アールは周りを見渡す。「誰かに頼んでみます」
 
アールはなるべく自然な会話の流れを意識して、どうにか聞き出すことが出来た。
女性に深々と頭を下げ、その場を後にした。
 

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©Kamikawa
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