voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配34…『変身』

 
武器を握り締めて、廃墟を後にした。
方向音痴なアールはすぐに立ち止まり、周囲を見渡す。──と、その時、近くの建物から声がした。
 
「出てきたぞ! 撃て!!」
 
アールは、窓から身を乗り出して銃を構える住人の姿を目で捉えた。
咄嗟に建物の死角に身を隠すと、銃弾が数発飛んできた。建物に添いながらその場から逃げ去る。
 
住人が待ち構えていたことを知り、出ちゃダメ≠ニ言っていたのはこのことなのではないかと思った。
 
シドを見送ったとき、バイクで左へ曲がったのを思い出し、なるべく見通しのいい広い道は避けて進んだ。
銃声が後ろから聞こえてくる。アールは一旦古びたビルに入り、階段を上がった。屋上への扉を開け、誰もいないことを確認し、身を屈めながら街を見下ろした。
上から見れば大体の道の流れがわかる。住人の居場所もある程度把握出来た。
幸い道を挟んだ向かい側に並ぶ建物はどれも背が低く、建物の中からこちらのビルを見上げる人影はない。
周囲にある建物を確認してシドに電話をかける。
 
『てめぇなに考えてんだ!』
 と、電話に出てすぐに怒鳴るシド。
『シドさん、静かにしてくださいっ』
 ルイの声も近くで聞こえた。
「ごめん……。どっちの道へ進めばいいか教えてください」
 そう言ってアールは周囲に見える建物を片っ端から伝えた。
『説明してもお前どーせ忘れるだろ。お前がいる場所から俺らがいるホテルの駐車場は左にある。とにかく左に進んで街を囲む壁が見えたら右にまっすぐ行けばホテルが見えてくるはずだ。ルートは住人の居場所を確かめながらお前が判断して進め』
「とにかく左に行って壁が見えたら右にまっすぐ……」
 とアールは反芻した。「──わかった」
『やばくなったら電話鳴らせ。すぐに行く』
「ありがとう」
 
電話を切り、早速ビルを下りようと扉に手を掛けたが、階段を上がってくる足音がして思い止まった。
 
「早速やばい……」
 
屋上には隠れる場所などない。アールの目線は隣のビルを捉えていた。
飛び移れるだろうか。
ジャンプして飛び越えられなくはない。迷っている暇はなかった。カチャリと扉が開く。
アールは武器をネックレスに戻して、隣のビルに向かって勢いをつけて走り出し、踏み切った──
 
「おー……やっぱ雨降りそうだなぁ」
 
屋上へやってきた50代くらいの髭男が空を見上げる。その背後で、アールは無事に隣のビルへと飛び移っていた。
隣のビルには沢山の洗濯物が干されていて、布団のシーツの後ろに身を隠すことができた。
 
アールはバクバクと暴れる胸を押さえた。
 
「落ちるかと思った……」
 
ビルとビルとの間は簡単に飛び越えられる距離でも、高さがあると足元が竦むものである。超人のシドならピョンピョンと軽々ビルを渡っていきそうな気がした。
 
シーツの間から男に目を向ける。男は騒いでいる住人達を笑いながら見下ろしていた。
男が屋上を出て行ったのを確認して、アールも下りようとしたが、飛び移ったビルの屋上の扉は鍵が掛かっていた。また飛び越えて戻らなければならないのかと思うとうんざりした。
反対側にもビルが連なっているが、1メートル程も高さが違い、隣のビルのほうが高い。ジャンプしてぶら下がれたとしてもそこからよじ登る力はなかった。懸垂など一度も出来ないのだ。
 
──戻るしかない……。
そう思ったとき、風が吹いて洗濯物が靡いた。自分が身につけているコートに目をやり、少しでもごまかせるならと、生乾きの洗濯物を拝借した。
服を着替えようとして、はたと気づく。トーマスが用意してくれた靴を履いたままだ。
我ながらよく履きなれない靴で走り回ってビルからビルに飛び移れたものだと感心した。重くはないが、底が分厚い。
誰も見ていないことを確認して、コートとツナギを脱いだ。
選んだのは女性物の長袖のブラウス。細身の長ズボン。ワイシャツはクリーム色でズボンは黒に近い紺色だ。地味だが目立つよりは全然いい。
着替えると裾も袖も長かったが、ズボンは靴で身長をごまかしているおかげで引きずる程ではない。
生乾きだから少し気持ちが悪いが、我慢することにした。
 
シキンチャク袋からヘアゴムを取り出し、髪を左側に纏めて束ねた。コート姿も見られていたので、コートも着替えた。そして、化粧ポーチを取り出した。
久々の変身だ。服も着替えてメイクまでしてバレたら虚しいが、バレない自信が少なからずあった。
コンパクトの鏡に映った顔は、傷だらけだった。傷の上から化粧を塗るのは抵抗があったが、気にしている場合ではない。
アイメイクに力を入れ、ポーチから取り出した変身には最適の小道具……つけマツゲ! 丁寧に化粧をしている暇もないので、下地は付けずにパパッと済ませた。
 
化粧をすると、ますます自信が沸いてくるのは女性ならではかもしれない。化粧品や脱いだツナギをシキンチャク袋にしまい、一旦靴を脱いでズボンの裾を折り曲げた。
さっきは靴を履いたままでも飛び越えられたが、念のためだ。
靴を先に放り投げ、助走をつけて飛んだ。
 
アールの体は無事に最初に上がったビルに着地。どや顔をしてみたが、心臓はバクバクと音をたてていた。靴を履き直し、呼吸を整えた。
 
──堂々と、堂々と。
そう繰り返し自分に言い聞かせ、階段の扉を開いた。男の姿はない。
“堂々と”と思いながらも階段は音を立てずに降りた。
外へ出て、シドに言われた通り左方向に歩き出す。
 
靴を鳴らしながら歩いていると、情報紙が落ちていた。拾い上げ、ふと思う。
まさかお尋ね者が持ち歩いてるとは思わないだろう。
情報紙をクルクルと丸めて右手に持ち、左手はコートのポケットに手を入れた。
アールのネックレスには武器がぶら下がっていない。着替えたときに小さいまま左のポケットに入れておいたのだ。
背筋を伸ばし、顔を上げて堂々と通りへ出た。
 
「おいっ……」
 と、突然声を掛けられドキリとした。
 
振り返ると、建物の間に座り込んでいる男がアールを見据えていた。額には汗が滲み、足から血を流していた。
 
「どうしたんですか?!」
 思わず駆け寄ってしまう。
「金を渡すから……近くの薬局で薬を……」
 と、男はポケットからクシャクシャの1000ミル札を取り出した。
「あ……薬ならありますよ」
 自分が足を負傷したとき、もう一つ傷を治す薬があったのを思い出す。
 
アールはその場にしゃがむと、シキンチャク袋から取り出して男に渡した。
 
「い……いいのか?」
「えぇ、どうぞ」
 と、アールは笑顔を向けた。
「ありがとう……。あんた見ない顔だな……」
 男は薬の蓋を開けながらそう言った。
 ドキリとしたが、顔には出さなかった。
「私はログ街の住人ではないので。ルヴィエールから友人に会いに来ました」
 と、咄嗟に嘘をつく。
「へぇ……随分洒落た街から来たんだな」
 男は患部に液体の薬を垂らした。「うっ……いってぇ……」
「大丈夫ですか?」
「あぁ助かったよ。ありがとう。──お尋ね者を捜していたら流れ弾に当たってよ……銃なんか使うなってんだ」
「……そうですか」
 と、アールは顔を伏せた。少し心が痛む。
「あんたも気をつけろよ? あまりうろちょろしないほうがいい」
「え、えぇ。でも友人を捜しているので」
「見つからないのか?」
「家に伺ったのですが、不在でした」
「名前は?」
「……ジャックさん」
 と、ジャックの名を勝手に拝借した。
「ジャックって名前のやつは沢山いるが……」
「フルネームは知らないんです。友人といっても、最近出会ったばかりで。ログ街に住んでいると聞いたので会いに来てみたのですが……」
「そうか……悪いな、力になれそうにない」
「いえ。お気になさらず。──それでは」
 と、アールは男に別れを告げた。
 
長く会話を続けたことには意味があった。近くには他にも住人がいたため、怪しまれないようにととった行動である。
アールは住人の視線を浴びながら、通りを渡った。渡った先で、また住人の一人と目が合う。
声を掛けられる前に、自ら声をかけた。
 
「すみません」
「ん? 誰だあんた」
「人を捜しているのですが、ジャックさんを見掛けませんでしたか? 175cmくらいの身長で、髭を生やしてる人です」
「わっかんねぇな……」
「そうですか……」
 と、困った表情を浮かべる演技。「ありがとうございました」
 と、一礼し、その場を後にした。
 
なんとかバレていない。このままルイ達のところまで行けるといいんだけど……。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -