voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配33…『雪斗』

 
ラムネがカイ達の元からアールの元へと走り出してから1時間は経過していた。
いくらなんでも遅すぎる。と、クローゼットから出て様子を窺いたいが、少女の声が引っ掛かり、行動出来ずにいる。
しかしいつまでも待っているわけにはいかない。アールはルイに連絡した。
 
『もしもし、アールさん? ラムネさん来ましたか?』
 電話に出たルイが訊く。ルイもそろそろラムネがアールの元へ着いている頃だろうと思っていた。
「ううん。それがまだ来ないの」
『まだ……ですか』
 アールもルイも、悪い予感がした。
「あとね、さっき……」
 
“変な声が聞こえた”と言いかけて喉を詰まらせた。また頭がおかしくなったと思われそうな気がしたからだ。
 
『さっき?』
「あ……あのね、女の子の声がしたの。『出ちゃだめ』とか『来ないよ』とか……」
『声……ですか』
「やっぱり私頭おかしいのかなぁ」
 と、アールは苦笑した。
『そんなことありませんよ。その声の意味はわかりますか?』
「いま私、廃墟にあるクローゼットの中に隠れてるの。人の気配がして、声が聞こえたの。でもどこにも誰もいなかった。『来ないよ』っていうのが、ラムネのことじゃないかなって思ったんだけど……」
 
そう説明してルイの反応を待ったが、ルイは黙っていた。
 
「ごめんね、変な話しして」
 と、アールは様子を窺う。
『いえ。念のため、アールさんはクローゼットから出ないようにしてください。少し考えますので、また折り返し連絡します』
 
電話が切れ、アールは心細くなった。
シドを見送ったときは平気だった。誰かが来るんじゃないかという不安はあったが、寂しさはなかった。だけど、いざ一人になると、急激に心細くなる。
 
携帯電話を握ったまま膝を抱えて顔を伏せた。締め付ける胸の苦しさを感じながら、瞼を閉じる。
沢山の記憶の中にあった声が再生され、思い出がまた、蘇った。
 
辛くなったら、夜中だろうが電話してくれたらいつでも話し聞くから。愚痴でもなんでも。何時間でも
 
それは雪斗が電話で言ってくれた言葉だった。仕事でちょっと疲れていた私を察して言ってくれた言葉。
疲れたとかしんどいとか、口に出していないのに、彼は感じ取ってくれる人だった。
 
俺にはそれくらいしか出来ないから。頼りなくてごめんな
 
そんなことないのに。と、アールは思う。
彼の言葉でどれだけ救われ、彼の存在がどれだけ支えになっていたことか。
 
──それなのに、伝えてない。
 
いつも助けられていたのに、ちゃんと伝えていない。
ありがとうと言う感謝の言葉は忘れないようにしていたけれど、どれだけ感謝しているかまでは伝えられていない。
“ありがとう”という言葉は大切だけど、それ以上に、気持ちを伝えるほうが大切なのに。
「ありがとう」と、たった一言で伝えられる程小さな“ありがとう”じゃなかったのに。
 
伝える時間は沢山あった。
今すぐ伝えたいのに、伝えられない。
 
「うっ……」
 
急に吐き気に襲われてアールは胸を押さえたまま、前屈みになった。
 
気持ち悪い……。
 
吐きたくない。衝動的にそう思い、胃を刺激しないようにゆっくりと浅い呼吸を繰り返した。
 
ストレスは溜め込むと体に毒だから、吐き出したほうがいいよ
 
そう言った雪斗の言葉をまた思い出していた。
吐き出したら楽になれるだろうか。吐き出したら、弱い自分を認める気がして吐き出せない。
強くならなきゃいけないのに。
 
強くならなきゃいけない。
強くなれなきゃ、帰れないでしょ
 
「うっ……オ"ェッ──?!」
 
口を押さえていた手に、生臭い液が流れ出た。
アールの精神を蝕んでゆく苦しみ。悲しみ。辛さ。痛み。プレッシャー。
 
「ハァ……ハァ……なにこれ……」
 
嘔吐した胃の内容物を見据えながら、そう呟いた。
クローゼットの中で寄り掛かる。生臭いにおいが充満していた。胃液で喉がヒリヒリする。
足元に転がっていた携帯電話が鳴り、少し苛立った。しばらく出る気になれず、点滅している着信ランプを見つめていた。
 
しつこいな……。
アールはけだるそうに、汚れていない手で電話に出た。
 
「…………」
『もしもし、アールさん大丈夫ですか?』
 
──なにが?
 
「うん、大丈夫だよ」
『そうですか、よかったです。なかなか電話に出なかったので……。シドさんがゲートの紙を持ってそっちに行ってくれるそうです。タイミングを見計らってこれから──』
「いいよ来なくて」
『え?』
「一人でどうにかするから」
『アールさん』
「大丈夫だから」
『……落ち着いてください。アールさん』
 そう言われ、アールはドキリとした。
 
ルイは、アールの様子がおかしいことを察したのだ。
 
『大丈夫ですから。必ずシドさんが迎えに行きますからね』
 
──やめてよ……
 
『アールさん、何も心配いりませんから』
 
──やめてよ……そうやって慰めたりすんの
 
『安心してください』
 
──優しくすんのやめてよ!
 
叫びたくなった。けれど、喉を絞められたように声が出なかった。
 
『アールさん?』
 
自分が首を絞めているんだ。狂いそうになる自分を、押さえ付ける自分がいる。
 
「……来ないで。お願い来ないで」
『……何があったのですか?』
 
自分に負けたくはなかった。越えていかないと成長出来ないから。力だけ備えても無意味だから。
頭ではわかっていた。精神がついていかないことを。
簡単にコントロール出来るなら、誰も苦労はしない。だからこそ頑張れるときに頑張りたいと思ってしまう。
だけど大概裏目に出るんだ。空回りばかり。大人しくしていたほうがいい。そんなのわかっていた。
それに、タイミングを見計らうと言ってももしシドがトイレから出るタイミングが悪く住人にばれてしまったらルイ達まで見つかってしまう。もし私がひとりで合流できたら……。
 
「ルイ、また迷惑かけるかもしれない。それでも大人しく待っていられない」
 
抑え切れない衝動があった。走り出さなきゃ気が狂ってしまいそうだった。危険を承知で暴れ出したくなった。
 
──やっぱり私は狂っている。
 
『アールさん』
 
  待ってますから
 
ルイの声を合図に、アールはクローゼットから飛び出した。
 
精神不安定で沈んだり上がったりと波がある。サーファーみたいにその波を利用してやればいい。
高い波に呑まれたりはしない──。
 

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©Kamikawa
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