voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配29…『少女の声』


──寝てようが起きてようが、どこにいようが、何してようが、自分がここに存在していることは確かで、この身が腐って腐敗しようが、消えて無くなってしまおうが、意識ある場所に自分は存在する。
 
亡くなった人でも、生きている人間の中で生き続けるなんて言うけれど、
死んだ人間がどうなるかなんて死んだ人間にしかわからないことだし。
 
死の果てにあるものが“無”なら、思い出してくれる人がいようがいまいが、関係ない。
 
消滅した本人には分からないのだから。

━━━━━━━━━━━
 
『もしもしアールさん? 先ほどラムネさんが無事に来ました。ゲートの紙を持たせましたので、すぐにそちらにも行くと思います。アールさん……大丈夫ですか?』
 
ルイからの連絡があった。アールは電話に出ることが出来ず、留守番メッセージを聞いた。
アールは、クローゼットの中に身を隠していた。外の明かりが隙間から差し込んでくる。待っている間、人の気配を感じてクローゼットに隠れたものの、誰の声も聞こえてこない。物音を聞いたわけではないが、確かに誰かがいる気配を感じとったのだ。
 
近くにいる気がする。
そう感じたアールだったが、廃棄の中にも外にも、人の姿はない。
 
  だめ……
 
「え……?」
 
  だめ……出てきちゃ……
 
「だれ……?」
 
幼い女の子の声がした。
アールが感じていた気配は、女の子のことだろうか。また幻聴かもしれないと、うんざりする。
 
 ……来ない……来ないよ
 
「来ない……?」
 
 ぜったい……出ちゃだめ……
 
遠ざかってゆく少女の気配に、アールはクローゼットの戸を勢いよく開けた。しかし、そこには誰もいなかった。
 
今のは一体……なに?
これまでの幻聴とは心なしか違っていた。自分を蝕もうとする声ではなく、救おうとする声に思えた。
 
「まさか幽霊だったりして……」
 
誰もいないのは誰も近づかないからであって、もしかしたら此処は曰く付きの場所なのではないかと不安になった。
 
クローゼットの天井を見上げると蜘蛛の巣がある。今更ながら不気味さに戸惑う。
アールは携帯電話を取り出すと、少し迷ってカイに電話をかけた。
 
『アールぅ! 俺の声が聞きたくなったー?』
 電話に出るやいなやテンションの高いカイ。
「うん。シドは来た?」
『……うん? 今、うんって言った?』
「シドは来た?」
 と、アールは恥ずかしくなった。
『アール、うんって言ったよねぇ? 俺の声が聞きたく──』
「シードーはーきーたぁ?!」
『え? ううん、まだ来ないなぁ』
「そう……」
『ほんで? なにかあったのー?』
「別になにも」
 
心細くなったから電話した。……などと言えるわけがない。
 
『やっぱり俺の声が聞きたくなったのかぁ!』
「違う。ミシェルに代わって」
『またまたぁ。ミシェルに用なら直接ミシェルに掛けるでしょー?』
 
カイに電話をしたのは間違いだったと、アールは後悔した。
クローゼットの中で寄り掛かり、落ち着かなくて意味もなく右腕を掻いた。
 
「ねぇ、“暇だから”シドがそっちに着くまで話そう?」
『暇だからぁ?』
 と、カイは疑う。
「そう。暇だから」
『ふぅん? ま、いっかぁ。なに話すー?』
「なんでもいい」
『なんでもかぁ。じゃあ俺の悩みを聞いてもらおうかな……』
 と、カイは深刻そうに言う。
「悩み?」
『うん。あのさぁ……俺……』
「ん?」
『ミシェルとアール、どっちを選んだらいいんだろう!』
 
真剣に話を聞こうとしていたアールは、一気に気が抜けた。
 
「選ぶってなに……」
『アールの気持ちはわかってるよー? でもミシェルも俺のこと好きだって言うしさぁ』
「勘違いだよ絶対。──ミシェルは……だめだよ」
 ワオンの名前を出そうとしたが、やめた。2人はまだ友達にすぎない。
『ダメってなんでぇ? あっ……』
「違うよ、嫉妬じゃないから」
『え? 違うの?』
「私別にカイのこと好きじゃないよ」
『えぇ?! 嫌いなの?!』
「いや……好きだけど、そうゆう“好き”じゃないから」
『やっぱり好きなんじゃーんっ』
「いや、だからね? ルイやシドと同じくらい好きってこと。仲間としてね」
『アール……アールはまだ気づいてないんだねぇ』
「なにがよ……」
『アールは仲間の中でも俺だけ特別に想っていることを!』
「想ってないから。じゃあね」
 と、アールは電話を切った。
 
カイの勘違いにはイライラさせられるが、なんだかんだで気は紛れる。
カイは無邪気な子供のようで、周りを明るくする力を持っている。
 
━━━━━━━━━━━
 
「電話切れたぁ……」
 と、歎いているカイに、
「アールちゃん、なにかあったの?」
 と、ミシェルが訊く。
「特に用はなかったみたーい。俺の声が聞きたかったんだねー」
「そうね……アールちゃんは今ひとりだから」
 その時、バイクの音が聞こえてきた。
「ちょっと見てくるわね」
 そう言ってミシェルは表の道へ出た。
 
バイクの音が止み、暫くしてシドが走ってくるのが見えた。ミシェルは手を上げて居場所を伝える。
 
「よぉ。バカはどこだ?」
 と、シドは言いながら刀を鞘に仕舞う。バカとはカイのことである。
「ベッドの下よ」
 ミシェルが教えると、シドは物置の中へ足を踏み入れ、ベッドの前でしゃがみ込んだ。
「おい、俺だ。出てこい」
「合言葉は?」
「はぁ? ふざけてねーでさっさと出てこい!」
「待って」
 と、ミシェルが声を掛ける。「電話で言い忘れてたけど、モーメルさんから預かった犬が、今ルイさんの元へ行ってるの。ゲートの紙を取りに」
「──で?」
「戻ってくるはずだから、カイさんとシドさんはそのゲートの紙を使ってルイさんの元へ」
「なるほどな……一度集まるってか」
「えぇ」
「あいつは?」
「あいつ? アールちゃんのことなら、犬のラムネがゲートの紙をこっちに運んだあと、アールちゃんの元へも持っていく予定よ」
「あっそ。──んじゃ、念のためお前はまだ下にいろ」
 と、シドはカイに言った。
「あいよーっ」
「アールちゃんは今どこにいるの?」
「どこって言われてもな……空き家が建ってるところだ。人が寄り付かなそうなとこだったな……雰囲気的に」
「──まさかとは思うけど、南東の第三広場があった近く?」
 と、ミシェルは不安げに訊いた。
「さぁな。いちいち場所なんか把握してねーよ。こっちは逃げ回ってたんだからよ。人気のない方に走ってったら着いた場所だ」
 そう言いながら、シドはベッドに腰掛けると、脚が一本折れていたベッドが傾いた。
「んぎゃっ!」
 と、カイが声を上げた。
「わりぃ」
 と、軽く謝ったがベッドから降りようとはしない。「で、あんたの言う場所だったらなんかあんのか?」
「いえ……ただあの場所は誰も近づかないの。この街を作った“ログ”という男がかつて暮らしていた場所でお墓もあって神聖な場所なのよ。勝手に近づいちゃいけない決まりだから」
「へえ」
 と、シドは首を傾げた。何にしても、人が来ないなら安心だ。
「ねぇシドぉ。ミシェルとばっか話してないで俺とも喋ろうよー」
 と、ベッドの下からカイが言う。
「ガキみてぇなこと言うなっ。お前は大人しく隠れてろ。どーせ何も出来ねんだから」
「わー酷い……。せっかく会えたのに言いたい放題」
「ふふっ、仲がいいのね」
 と、ミシェルは微笑んだ。
「あんた他に用はねーのか?」
 シドはミシェルに目を向けて言った。
「あっ……うん。ワオンさんに用事があったんだけど、この騒ぎじゃ会えないかな……。電話したのに繋がらなかったし」
「あいつに何の用だ?」
「え? えっと……大した用じゃないの」
 戸惑いながら頬を染めたミシェルに、シドは察した。
「へぇ……お盛んなこった」
「ち、違うわよっ……そういうんじゃないの。ちょっと食事でもどうかなと思っただけよ」
「まぁいいんじゃねーの? 糞男を忘れるには」
「……彼のこと、ふっ切ったつもりでもまだ傷が深くて癒えないわ。無理してるところもまだあるの……」
「空元気も元気のひとつだろ」
「……そうね。シドさんって、もっと怖い人かと思ってたのに、優しいのね」
「はぁ? 気持ちわりぃこと言うなっ」
「シドぉ……ミシェルに冷たい態度とらないのーっ」
 と、カイが言う。
「おめーは黙って隠れてろ!」
「ひぃーん……。出来れば俺にも優しくしてよぉ」
 

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