voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配30…『クローゼット』

 
「くそっ……峰打ちなんかで済ませやがって……」
「ナメられたもんだな……」
 
シドを捕らえようと試みた男達は、道端に座り込んでいた。あまりの痛みに倒れ込んだままの男もいる。
 
「お前見たか? あの男、バイクから降りて電話しながら俺達を打ちのめしやがった」
「あぁ……やっぱ長距離攻撃が出来る武器で……」
「殺したほうがよかったな」
「お前、銃持ってるか?」
「いや……。持ってる奴なんか少ねぇだろ。犯罪者はいくらでもいるが住人同士の殺しなんか滅多にねぇしな。護身用に持つ必要もあんまねぇし、銃なんか使ってみろ。誤って住人に当たったら面倒だぞ」
「そうだよな……。仮に銃を手に入れても捕まえらんなきゃ無駄遣いにもなる」
「他にも仲間がいるだろ。シドの野郎には敵わねぇが……他はどうだ?」
「ルイって奴は魔導師だろ? 結界で身を守られちゃ攻撃のしようがねぇ。あとは……カイとアールか。どっちも剣士だな」
「女の情報ならあるぜ。VRCに通っていたらしいが、雑魚レベルだ」
「へぇ。カイは?」
「逃げ足が速いらしいが……それ以外の情報はねぇな」
「ならその2人を捜すか」
「そうだな……」
 と、立ち上がった時、白い犬が通り過ぎて行った。
「あの犬……」
「どうかしたのか?」
「いや……さっきも見たんだよ。そんときは何も付けてなかったのに今見た犬は首になにかぶら下げてたな……」
 
2人は遠ざかっていく犬を見据えた。
 
「犬を連れてるなんて情報は聞かねーぞ。関係ねぇだろ」
「まぁそうだな。犬になにか出来るとは思えねーし」
 そう言うと男はまだ横たわっている住人に声を掛けた。「おいお前ら、邪魔だから諦めるなら大人しく家に帰ってろっ」
 アール達を捕まえて賞金を手に入れるならライバルは少ない方がいい。
「う……うるせぇ!!」
 
──金に群がる住人達。
かつては手当たり次第に金品を強奪してきた。しかし手錠を嵌められ、牢獄での生活。ようやく出られたかと思えば街から追い出され、行き場をなくし、たどり着いたのが此処、ログ街であった。
 
自分よりも凶悪な犯罪者がゴロゴロといるこの街で、再び同じ生活を繰り返す気にはなれない。どんな悪人も上がいれば大人しくなるものである。
中には構わず暴れ狂う輩もいるが、住人に一丸となって取り押さえられ、下手すればログ街から追い出されるだけでなく、命を奪われる。
 
「今は手を組んでるが、もしまた見つけたらその瞬間からはライバルだからな?」
「わーかってるって。山分けは無しだ。取り押さえたもんが金をもらう。だろ?」
 久しぶりの荒稼ぎに血が騒ぐ。
 
禁酒していた酒豪が久しぶりに美味しい酒を浴びたかのように感情が高ぶり心が踊る。
 
━━━━━━━━━━━
 
クローゼットの中で連絡が来るのを待つアール。
ルイのことだから、シド達が無事に移動出来たら連絡をしてくるはずだ。
のんびりと待つ余裕はなく、終始落ち着かない。お腹が空いてきたこともあり、胃が痛む。
 
それから“少女の声”も頭から離れなかった。出ちゃだめというのは、自分に向けた言葉だろうか。クローゼットから出るなということだろうか。来ないというのは……? はっきりせず、もやもやする。
アールは首に掛けていた武器をギュッと握った。
 
落ち着かないとまた頭がおかしくなりそう……。
 
精神不安定。震える体。息苦しさ。──遠い記憶が蘇る。
 
それは小学生の頃の記憶だった。
教科書に油性ペンで書かれた落書き。
 
 死ね∞デブ∞チビ∞捨て子
 
平気な顔をして教科書を鞄に詰め込んだ。何事もない顔で、家に帰り着いた。
平気。大したことない。たかが落書き。子供の落書き。
そう思っていたのに、自分の部屋に入った途端に息が出来なくなった。苦しくて涙が出た。悔しくて手を伸ばした。ペンたてにあったハサミ。
死ぬつもりなんかなかった。胸の痛みを他の痛みで掻き消した。
閉じたままのハサミで左腕を引っ掻いた。めくれた皮から血が滲んだ。
ホッとした。──息が吸えたから。
 
居間に下りて親に話そうとした。先客がいた。──姉だった。
 
「でねー? 学級委員に選ばれたの!」
「あら凄いじゃない!」
 驚いた様子で、姉を褒める母。
「えーでも面倒くさいーっ」
「あはは、でもがんばりなさいな」
「うん!」
 
明るい雰囲気だったから、入れなかった。黙って静かに自分の部屋へ戻った。
 
「そうなのよ、上の娘が学級委員に選ばれちゃって」
 回覧板を持ってきたお向かいさんに、娘の自慢をする母。
「美鈴ちゃんしっかりしてるもんねぇ!」
「そんなことないわよー。面倒だとか言ってたのよー?」
 
姉の自慢ばかり。私の話は出ない。
まるで いない みたいに。
でも仕方がない。私には自慢出来ることなんかない。
 
私と話をするときと、姉と話をするときの母の顔は違う。
でも仕方がない。母を喜ばせる報告なんかなにもない。
 
私が悪い。
 
「──あら、その傷どうしたの?」
 左腕の裾から見えた傷。ハサミでつけた傷。
 
本当は気づいてほしくて、わざと見えるようにした。──だけど
 
「チイに引っ掛かれた」
 笑ってごまかした。気づいてほしかったくせに。
「チイが? あんたが何かしたんじゃないのー?」
「……怒らせちゃった! へへっ」
 
気づいてほしかったけど、気づいてほしくなかった。矛盾。
困らせたくなかった。私にも姉と話すときみたいに笑っていてほしかったから。
 
「もう……気をつけなさいよ?」
「うん!」
 
──たすけて お母さん
 
「そういえばテストあったんでしょ?」
「……うん」
「また50点以下なの?」
「エヘヘ……」
「エヘヘじゃないわよ。ちゃんと勉強しないからよ。お姉ちゃんに勉強見てもらいなさい」
「……そうだねー」
 
私が頑張れば済む話。
毎回そう思ってはいたのに……。
 
ダメ人間。
だからイジメられるんだ。
全部 私が悪い。
 
母は決して冷たい人間じゃない。私が勝手に劣等感を抱いて心を閉ざしてしまったから、気づこうにも気づけなかっただけ。
 
優しいときは優しいし。
だからきっと、素直に助けてと言えたなら、母はきっと、抱きしめてくれたはず……。
 
 
──クローゼットの中で携帯電話の振動音が鳴った。
アールはハッと我に返り、電話に出た。着信はルイからではなかった。
 
「……もしもし」
『…………』
「もしもし……ワオンさん?」
『おう……。そっちは大丈夫か……?』
「はい……」
 
──声が暗い。
 
『そうか……無事に外へ出られたのか?』
「いえ……まだ街にいます」
『…………』
「ワオンさん? あ、シドと助けにきてくれてありがとうございます……」
『あ……あぁ……』
 
やっぱりワオンの様子がおかしいことが気にかかる。
 
『アールちゃん……』
「はい?」
『ミシェルさんに……もう連絡しねぇと伝えといてくれないか?』
「え? なんで……」
『合わす顔がねんだよ……』
「なにかあったんですか?」
 
電話を片手に、ワオンは肩を押さえていた。肩から血が流れ、痛みに表情が歪む。
草が生い茂る空き地に座り込み、俯いていた。
 
『もしもし……ワオンさん?』
 アールの声が電話越しに聞こえる。
 
前へほうり出したワオンの足の先には、額から血を流したテリーが、目を見開いて倒れていた。
 
「俺……殺しちまった……テリーを殺しちまったんだ」
 

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