voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界7…『R』◆※画像注意

 
良子は小さい頃から、“本番”に弱い人間だった。例えば学生時代、クラスメイトの前でスピーチをするハメになり、念入りに練習はしたものの、足はガクガクと震え、手もプルプルと震え、気持ちが悪くなってくる程だった。スピーチの文章以前に、自分に自信がなかったのである。
震える声を押さえ付けるように、大きな声で高速スピーチ。きちんと喋れたのかすら覚えてはいなかったが、“追い詰められると、がむしゃらにもがく”タイプだ。
 
「ヨーコちゃん……すげー……」
 と、カイは立ち尽くし、目を丸くして口は顎が外れたようにあんぐりとして言った。
 
良子は、気がついたとき、剣を手にしていた。剣を握る手も足も小刻みに震え、大きな獣はどす黒い血を流して彼女の目の前で横たわっている。
 
 追い詰められたから、がむしゃらに……。
 違う。殺されると思った瞬間に、血が騒いだんだ。
 
剣を手にした瞬間、余裕を感じた。そんな自分に、良子は少し恐怖を覚えていた。まるで自分の中に知らない人がいるようだった。
 
「一撃で倒せるなんて、凄いですよ」
 と、ルイが驚いたように言った。
 
 凄い? 私が? 違う。私じゃない……この剣だ。
 
「この剣が勝手に……」
 良子は戸惑いながら言った。
 
その咄嗟に放った言葉に、カイはキョトンとし、ルイはどこか困ったような、寂しそうな表情を浮かべた。
 
「リョーコさん、剣は勝手に動いたりはしません。剣は、持ち主の意思に従うものです……」
 
ルイが困惑した面持ちでそう言ったが、良子にはその意味がよく分からなかった。
目の前で横たわりピクリとも動かない獣を茫然と見つめ、獣から流れ出た血が足元まで広がり、思わず後退りをした。
 



──私はこの日、生まれて初めて生き物を殺した。

 
誰しも小さな虫なら殺したことがある。良子もそうだったが、こんな大きな獣を殺したのは生まれて初めてだった。
 
「ヨーコウすんごぉーい!」
 カイがそう言って拍手をすると、
「カイさん!!」
 と、ルイはカイの発言を掻き消すように声を張り上げた。
 
カイは思わず「ごめんなさい」と謝ったが、その表情顔は反省というより、ふて腐れていた。
良子は頭を傾げると、カイが頼んでもいない説明を始めた。
 
「ヨーコって名前、ヨーコウに似てるじゃん?」
「ヨーコウって……? ていうか、私の名前は良子なんだけど」
「ヨーコウってゆうのはねぇー、」
「カイさん!!」
 と、ルイは彼の発言を中断させた。
 
そのせいでヨーコウとは何かは分からなかったが、ルイの反応からヨーコウというものは、良くないものだということだけは分かった。
 
「ねー、ヨーコって変な名前だからあだ名付けよーよ! 何がいいー? 覚えやすい名前にしてねぇー」
 と、カイが良子の顔を覗き込みながら言う。
「あだ名……?」
 そもそも、良子という有り触れた名前を変な名前だと言われたのは初めてだ。
 
ルイ、カイ、シド。みんな簡単な名前で横文字っぽいことから、
 
「じゃあ……イニシャルの“R”とか?」
 と、良子は答えた。
「アール? 男みたいだけど、まぁいっかぁー! んじゃ、宜しくアール!」
 カイはそう言って、馴れ馴れしく良子の肩に手を回した。


──アール……
 
私はこの日から
良子ではなくなったんだ。


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