voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界6…『獣さんごめんなさい』

   
「ヨーコちゃん、こっち向いてぇー!」
「え……?」
 突然後ろから声を掛けられて振り返ると、パシャリとフラッシュを浴びた。
 
重い空気の中、声を掛けてきたのはカイだった。そして、不意に写真を撮られたのである。いつの間に部屋に入って来たのか、全く気が付かなかった。
 
「記念写真ゲットぉ! ねぇヨーコちゃん、外に出てみよーよ! ここからは俺がご案内してあ・げ・る!」
 カイはそう言ってまた良子に一眼レフカメラを向けた。
「外……?」
 
良子はまだ自分がいるこの建物から一歩も外へ出てはいなかった。この世界の外を、まだ見ていない。
少しドキドキしてきたが、この鼓動は不安から来るものなのか、別世界の外を見てみたいという好奇心から来るものなのか、自分でも分からなかった。
 
「力を試してもらおうか」
 と、ゼンダが重々しく言った。そしてこう続けた。
「お前の中に眠っている力を感じることは出来たが、呼び覚ますのは時間を要する。無理に呼び起こせば今のお前ではその力に飲み込まれてしまうだろう」
 
気安く近寄るには恐れ多くも感じる程の存在感。良子が初めてこの部屋に来たとき、周囲の人間はこの老爺に敬する目を向けていた。
 
「力を試すって……?」
 と、良子はカイに尋ねた。
「ヨーコちゃんの力試し。おっちゃんがヨーコちゃんの中で眠ってる力に呼びかけたんだ! だから、うん、大丈夫! 多分!」
 
 おっちゃんって、ゼンダっていう人のこと?
 
「カイさんって……」
「カイでいいよー、ヨーコウ!」
 と、良子の名前をおかしく呼んだ彼。
「カイさん!?」
 突然ルイは怒るように彼の名前を呼び、
「リョーコさん、僕もついて行きますから、安心してください」
 と、良子には笑顔を見せた。
 
今までまともに勉強をしてこなかった良子にとっては、まだ何者かもわからないゼンダという老爺や、優しいルイに話を訊くより、親しみやすいカイに話を訊いたほうが分かりやすく説明してくれるような気がした。
 
「んじゃ、こんなつまんない部屋にいつまでもいないで、外に行っくよー!」
 そう言って、カイは元気よく真っ先に部屋を出ると、
「行きましょう」
 と、ルイが良子の背中に手を添えて部屋の外へと促した。
「……はい」
 良子はか細い声で返事をした。
 
剣を握っただけで、剣の使い方は教わっていないというのに、部屋を出ると待っていたカイに手を引かれて外へと飛び出して行った。
 
良子が居た建物から一歩外へ踏み出すと、そこには大きな噴水や彫像、常緑低木で囲まれた花壇が左右対称に並べられている開放的で美しい庭園が広がっていた。その中央には遠くに見える敷地の出入り口へと続く石畳が真っ直ぐに伸びている。
 
カイは、ポカンと佇む良子の手を引きながら長い石畳を歩き、敷地を出た。
そこにある景色は想像と遥かに違っていた。人々の深刻そうな様子から、枯れ果てた大地が広がっているのだろうと思っていたが、沢山の木々や草花が広がり、風に揺れていた。見上げると澄んだ青い空。本当にこの世界に、終わりが近づいているのだろうか。
ゆっくりと気持ち良さそうに流れる雲。この空は……続いているのかな。住む世界が違うということは、見てる空も違うのかな……。
 
「ヨーコちゃん、何し……?! ぎゃあぁああ!! 出たぁあぁあぁ?!」
「なにっ?!」
 
カイの叫び声に振り返ると、2メートルはある大きな獣が、二本足で立ち、良子に牙を向けていた。顔は狼のように鼻が突き出し、鮫のような尖った歯が無数に生えている見たことのない気味の悪い生き物だった。
 
「リョーコさん! 剣を!!」
 
叫んだルイの声は良子の耳に届いていた。何をすればいいのかも分かっていた。けれど、あまりの恐怖に体が固まって身動きがとれなかった。
 
「ゆ……雪斗!!」
 
思わず助けを求めた。とっさに口から出たのは、恋人の名前だった。
 

──どうしてあの時、君の名前を叫んだのか、自分でも分からない。
君ならどうにかしてくれると思ったのかな
 
 
此処に雪斗は
いないのにね。


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