voice of mind - by ルイランノキ |
トーマスが運転するバイクは左へと曲がった。
「トーマスさん……」
「…………」
「トーマスさん! ポケットにっ……紙切れが入ってたんですけどこれってっ……」
「…………」
「トーマスさん?!」
「黙ってろッ!!」
悪い予感が的中しないことを願った。でもこの紙切れはどう説明する? なんで連絡先の部分だけ破ってポケットに……? 自問自答しようとしても、いい答えは見つからなかった。
「トーマスさん! 答えてください!!」
「殺しはしねぇよ」
風を切る音に混じって、ハッキリと聞こえた。
トーマスは、アールを売るつもりなのだ。
アールの手からひらりと紙切れが風に飛んで行った。悔しくて悔しくて、しがみつく腕に力が入る。
「トーマスさん……」
信じていたのに。
バイクがまた道を曲がろうとして、少しだけスピードが落ちた。その隙を見て、アールは黙って手を離した。
「おいッ!?」
アールの体は地面に強く打ち付けられ、激しく転がった。建物の壁にぶつかって止まったが、あまりの痛みにすぐには起き上がれなかった。
バイクのブレーキ音が煩く響き、周囲にいた住人が一斉に目を向けた。
信じたほうが悪いの……?
痛みに呻きながら、アールはゆっくりと体を起こした。
「女だ! アール・イウビーレがいたぞ!」
なにその変な名前……私か……。
アールは力いっぱい立ち上がると、左足にビキッと激痛が走り、顔をしかめた。
それでも構わず走り出した。いつの間にかフードが脱げていることにも気づかずに。
「追えッ! 50万だぞッ!!」
不思議なもので、焦る自分と、冷静な自分がいる。せめて名前で呼んでほしいと思った。
前方の角から、男が2人飛び出してきた。手には短剣を握っている。向かって来るアールに、その剣先を向けた。
アールは力無く立ち止まった。喘息のような息苦しさに、胸を押さえる。
「アールちゃん? 大人しくしてもらおうか」
後ろから追っていた住人が追いつき、アールを囲んだ。
「さて……誰が捕まえるんだ?」
住人の一人が言ったその言葉を合図に、一斉に襲い掛かってきた。
アールは咄嗟に剣を手にして振りまわすと、威勢のよかった住人は一瞬怯んでみせた。
「なっ……なんだ?! そんなもんどこに持ってやがった?!」
だが、鞘にしまってあることに気づくと冷ややかに笑った。
「そんなんじゃ斬れねぇぞ?」
「……うるさい。はじめから斬るつもりなんかない」
アールは剣を構え、そう言った。
「そんなんじゃ自分の身は守れねぇよッ!」
短剣を振りかざした男。背後から掴み掛かる住人。アールは必死に剣を振り回したが、別の住人に腕を掴まれてしまった。
「離してッ」
と、アールは身をよじる。
「俺が捕まえたんだぞ!」
「いや俺だッ!」
「おまえらは何もしてねぇだろッ!」
滑稽なことに、住人達で言い争いが始まった。
「いいから離せ! 女は俺のもんだ!」
「うるせぇ! テメェが下がってろ!?」
──なにこの茶番……。
自分を取り合う男たち。これが恋愛ドラマのワンシーンならどんなにいいことか。
そう思ったとき、「流疾風!」と、また聞き慣れた声がした。
突然強風が吹き、地面に尻餅をつく住人たち。アールもよろめいて尻餅をついた。
「アールちゃん! 助けにきたよっ!」
アールが目を細めながら見遣ると、自転車に跨がったカイ2号がいた。
「……カイ君」
「後ろに乗れよ!」
「…………」
アールはよろめきながら立ち上がったが、戸惑った。トーマスに裏切られたばかりだ。
「なにやってんだよ!」
「私……」
住人の手が、アールの足を掴んだ。
「俺が捕まえたんだ!」
「しつこいっ!」
とアールは剣で手をたたき落とし、カイの元へ走った。
──信じたわけじゃない。
「しっかり掴まってろよー?」
住人たちが体を起こし、向かってくる。
「行くよ! 追い風っ!」
「きゃあ!」
自転車は猛スピードで住人達の間を通り抜けて行った。
スピードは落ちることなく、バイクと変わらぬ速さで走ってゆく。
アールはカイにしがみつき、お尻の痛みに耐えた。振動が直に感じて、バイクのほうが確実に快適だった。
どこに行くんだろう。アールは怖くて訊けずにいた。
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「どこに逃げやがった前髪野郎!」
と、カイがいる公園で歩き回る男がいる。
カイは木の上で息を潜めていた。──前髪野郎ってネーミングセンス疑うなぁ。
「逃げてばっかいねーで正々堂々と戦えーっ!」
逃げるが勝ちだしぃ……と、カイは思う。 男が離れて行ったのを確認し、カイはポケットから携帯電話を出した。
「誰にかけよっかなぁ……」
──やっぱりアール? でも出てくれるかなぁ。てゆうかアールが出ても俺助けに行けないし、助けに来てもらうのもアールには無理っぽいから……やっぱシド? いやいや、シドのほうが電話に出ないかも。それに俺、殴り起こされたことまだ怒ってるし。
そう長々と考え、消去法で電話を掛ける相手はルイに決まった。
「出るかなぁ……」
小声で呟きながら、ルイが電話に出るのを待つ。しかし、なかなか出ない。
「んもう……なにやってんだろーっ」
なにやってるもなにも、ルイも逃走中である。
仕方なく電話を切ろうとしたとき、小石が飛んできた。
「わっ?!」
カイは驚いて足を踏み外しそうになった。
恐る恐る眼下に目を向けると、5才くらいの女の子が、カイを見上げていた。
「なーんだ、子供か」
「なにしてんのぉー?」
と、無邪気に訊いてきた少女に、シーッと人差し指を立てたカイ。
「静かに。かくれんぼ中だからぁ」
「かくれんぼー?」
「そう。だから静かにねー」
少女は辺りを見渡す。
「鬼さんはどこー?」
「……そこら中にいっぱいだよぉ」
「じゃー見つかっちゃうね」
と、笑う少女。
「そうなんだよねぇ……はぁ……」
「じゃーおうちにおいでよ」
「え?」
「おやつもあるよ」
「あ! 行く行くぅー! ……っと言いたいとこだけど、ママとパパいるでしょー?」
「いないよ。お留守番なの」
「一人で?」
「うん」
「偉いねぇ」
「来ないの? おままごとしよー?」
「お菓子くれる?」
「うん!」
「オッケー」
と、カイは周囲を確認し、木からひょいと飛び降りた。
「おうちすぐ近くだよ」
「オッケー、オッケー。静かに行こう!」
「鬼さんに見つかるもんね!」
「そうそう」
と、カイは腰を屈めながら少女について歩く。どっちが子供かわからない。
「ところで君、名前はぁ?」
「メアリー。おじちゃんは?」
「おじ……おじ……?」
Thank you... |