voice of mind - by ルイランノキ |
「とーちゃくだよー」
と、自転車を止めたカイ2号。
「……ここって」
たどり着いた場所に、小首を傾げた。
「俺ん家だよ、ぽぽ店」
「……なんで?」
アールは自転車から降り、後ずさった。
「なんでって、ここにいたほうが安全だからよ。正面口もどこも住人が待ち構えてて近寄れないよ」
「そうなの……?」
「おうよ。ま、うちで一杯飲みなよ。お茶しかないけどよ」
と、2号は店のドアを開ける。
アールは立ち尽くしていた。
信じてもいいのだろうか。もしまた騙されたら? でも彼はシドとカゲグモを倒した。アーム玉をくれた。カイとは仲良しだ。裏切るなんてことは……。
「どうしたよ? 外にいると危険だよ?」
と、2号は心配そうに言った。
店のドアの前で、アールを待つ2号。
騙しているなら無理にでも家に入れようとするだろう。アールは今、逃げようと思えば、逃げられる状況にいた。
「ぽぽ店……嫌いかよ?」
と、2号はしゅんと肩を落とした。
「あっ違うの。考えごと……」
信じよう。 疑いたくはないから。
「おじゃまします」
アールはポポ店に足を踏み入れた。
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──中央区南付近。
街中のいたる場所に大きさが異なる正方形の結界が点々としている。
「ここから出せーっ!」
と、それぞれの結界の中に捕らえられている住人が叫んでいた。「あの魔導師め……っ」
ルイは枝道を東に入り、ふと足を止めた。衣類が詰め込まれたゴミ袋を見つけたのだ。勝手に拝借していいものか悩んだが、今はマナーを気にしている場合ではない。
ゴミ袋の前にしゃがみ込み、手を合わせた。
「お借りします」
ゴミ袋を開け、フード付きのコートを見つけた。穴が空いていることは気にも止めずに羽織る。
きちんとゴミ袋の口を結び、人の気配がないか確認すると、携帯電話を取り出した。カイからの着信があったようだ。ルイは折り返し電話をかけた。
その頃カイは少女メアリーの家に身を隠していた。少女の部屋は、ごみ箱から拾ってきたような汚れたぬいぐるみが沢山並んでいる。床には少女が描いた絵が置かれているが、広告の裏に描いてあった。
裕福とは言い難い家。ログ街の住人の大半は皆、このような生活をしている。
「おじちゃんは赤ちゃんね」
と、メアリーは言う。
「“お兄ちゃん”ね。赤ちゃん役ぅ?」
「うん、メアリーがおかあさんやるから!」
「わかったバブゥ!」
「よしよし、いい子いい子」
と、メアリーはカイの頭を撫でた。
おままごとがはじまり、メアリーが小さなテーブルの上で料理を作る真似をする。
「もうすぐハンバーグ出来ますからねー」
──赤ちゃんにハンバーグ? 粉ミルクじゃなくて?
そう疑問に思ったが、あえて何も言わずにおままごとに付き合うカイ。といっても、彼は横になって寝ているだけだ。赤ちゃん役は随分と楽である。
ふと、ポケットから振動を感じた。携帯電話が鳴っている。体を起こして電話に出ると、メアリーが頬を膨らませた。
「あーっ、寝てなきゃダメだよぉ!」
「ごめんごめん、ちょっと待って!」
と、片手を上げて“ごめん”のポーズ。
『もしもし、カイさん? 無事ですか?』
と、ルイからの電話だ。
「あ、無事だよぉ。今ねー、可愛い女の子の家に匿ってもらってんのー」
『可愛い女の子? とにかく無事ならよかったです。シドさんやアールさんから連絡は?』
「全然ないよぉ……」
「ごはん、できましたよー」
と、メアリーは電話中のカイに構わず言った。「はい、お口あけて?」
「あーん!」
『カイさん? 今なにを……』
「なにって、おままごと」
『おままごと? 可愛い女の子というのは、幼い子ですか』
「うん、そうそう」
「おいしぃーですかぁ?」
「おいしぃーい!」
そう言いながら、一体俺は何才の設定なんだ? と、疑問に思う。
『──カイさん、家には女の子と2人だけですか?』
「うん。両親はねー、俺達を捕まえに出かけてるらしいんだ」
『……ご両親が帰ってきたら大変ですよ』
「やっぱそう思うー? でも俺の推理聞いてくれるー?」
『なんです?』
「メアリーちゃんの両親は暫く帰ってこないと思うんだよねー。だって俺達はなかなか捕まらないはずだ・か・ら!」
「オムツかえましょうねー」
「はーい! って……え? いやいやオムツは大丈夫!」
と、焦るカイ。
『カイさん、僕の予想を聞いてもらってもよろしいですか? 両親のどちらかがすぐに帰ってくると思いますよ。道端に情報紙が落ちていたのを見ましたが、僕は殺人犯になっていますし、カイさんは子供を恐喝したと書かれていましたから、子供をひとり家に置いたまま長らく帰らないというのは……まずありえないかと』
「えっ……」
ルイの予想は的中した。玄関のドアが開く音がして、メアリーが玄関へと走って行ったのだ。
「ママー! おかえりぃ!」
カイがいるメアリーの部屋は、運よく玄関から死角になっている。
「ヤバいよルイーっママさん帰ってきたっ」
と、カイはそっと立ち上がり、周りを確認する。
『大丈夫ですか?!』
「なんとかなるさー。また後でねー」
と、カイは電話を切って部屋の窓をそっと開けた。
「ただいまメアリー。いい子にしてた?」
「うん! おじ……おにいちゃんと、おままごとしてたの!」
「おにいちゃん……?」
ヤバいヤバいヤバいヤバい……。
カイは窓の縁に足を掛けた。
「うん、ママにも紹介するねー」
と、メアリーは母親の手を掴んで部屋へと引っ張った。
「この人だよー!」
と、メアリーが指をさすと、既にカイの姿はなかった。
窓が開いていることに気づいた母親は、情報紙をメアリーに見せた。
「この中の人じゃないわよね?!」
「……あ、このひとー」
と、メアリーはカイの顔写真を指差した。
「誰か! 誰か来てーッ!!」
母親の叫ぶ声が、間一髪逃げ出したカイの耳にも届いた。
「うひゃあ……チョーやばい!!」
カイはまた公園へと向かう。
しかし武器を持った住人がうろついているのが見え、カイは木の影に隠れた。
うぅーん……変装しようかなぁ。でも俺、派手な変装道具しか持ってないしぃ。ひとりで街の外に出られるかって言ったら無理だしぃ。
カイは頭を抱えていると、背後に気配を感じた。
「あ……」
「ママー! このおにいちゃんだよー」
メアリーに見つかってしまった。
「メアリーちゃん! なんで言っちゃうの!」
「ママがね、おにいちゃんは危ない人だよって」
「一緒に仲良く遊んだじゃないかぁ!」
そう言って、カイは裏切られたショックで痛む胸を押さえ、メアリーに背を向けて走り出した。
メアリーの元に駆け寄った母親が再び大声で叫ぶ。
「誰かっ! あの人を捕まえてっ!!」
Thank you... |