voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配19…『救助』

 
トーマスがアールの電話番号を知っていたのは、VRCの参加者名簿を見たからだ。しかし何故連絡してきたのだろうか。
 
「今喋れねぇ状況なら、無理して喋らなくていい。──情報紙見たぞ。ワオンも知ってる」
 
ワオンさんも……。
アールは視線を落とした。
 
「俺はほっとけっつったんだが、ワオンは仕事を放棄してまであんたを捜しに出た。──勿論、あんたを助けるためだ。俺はあんたを助ける義理はねぇが……まぁ手伝ってもらったしな」
 
なんのことだろう?と、アールは首を傾げた。
 
「まぁボロッボロな刀を持ってきやがったけどなっ!」
 
その声に思わずびくりとした。──そうだった。すっかり忘れていた。
 
「つーか聞いてんのか? 聞いてんならなんか合図しろ」
 アールは少し戸惑い、人差し指で通話口をトントンと2回叩いた。
「あぁ、聞いてることは聞いてんのか……。お前東口の近くにいんのか? 誰かがお前を見たって話してんのを聞いたから、一応東区に来てんだけどよ」
 アールはまた、トントンと2回鳴らす。
「そうか……。東区の第二幼稚園があるとこわかるか? そこまでバイクで来てるから正面口まで運んでやる」
「…………」
 “わからない”をどう伝えればいいのかわからず、少し迷ってから通話口を爪でガリガリと擦った。
「だぁ?! うっせーな! なんだ今の!」
「…………」
「……わかんねぇってことか?」
 コンコンと、また2回鳴らすアール。
「じゃあ公園は? 第一公園。錆び付いたブランコしかねぇ公園だよ」
 ガリガリと鳴らす。
「あ"ぁもう! ならどこならわかんだよッ!」
 
短気なトーマスはとうとうぶちギレた。怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、背後に気配を感じて振り返るとそこにアールが立っていた。驚いたもののすぐに呆れた顔をする。
 
「お前なぁ……いるならさっさと出てこいよッ!」
「……すいません。怖くて」
 
携帯電話を閉じ、トーマスはアールに近づいた。
 
「もっと深く被ってろ!」
 と、アールが被っていたフードを下げた。
「うぃ……」
「うぃ? ほら、靴持ってきてやったから履き替えろっ」
 と、トーマスは辺りを警戒しながら、シキンチャク袋から底の分厚い靴を取り出した。
「なにこれ……」
「靴だよ靴ッ! 情報紙には身長まで書かれてたからな。少しはごまかせるだろ」
「あ……ありがとうございます」
 そう言ってアールは靴を履きかえた。「用意がいいですね……」
「ワオンが身長でバレるとかなんとか言ってたからな」
 と、ぶっきらぼうに言うトーマス。
 
アールは、トーマスは意外と優しい人なんだと感じた。ほんとシドに似ている。
 
「堂々とズカズカ歩け。バイクを置いてるとこまで行くからな」
「堂々とズカズカ?」
「男みてぇに歩けってことだよッ!」
「はい……」
 アールは、トーマスの後ろを大股で歩いた。ヤンキーの歩き方を意識しながら。
 
トーマスは腰に刀を掛けている。──頼りになりそうだ。
 
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一方シドは、武器を振り回しながら追い掛けてくる住人に苛立っていた。
 
「まて糞ガキぃいぃいぃ!」
「誰が待つかボケッ!」
 と、刀を手に走る。
 
前方で待ち構えていた住人と戦闘し、隙をついて逃げた。
建物の角を曲がった瞬間、上から槍が降ってきた。危うく串刺しになるところだったが間一髪で交わして見上げると、建物の中から女が顔を覗かせていた。左腕には赤ん坊、右手には槍を構えている。
 
「うわ……おっかねぇなぁ……」
 そう呟きながら、東口へと、アールの救助へ向かう。
 
 
シドと逸れたルイは、シドではなく、カイを捜し回っていた。
 
「いたぞ! 魔導師ッ!!」
「見つかってしまいましたね……」
 
ロッドを片手に、追う者から逃げるルイ。しかし逃げた先には新たに自分を狙う者が待ち構えていた。
あっという間に囲まれてしまう。
 
「……仕方がありませんね。カイさんは後回しにして、軽く戦闘といきましょうか」
 
 
そしてカイは、中央区南東にある公園にそびえ立つ大きな木の上に身を潜めていた。
真っ赤に腫れ上がった右頬をさする。
 
「シドのやつぅ……あんな起こし方しなくてもいいのにぃ……」
 
カイとルイが騒ぎを知ったのは、シドが住人の異変に気づいてホテルに戻って知らせたからである。
その時まだ眠っていたカイは、シドに殴り起こされたのだ。
 
「アールは大丈夫かなぁ。あいたたた……」
 
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停車させていたトーマスのバイクが見えてきたとき、遠くにいる住人の視線を感じたアールは、トーマスに助けを求めようとした。
 
「トーマスさん……」
「堂々としてろ!」
「はい……」
 
無事にバイクの前までたどり着くと、トーマスがバイクに跨がり、エンジンを蒸す。
 
「顔を確認するまでは、殺そうとはしないだろうから安心しろ」
「はい……」
 アールはトーマスの後ろに跨がった。
「バイクに乗ってる間は身長がごまかせねぇから、背中で顔を伏せてろ。それから、運転が荒くなるからしっかり掴まってろ。振り落とされんなよ?!」
「はいっ……」
 アールはトーマスの腰に手を回し、背中に顔をうずめた。
 
アールを乗せたバイクが走り出す。顔をうずめているせいで周囲が確認出来ず、不安が募る一方だ。
 
無事に正面口まで辿り着けることを祈っていると、突然銃声が響いてバイクがぐらついた。
 
「なにッ?!」
 と、アールは声を上げた。
「静かにしてろッ! 誰かが撃ちやがった!」
 アールはトーマスにしがみつく腕をギュッと強めた。
「──心配いらねぇよ。弾はハンドルをかすめただけだ。もっと飛ばすぞ」
「…………」
 住人の声が通りすぎてゆく。自分を呼ぶ声がして、体が強張った。
 
街の住人が殺人鬼にでもなった気分だ。──こんな街、早く出たい。
 
バイクは暫く走り続け、アールは顔をうずめたまま、ふと目を開けた。トーマスのお尻のポケットに、破られた紙が挟まっている。
 
──なんだろう……。
 
目を懲らしてみると、小さな文章が書かれている。手書きではなく、印刷されたものだ。
風に靡いて飛んでいきそうだったので、アールは片手を離して紙切れに手を伸ばした。
 
「なにやってる?! しっかり掴まってろ!」
「あ……フードがめくれそうで……」
 
なぜ咄嗟に嘘をついたのか。無意識にそう言ったほうがいい気がしたのだろう。
アールは紙切れをトーマスのポケットから抜き取った。薄い紙切れだからか、トーマスは気づいていない。
アールは片手でしっかりとトーマスにしがみつきながら、紙切れに目をやった。
 
 《賞金500,000ミル。連絡先──》
 
──え……? これって情報紙の……
 
「曲がるぞ!」
 そう言われ、思わず紙切れを持ったまま手をトーマスの腹へと回した。
 
一瞬、トーマスがアールの手元を一瞥したのがわかった。
 

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©Kamikawa
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