voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配18…『逃走』

 
「悪いが俺はあんたを守れない」
 そう言い残し、男はアールを残して走り去る。
「ちょっ……なに? どうゆう意味?!」
 
アールはすぐに男の後を追うが、あっという間に引き離されてしまった。
幸いなことに真っ直ぐ歩いて来たため、帰り道はわかる。息を切らし、男を追うのは諦めて歩きながら街へと戻る。
 
「取引きを破棄って……」
 アールは、はたと足を止めた。
 
まさかあのでたらめな情報をばら撒かれたのだろうか。
いや、そんなはずはない。200万で手を打つと約束したばかりだ。
 
「……最初からそんなつもりなかったとしたら?」
 
ログ街の住人を信じるなと、いろんな人に言われたことを思い出す。
アールは男から受け取ったコートを着て、フードを深々と被った。──まだ決めつけるのは早い。ばら撒かれていないかもしれない。とにもかくにも街に戻って状況を確認しなければ。
 
アールは足早に街へ戻ったが、すぐにその身を隠すことになった。街の住人達がなにやら荒々しい様子で集まっている。その手には情報紙が握られていた。
 
アールは近くの廃棄に身を隠し、耳を澄ませた。住人の会話が耳に入る。
 
「情報紙見たか? こいつら捕まえたら50万だってよ!」
「剣士が3人と魔導師か……絶対に俺が捕まえてやる!」
「1人50万だろ?」
「生きて捕まえればな」
「殺しは無しか……」
「殺しても、──25万だ」
 
──ちょっとまって……嘘でしょ?!
 
アールは事態を把握し、体を強張らせた。その直後、目と鼻の先で人の足音が聞こえ、息を殺して出来る限り身を屈めた。
 
「どうした?」
 と、男の声。
「いや、今朝早くに女を乗せたバイクが東口に止まったのを見たんだ。ついさっきそのバイクが通り過ぎたのを見たんだが、乗ってたのは男だけだった」
 と、もう一人の声。
 
息遣いが聞こえるほどの至近距離に、彼等がいる。アールは息をのんだ。
 
「その女って賞金が掛かってるこの……アールって女か?」
「あぁ、間違いねぇよ。ハッキリ見たからな」
「ってことは……」
「あぁ、まだ外にいるか、──この近くで身を潜めてる」
 
男達の足音が、アールに迫ってきた。──見つかる!
アールは咄嗟に廃棄から駆け出した。
 
「なんだ?!」
「追えッ! 女だ! 女がいたぞッ!!」
 
体が恐怖で強張り、足がもつれそうになる。後ろを振り返る余裕もなく、ひたすらに走った。鞘にしまう暇も余裕もなく手に持っている剣がバランスを乱して走りにくい。
コートで身を隠しても、身長や体格で女だとバレてしまう。アールはとにかくがむしゃらに走った。
 
「待てーっ!」
 
足音や声で追いかけてくる人数が増えていることに気づき、建物の間に入り込んだ。邪魔な武器を鞘にしまい、ネックレスに戻した。──まっすぐに走ってたら追いつかれる!
小さい体のおかげで狭い道も難無く走り抜けることができた。休む暇なく、全速力で逃げる。息と体力がどこまで続くかが問題だ。
 
「くそっ! 向こうから回れ! 絶対に逃がすなッ!」
 
至る場所に廃墟がある。身を隠そうかと頭を過ぎるが、どの廃墟も窓ガラスが割れてつつぬけになっているせいで隠れる場所がない。隠れたとしても侵入されたら逃げ場を失う危険性もあった。
足が遅く、体力のないアールだったが、細い道ばかりを走り、なんとか男達を撒くことが出来た。
 
粗大ごみや鉄、木材などが山積みにされた小さな空き地を見つけ、アールは隙間に身を潜めて呼吸を整えた。
 
「どうしよう……」
 
その時、突然携帯電話が鳴って心臓が飛び上がるほど驚いた。震える手で慌てて電話に出る。
 
「も、もしもし……」
 小声にもかかわらず、声まで震えていた。
『アールさん?! 今どこですか?!』
「ルイ……」
 ルイの声に、涙が出そうになった。
『大変なことになりましたっ…… 詳しいことは後で話します! 今どこですか?! 迎えに行きますから、人目の付かない場所でじっとしていてください!』
「ルイ……どうしよう私……──ッ?!」
 アールは、携帯電話を耳から離した。
 目の前に、自分を覗き込む男の顔があったからだ。背筋が凍る。
『もしもし?! アールさん?!』
「見つけたぞッ!!」
 と、男の太い手がアールに伸びた。
 
アールは悲鳴を上げた。男の手がアールの胸倉を掴んで引きずり出す。アールは咄嗟に持っていた携帯電話で男の鼻を目掛けて殴った。
 
「いっでぇッ?!」
 
男が怯んだ隙に逃げようと思ったが、反射的に近くにあった鉄パイプを握っていた。──そして、男の背中を力任せに殴り、逃走。
幸い、隠れていたアールを見つけたのは男一人だけだった。
鉄パイプを持ったまま人目の付かない道を走る。体力がないせいですぐに足がもつれ躓いた。近くの建物に身を隠し、キョロキョロと辺りを見回して逃げ道も確保した。
音を立てないように鉄パイプをゆっくりと床に置く。携帯電話を見ると電話は切れていた。
 
──かけ直すべきだろうか。でも、居場所を言ってもまた移動するかもしれない。心配するなと強気を言えない状況。冷静な判断が出来ない。
 
とにかくマナーモードにしておこうと携帯電話を見遣るが、やり方がわからなかった。頭が混乱しているせいもあり、なかなか設定が見つからない。──電源を切ろうか。でも切ってしまえば連絡が取れなくなる。
 
 一人で解決出来る隠し事なら無理に聞き出さねぇが、出来ねぇなら話せ
 
シドが言った言葉が胸に刺さり、自分を責めた。こんなことになるならちゃんと話せばよかった……。
 
アールはルイに電話をかけ直した。しかし、呼び出し音がなるばかりで電話に出ない。
ルイ達も追われているのかもしれない。電話を切った直後、今度はシドから着信が来た。
 
「もしもし……」
 電話の向こうから、シドの荒れた息遣いが聞こえる。
『お前……今どこだ……』
「……東口の近く」
『東?! なんでそんな遠くにいんだよっ!』
 押し殺した声で、怒鳴る。
「ごめん……私のせい……」
『はぁ?! とにかく、今は大丈夫か?』
「うん……隠れてる。やっぱりシドも追われてるの?」
『全員追われてるっての! ルイと一緒にいたんだが、さっき逸れ──』
 と、シドの声が途切れた。
「もしもし……? もしもしシド?」
 
通話が途切れたことを知らせる電子音が鳴る。アールは携帯電話を閉じ、バクバクと脈打つ胸を抑えた。──落ち着こう。
もう一度携帯電話を見て、マナーモードの設定を探す。隠れていても音が鳴っては元も子もない。メニュー画面を開き、設定画面からなんとかマナーモードに変えることができた。ポケットにしまい、聞き耳を立てる。遠くで走り回る住人の足音が聞こえる。
 
アールは武器を持つべきか考えた。剣は脅しになるが、謝って人を斬ってしまったらと考えるとどうしてもためらってしまう。自分が殺されるかもしれないのに、躊躇している場合ではないかもしれないが、人を斬りたくはなかった。
鉄パイプは重く、走るときに邪魔になる。コンパクトに収納出来たらどんなにいいか。
 
アールは考えた末、ネックレスから剣を取り外して元の大きさに戻したあと、鞘についている腰に巻く為の下緒(さげお)を鍔に巻き付け、剣が鞘から抜けないように固定した。
 
「これなら斬ることもない……」
 そう呟いて剣をネックレスに戻した。
 
あとはこれからどうするかだ。
ここでじっとして、シド達が来るのを待つべきだろうか。でも待っている間に見つかるかもしれない。見つかってから逃げるか、今のうちに出来る限りログ街の正面口である南西区へ向かうか……。
 
アールは頭を悩ませた。大人しく捕まるという選択肢はない。大人しくしていれば殺されることはないかもしれないが、捕まった後に逃げられるかどうかはわからない。
 
すぐ近くで瓶が倒れるような音がした。
アールはびくりと体を強張らせ、静かに息を潜める。──誰か来る……。
逃げ道に目を遣った。暴れている心臓の音が周りにまで聞こえているのではないかと、ハラハラする。
 
「アール……いるなら出てこい」
 
それはどこかで聞いたことのある声だった。
 
「ここにもいない……か」
 
──と、今度はマナーモードにしていた携帯電話の振動を感じた。出ようか迷う。小さな物音も立てたくはない。
鳴りつづける携帯電話。近くにいる男が呟いた。
 
「出ねぇな……」
 
──え……?
電話を掛けているのは、すぐ近くにいる男だ。アールはそっとポケットから携帯電話を抜き取り、両手で静かに開いた。画面には見知らぬ番号が表示されている。知らない人だろうか。でも、確かにどこかで聞いたことのある声。
 
すぐ近くにいる男が電話を掛けていると断言は出来ないが、ここまで来ると気になってしょうがない。
アールは、通話ボタンを押し、黙ったまま耳に当てた。
 
「お、アールか?」
 電話を通して聞こえる声と、すぐ近くから聞こえる声が二重に重なる。
「おい、聞こえてんのか?」
「…………」
「……今、喋れねぇ状況か」
 的中した言葉に、アールはドキリとした。
「俺がわかるか? トーマスだ」
「──!?」
 

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©Kamikawa
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