voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配14…『出納』

 
午後9時。
なかなか帰らないアールを心配し、ルイは窓を開けて外を眺めていた。今から帰るとの連絡があってから2時間は経っている。何かあったのだろうか。
 
カイはベッドに横になり、漫画雑誌を読んでいる。シドは刀の手入れ中だ。
ルイは窓を閉め、ポケットから携帯電話を取り出した。アールに電話を掛けようとした時、部屋のドアが開く音がした。
 
「アールさん?」
 ドアへ向かうと、浮かない表情のアールが立っていた。
「……あ、ただいま」
 と、不自然に笑顔を作ったアール。「遅くなってごめんね。お腹空いちゃった」
「おかえりなさい」
 アールの様子がおかしいことに気づく。「何かあったのですか?」
「え……?」
「顔色が優れないようですが……」
「お腹空いてるからね」
 と、アールは苦笑した。「それに仕事頑張りすぎたかな」
 
アールは部屋に上がると個室に入っていった。
アールの様子を気にかけながら、ルイは1階へと夕食を取りに行く。
 
個室に入ったアールは椅子に腰掛けた。テーブルに肘をつき、頭を抱えた。あれからテリーという男と、交渉をしていた。
 
「──取引をしませんか?」
 と、テリーは言った。
「取引き……?」
「はい。情報を流さない代わりに、現金を用意して頂きたい。200万で手を打ちましょう」
「200万……そんな大金ありません!」
「仲間の命と比べれば、かなり安いと思いますがね」
「仲間の命?」
「情報を流せばどうなるか、わかっていないようですね。街の全ての住人が、あなた方の敵になる。人を殺すことなど、たやすいのです。ログ街には“経験者”が多数存在しますからね」
「でも200万なんて……」
「仕事はいくらでもありますよ。一週間、待ちましょう。ただし、このことは仲間には話さないように。話した時点で情報紙をばらまきます。こちらとしても商売ですので。──それでは、いいお返事をお待ちしております」
 
──なんて勝手な男なんだろう。
アールはそう思いながら、個室で一人、頭を悩ませた。仲間に話した時点でばらまくということは、どこかで見ているのだろうか。エレベーターの事件といい、どこに怪しい人物が潜んでいるのかわからない。下手な行動はとれない。
 
個室の戸をノックする音がした。アールは顔を上げて戸を開けると、ルイが夕飯を持っていた。
 
「ありがとう。こっちで食べるね」
 と、アールは夕飯を受け取る。
「やはりどこか具合でも……」
 そう心配するルイに、相談したくなったが堪えた。
「ううん。疲れてるだけ。食べたらもう寝るから。ごめんね、おやすみ」
 と、早々と寝る挨拶をして戸を閉めた。
 
夕食をテーブルに置く。朝から何も食べていないのに、食欲がわかなくなっていた。箸でおかずを突きながら、頭の中はテリーのことでいっぱいだった。
どうしたらいいんだろう……。一週間で200万を稼げる仕事を探すしかない。夕食を口に運び、無理矢理飲み込んだ。
隣の部屋からルイ達の話し声が漏れてきた。
 
「アール元気ないー?」
 と、カイの声。
「そのようですね……」
「完成したパズル見せようと思ったのにぃ」
「明日見せてはいかがですか?」
「どこ行ってたんだ?」
 と、今度はシドが訊く。
「アールさんですか? お仕事です」
「は? 仕事?」
「えぇ……実は……」
 
アールは箸を置き、耳を塞いだ。──どうしよう どうしよう どうしよう。
明日はVRCに行かなければならない。仕事を探すなら夕方からになる。新しい仕事を探すならスマイリーの仕事を断らなければならない。1週間で大金を稼げる仕事はすぐに見つかるだろうか。そもそもいつまでログ街に滞在するのだろう。情報をばらまかれる前に街を出れば問題はないはずだ。
 
食事がなかなか喉を通らなかったが、1時間掛けて飲み物と一緒に胃へ流し入れた。無理に完食したせいで吐き気がする。
ルイ達がいる部屋に意識を向けると、時折ルイとシドの会話は聞こえるが、カイの声は聞こえない。きっと早々と眠りについたのだろう。
 
ルイに寝ると伝えたアールだったが、どうしても訊きたいことがあり、個室の戸を開けた。
椅子に座って本を読んでいたルイがアールに気づき、心配そうな面持ちで席を立った。
シドは床に座り、カイが読んでいた漫画雑誌に目を向けている。
 
「……ルイ、ちょっといい?」
 
アールがそう言うと、ルイはアールの目の前まで歩み寄った。シドがアールに目を向けたが、すぐに雑誌に視線を戻した。
 
「どうかなさいましたか?」
「大したことじゃないんだけど、ログ街にはいつまでいるのかなと思って」
 
アールが何故そんな質問をしてきたのか気になったが、ルイは暫し考えて答えた。
 
「モーメルさんに頼んでいる物が出来上がるのを待たなければなりませんし、アールさんはVRCで出来る限り力を身につける必要があります。旅の資金も必要ですし……もうしばらくは滞在することになりますが」
「もうしばらくって? 1週間?」
「そうですね……短くて1週間ほどです」
 アールは目を逸らし、険しい表情をした。
「何かあったのですか?」
 ルイが再び尋ねるが、アールは笑顔を作って首を振った。
 
アールが何かを隠していることに感づいているルイは、引き下がらずに質問を続けた。
 
「アールさん、何かあったのなら話してください。仕事の帰りに、なにかあったのではありませんか?」
「なにもないよ。おやすみ」
 と、個室の戸を閉めようとするアールの腕を、ルイが掴んだ。
 
ルイの表情に笑顔はない。
 
「隠し事か?」
 と、それまで黙っていたシドが立ち上がり、ルイの隣に立った。「一人で解決出来る隠し事なら無理に聞き出さねぇが、出来ねぇなら話せ」
「……なんでもないったら」
「アールさん、一人で抱え込まないでください」
 
アールは思いつめた顔をして暫く考えたあと、口を開いた。
 
「200万……200万稼げる仕事ないかな」
「200万?」
 と、ルイとシドは声を合わせた。
「そんな大金どーすんだよ」
 
──話せば、ばらまかれる。……本当に? 今はホテルの部屋の中だ。盗聴器でもない限り、話してもバレないんじゃ……?
と、アールは思いはじめた。
しかしこの世界には魔法が存在する。何が可能で何が不可能なのかわからないが、盗聴など簡単なのかもしれない。でも、ただの脅しの可能性もある。
 
「買いたいものが……あって」
 そう答えたアールは、これは嘘じゃないと、自分に言い聞かせた。──情報を買うのだ。あながち嘘ではない。
「200万もする買い物……ですか?」
 ルイが手を離しながら言った。
「うん……」
「だから言ったろ」
 と、シドはため息をついた。「女なんかに金渡すからこうなんだよ」
「……ブランド物か何かですか? ひとつの物ですか? それとも……複数で200万ですか?」
 眉をひそめ、困ったように訊くルイ。
 
アールは黙りこんで答えなかった。
シドはまた床に座り、俺は関係ないといった様子で雑誌をパラパラとめくりはじめた。
 
「ごめん、冗談、冗談」
 と、アールは、個室に一歩踏み入れていたルイを押し出した。「ごめんね、おやすみ」
 
パタリとドアを閉められたルイは、椅子に座り、思考を巡らせた。シキンチャク袋からノートを取り出す。
 
「おい、そのノートってお前がいっつも付けてる節約ノートじゃねぇの?」
「節約ノートというか……金銭出納帳です」
「そんなもん見てどうすんだよ」
 と、シドは雑誌を閉じた。「まさか女に金出すつもりじゃねぇだろうなぁ?」
「……少しくらいなら」
「はぁ? ふざけんなよ! 女が欲しいもんを買う為に稼いでるわけじゃねーだろ! まだ必要なもんもあるってのにッ」
「わかっています。でも少しくらいの贅沢は……」
「200万だぞ?! 何が少しくらいだよ! 少しっつっても1000ミル2000ミルの話じゃねぇだろ?
何万出すつもりだよ! 回復薬を何本買えると思ってんだ!」
 

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