voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配15…『嵐の前』

 
ルイとシドの言い合いは、個室にいたアールにも聞こえていた。そんな中で眠れるわけもなかった。
 
まだ薄暗い午前4時。アールは個室のドアに耳を当てた。なんの音も聞こえないことを確認し、そっとドアを開ける。
ルイもまだ布団で眠っている。物音を立てないようにしながら、部屋を出た。
 
ホテルを出ると、ホームレスがゴミをあさりながら徘徊していた。彼らを横目に、自転車に乗ってあの場所へ向かった。テリーと会った場所だ。
20分ほどでたどり着くと、道の中央にテリーが立っていた。何をするわけでもなく、人形のようにそこに立っていた彼は、相変わらずフードで顔を隠している。
アールは自転車から降りた。
 
「いい返事を、持ってきてくださったようですね」
 と、テリーは言う。
「200万、どうにかして一週間以内に用意します」
「どうにかして……とは?」
「これから仕事を探します」
「そう簡単に見つかるでしょうか。おいしい話には裏があるというものです」
「でも……今すぐ街を出るわけにはいかないので」
「そのようですね。──何でしたら仕事を紹介致しますが」
「紹介? 危険そうですね」
 アールが警戒心を向けると、テリーは微かに笑った。
「危険ではありませんよ。昨日話しましたが、ログ街では裏切り者の命はありません。例え道端に死体が転がっていても、通り掛かった住人は裏切り者だと認識するだけで、涙も見せはしない。死体は腐敗し、悪臭が漂う」
「……それで?」
「そうなれば、誰かが死体を処分しなければならなくなる」
「死体の処分……。それが仕事?」
 と、アールは退いた。
「ええ。簡単なことです。死体を街から運び出せば済む話です。後は外にいる魔物が綺麗に処分してくれる」
「…………」
「どうされますか? まぁ貴女に悩んでいる暇はないと思いますが。──東区域にある廃墟に、死体が2体。これから処分するようですので、貴女はその手伝いを。すぐに迎えが来ます」
「迎え……?」
「ここから現場までは距離がありますからね。大きな袋を抱えてバイクに乗った男が、貴女を迎えに来ます。彼と現場へ」
 
俯き、動揺しているアールに、テリーは言った。
 
「200万支払えなければ……わかっていますよね? 命の保証はありませんよ。死体を目の当たりにすれば、働かざるおえなくなるでしょうが」
 そう言い残し、その場を去った。
 
残されたアールは、不安で痛む胃を押さえてしゃがみ込んだ。
旅の途中で見た、血肉を思い出す。泉の中で見た死体を思い出す。
もう人の死体は見たくはない。死体に触りたくはない。そんな当たり前の感情が心臓を締め付けていく。逃げ出したい衝動にかられる。けれど、立ち上がれない。他に仕事があるかもしれない。でも見つからなければ払えない。 
ふと、シドの言葉を思い出した。
 
 一人で解決出来る隠し事なら無理に聞き出さねぇが、出来ねぇなら話せ
 
頑なに黙っていた責任感に、押し潰されそうになった。
 
間もなくしてバイクの音が近づいてきた。道の先に、バイクが停車した。足が竦む。
バイクに跨がっている男は、テリーと同じコートを身に纏っている。背中にはテリーが言っていた大きな袋を抱えていた。あれに死体を入れるのだろう。
アールは、自転車を置いて歩み寄った。
 
──死体を運べばいいだけ。
 
アールは顔が見えない男の後ろに跨がった。大きな袋を目の当たりにして背筋がぞっとした。赤黒い染みがついている。
バイクが急発進し、アールは男の背中にしがみついた。血が染みついている袋から、異臭が鼻をついた。
 
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午前5時。
ルイが眠る枕元で、アラームがなった。ルイはすぐに起きてアラームを止める。それから背伸びをして、布団から出るとテキパキと布団を畳んだ。カーテンを開けて天気を確認する。悪くない天気だ。
 
洗顔セットを持って1階へ。歯を磨き、顔を洗った。そのまま厨房へ向かう。
 
「おはようございます」
 と、ルイは厨房にいる料理人に挨拶をした。
「お。今日はやけに早いな」
「えぇ。朝のうちにやっておきたいことがありまして」
 
朝食の下準備を1時間ほどかけて済ませ、ルイは一旦部屋へ戻った。シドが目を擦りながら起きたところだった。
 
「シドさん、おはようございます」
「あぁ……」
 寝ぼけ眼でベッドからおりる。
 
シドも歯ブラシを持って1階へ下りた。
ルイは手際よく、シドが寝ていたベッドを畳み、部屋の隅に寄せた。少し窓を開け、空気の入れ換えをする。
シキンチャク袋から布巾を取り出し、テーブルを拭いた。
服を着替え、エレベーターを使ってまた一階へ降りる。入れ違いに階段からシドが上がってくる。さっぱりした様子で部屋に戻り、床に腰を下ろした。
 
「ふわぁああぁ……」
 と、大きな欠伸をしてベッドで寝ているカイを眺めながら、相変わらずよく寝る奴だなぁと思う。
 
ストレッチを始め、10分ほどした頃にルイが朝食を運んできた。
 
「今日は野菜のスープです」
 と、テーブルに置く。
「肉にしろ肉」
 と、少し不機嫌そうに言いながら、シドは席に着いた。
 文句を言いながらも朝食を食べる。
 ルイは個室のドアを一瞥した。アールがいないことに、まだ誰も気づいていない。
「金出すんじゃねーぞ」
 と、シドが注意を促した。
「……わかっています」
 

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