voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界5…『皆の名前』

 
良子は特に体を動かしたわけでもないのに疲れを感じ、彼等の会話を聞きながらいつの間にかぐっすりと眠りについていた。体調を崩してばかりで、精神的にも疲れていたのだろう。
 
そしてそのまま朝を向かえ、耳を塞ぎたくなるような甲高い男の声で目を覚ました。
 
「ヨぉおぉぉぉーコちゃーん!!」
「んっ?! なに……?」
 良子が眠るベットの横でしゃがみ込み、満面の笑みを浮かべている男が、じっと彼女を見つめていた。
「ヨーコちゃん、何歳かなぁ?」
 
目を輝かせて興味津々に訊く彼を見て、寝起きで頭がボーッとしながらも、昨日聞こえた陽気な声は彼だと気が付いた。それに彼も、夢で見た三人の戦士の一人だ。
 
「21歳です……」
「へ? ……嘘だぁああぁぁ?! 嘘つきはキライだよ!!」
 と、前髪を上に縛っていた彼は、信じられないと言わんばかりに大袈裟なほど驚いて、ドアを開けっ放しにしたまま部屋を出て行った。
 
初対面の人にキライだと言われたのは生まれてはじめてである。しかも嘘はついていないのに。

「はぁ……」
 深いため息が出る。
 
夢を見た。母親の雑な手料理を食べて、オシャレをして、恋人の雪斗に会いに行く夢だった。あぁよかった。やっぱり別世界に行ったのなんて夢だったんだ……と、夢の中で思った。でも、夢から覚めて目に映るのは、見知らぬ世界。夢と現実が入れ替わってしまったかのよう。
 
家を出てから丸一日が経っていた。まだ帰れずにいる。一人でいると、不安に襲われる。壁に掛けられている時計に目をやると、まだ朝の6時を指していた。──お母さん、心配してるかな……。
 
 時の流れが異なります
 
誰かが言っていた言葉が頭を過ぎる。
開けっ放しになっているドアを、誰かがノックした。
 
「はい……」
「おはようございます」
 朝の挨拶と共に優しい笑顔を見せたのはルイだった。「体調はどうですか?」
「……だいぶ良くなりました」
 そう答えながら、寝起きでボサボサの髪を手ぐしでといた。
「そうですか、安心致しました。先程はカイさんが騒がしくてすみませんでした」
「カイ……」
「大声で叫んでいた彼ですが、自己紹介しなかったのですね。まったくカイさんは……ドアも開けっ放しにするなんて」
 

──“カイ”
 
この時初めて貴方の名前を知った。
騒がしくて煩くて、無邪気なカイ。

 
「それからもう一人、シドさんも……」
 と、視線を逸らして少し気まずそうに言ったルイの表情から、良子は察した。
「シドって……『あんな奴、役に立たない』って、怒ってた人ですよね、昨日……」
「えっ、やはり聞こえていたのですね……すみません。でも、シドさんはああ見えて、良い人ですから」
 
 良い人? 全くそうは感じないけど……。
 
口調からして喧嘩っ早そうだと思い、良子は思わず苦笑いをした。
 
「リョーコさん、早朝に申し訳ないのですが、ゼンダさんがお呼びです」
「……はい」
 
良子は、それは誰? と、訊くことはしなかった。知る気にもなれなかった。
 
ルイに連れられて、やけに長い廊下を歩かされた。一体私は今何処にいるんだろうと、辺りを見回した。汚れや傷ひとつ無い真っさらな廊下。両側にはいくつかの部屋へと続く茶色いドアが一定間隔にあり、ドアには細かな模様が彫られている。アンティーク調で、自分はその沢山ある部屋の一室で休んでいたのだと知る。
遠くに見える廊下の突き当たりには、中世ヨーロッパを思わせる甲冑が飾られていた。遠くからでも分かるほど錆び付いていて、綺麗な廊下にミスマッチだった。
 
迷路のような廊下を歩き進め、たどり着いた部屋のドアには、魔法円が彫られていた。ルイが手を翳すと、鍵が外れる音と共にドアが開いた。そこは、最初に良子が立っていた、赤い絨毯だけが敷かれた部屋だった。
そして、どこか貫禄のある、サンタクロースを思わせる白い髭が特徴のゼンダという老爺が部屋の中央で待ち構えていた。良子を見るやいなや何も言うことなく、彼女に剣を手渡した。
言葉を交わしてはいないが、ゼンダという老爺と目が合っただけで威圧感を覚え、良子は直ぐに目を逸らした。
 
魔法円が描かれた絨毯の中央で正座をさせられ、言われるがまま渡された剣を両手で握り、前に構えて目を閉じると、ゼンダが呪文のような言葉を唱え始めた。良子は黙って耳を傾ける。
そして次第に体が熱くなり、また何かが込み上げてくる。自分の体ではないような感覚に襲われ、目を閉じたまま気味悪さに耐えていた。次第に剣を握る力が強くなっていく。
 
  選ばれし者
 
信じたわけじゃない。でも、いくら願っても夢から覚めず、自分が見知らぬ世界にいることは紛れも無い事実だろう。どんなにあがいても、家には帰れない。
 
 もういいや
 
覚悟を決めたわけではなく、それは諦めに近いものだった。見知らぬ場所で、見知らぬ人達に囲まれ、頼れる人もいないこの場所で、帰りたいと訴えることしか出来なかった。だけど、それさえも何の意味も持たず、残された手段は
 
「目を、開けなさい」
 
命令に従うことだった。操り人形のように。
 

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