voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配7…『寂しい人』

 
電話で住所を告げられ、シドはカレンの元へ向かった。
古びた小さなアパートの2階。ドアをノックすると、カレンが顔を覗かせた。髪が濡れている。
 
「シドさん、来てくれたんだ」
 風呂上がりの匂いが鼻をつき、しゃくに障る。
「……死にますってのは?」
 苛立つ衝動を押さえながら、シドは訊いた。
「あーぁ……。とにかく入ってよ」
 と、カレンはシドの腕を掴んで部屋へ連れ込むと、部屋の鍵を閉めた。
「やっぱ嘘かよ……」
「嘘じゃないかも。来てくれなかったら死にたい気分だったかも」
「はぁ?」
 シドは眉間にシワを寄せ、カレンを睨みつけた。
「そんな怖い顔しないでよ。──お茶でも飲む?」
「いらねーよ」
 と、部屋の鍵を開けて出ようとするシドの背中に、カレンは抱き着いた。
「ねぇ……ワオンは暴力ばっかり。寂しいの……」
「よく言うよ。痣消えてんじゃねーか」
「……最近は暴力振るわないからよ」
「痣があった次の日には消えてたな」
「それは……ファンデーションで隠してたの! ねぇ、どうせ彼女とかいないんでしょ?」
 と、カレンは上目遣いで迫った。「なんでもしてあげるよ?」
 
真っ赤に塗られた爪。カレンの手がシドの頬に触れた。
血相を変えて舌打ちをしたシドはカレンの肩を掴んで壁に押し当てた。
 
「いたっ……なにすんのよっ!」
「気持ちわりぃなお前。お前なんかに騙されたワオンは可哀相にな」
 そう言って部屋を出ると、
「騙されるほうが悪いのよッ!!」
 と、カレンの叫ぶ声が響いた。
 
 
「──シドって……なんだかんだで優しいねぇ」
 と、話を聞き終えたアールが、シドを見据えて言った。
「はぁー?」
「なんだかんだで心配になってアパートまで行ったんでしょ?」
「俺のせいで死なれちゃ気分悪ぃからだっ」
「ふうん。それにしてもカレンさんてワオンさんが言ってたイメージと全然違うね。もっとおしとやかな人かと思ってたのに……」
 と、残りのジュースを飲み干す。
「ワオンの前ではそうだったんだろ」
「それからどうなったの?」
「何食わぬ顔でまた弁当を持ってきたんだ。さすがに苛立ちが抑え切れなくなって弁当を振り払ったらワオンがぶちギレたな」
「あぁ……そうゆうことか」
 漸く話が繋がった。
「その後、カレンがワオンに、俺から脅されただのなんだの言って姿を消したらしい」
「カレンさん、プライド高そうだもんね」
 と、アールは苦笑した。「寂しい人だね」
「…………」
 
中庭から騒がしい声が聞こえてくる。シドは中庭に目を向けた。
 
「……あ? あれカイじゃね?」
「うん。さっき電話したのに出なかったから何してんだろうと思ったら、子供達に紛れて遊んでた」
「あいつVRCに何しにきてんだよ」
「ひまつぶし。」
「あぁ。それよりお前、どうすんだ?」
 と、シドはアールに目を向ける。
「え?」
「今話したことをワオンに話したって信じやしねーだろ」
「……そうだね。でも、伝えなきゃシド疑われたままだよ」
「俺はどうでもいい。どうせ信じねーことを話したって無意味だから言わなかったわけだしな」
「…………」
 アールは腑に落ちない面持ちで黙り込んだ。
「ガキと遊んで何が楽しいんだか」
 と、シドはまた窓越しにカイを見て笑う。
「ワオンさんが信じるかどうかはわからないけど……」
 と、アールは話を戻す。「カレンさんのこと引きずったままはよくないし」
「まぁな。俺の知ったことじゃねーけど」
「私、話してみるよ。気になることあるし」
「あーっそ。まぁ好きにしろよ」
「シドはまだトレーニングするの?」
 と、食堂にある掛け時計に目を遣って訊いた。
「あぁ、10時には帰るってルイに伝えとけ」
「夜の? いいけど多分忘れる。私忘れっぽいから」
「あぁ。忘れっぽくて、方向音痴で、運動神経ゼロで、頭も悪くて、酒癖も悪い。お前の取り柄はなんだよ……」
「ちょっと。酒癖も悪いってのは聞き捨てならないなぁ!」
 と、膨れるアール。
「やっぱ覚えてねぇのかよ……。人に絡んでおきながら……」
「誰が?」
「オメェがだよ! 人のことひょうたんとか言いやがって」
「ひょうたん? なにそれ」
「もーいーよ! そっちもトレーニングあんだろ? さっさと行けっ」
「う、うん。話してくれてありがとう」
 アールがそう言うと、シドはそっぽ向いた。
 
 
戦闘部屋へ戻ったアールはワオンがまだ来ていないので廊下のソファに腰掛て待つことにした。トレーニングの再開時間に少し遅れたため、既に来ていると思っていたのだが。
 
「なんだ、ここにいたのか」
 暫くして、アールの元へやってきたワオンはあまり浮かない表情をしていた。
「アールちゃんが戻って来ないから食堂に行ったんだ。ちょうどシドと話していたようだから待っていようと他の用事を済ませて食堂に戻ったらもういなくてな。──話、訊いたのか?」
「あ……はい」
 
アールは、なにからどう話そうかと考えた。どう伝えればいいんだろう。ワオンにとってはよくない話だ。あまり刺激を与えないように話したい。
 
「悪いが移動してもいいか?」
「え……?」
「タバコ吸いたくてよ。ここは禁煙だからな」
 そう言ってワオンは歩き出した。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -