voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配6…『女の狙い』

 
3人はVRCへ向かい、たどり着いてからはそれぞれ別行動に移った。
時折アールの元にカイから電話が入り、トレーニングの邪魔をする。
 
「ごめん今……調子が出てきたとこだから、あとでね」
 カイからの電話を受け、アールは汗を拭きながら言う。
『今どれくらいのレベルなのー?』
「レベルはそんなに上がってないよ、またあとでね」
 そう言って一方的に電話を切った。
「またカイからかー?」
 操作室にいるワオンが呆れたように言った。
「すいません……」
「そんないちいち出なくてもいいんじゃないか?」
「でも……何かあったとき困るので」
 そう言ってアールは剣を構えた。
「──なぁ、シドには訊いてくれたか?」
「え?」
 と、アールは天井を見上げる。
「カレンのことだよ」
「あ……ごめんなさい。訊いておきます」
 
ミシェルの一件ですっかり忘れていた。訊いて答えてくれるとは思えないけれど、正直自分も気になっている。
 
「頼むよ……気になって夜も眠れねぇ」
「ま、任せてください。今度こそ訊いておきます!」
「おう。んじゃ、トレーニング開始だ」
 
トレーニングは相変わらず魔物を効率的に倒せるようになるための訓練だった。力が身についているかどうかはまだわからないが、コツは掴んできたかのように思う。
 
17時になると、休憩に入った。
 
ワオンは用事があると言って事務室へ向かったため、アールは一人、食堂でりんごジュースを飲んでいた。
退屈しのぎにカイに電話を掛けてみたが、出る気配がない。自分からはしょっちゅう掛けてくるくせに、こっちから掛けても出やしない。また変な男に絡まれていなければいいけど……。
 
アールはテーブルに顔を伏せた。
 
低レベルの魔物はすんなりと倒せるようになった。時には一撃で倒せることもある。けれど、体力だけはなかなかつかず、腕が痛む。
 
「なにサボってんだよ」
 と、背後から聞き慣れた男の声がして、顔を上げた。飲み物を持ったシドが立っていた。
「シド! なんでいるの?」
「いちゃわりぃか」
 と、シドはテーブルを挟んでアールの向かい側に腰掛けた。
 
しかし、アールといるとワオンの話になりそうな気がしたシドはちらりと隣の席を見遣り、移動しようかと思い立つ。──が、アールに話し掛けられる方が一足早かった。
 
「シド仕事は?」
「終わった」
「筋トレとかしに来たの?」
「まぁな」
「カレンさんとなにがあったの?」
「はぁ?」
 と、ドリンクを飲もうとして手を止めた。予想通りワオンの話になる。
「ごめん、それとなく訊くつもりだったんだけど、忘れないようにと思ってたら単刀直入に訊いちゃった……」
「それとなく訊けよっ」
 シドは苛立ちながらドリンクを飲んだ。
「ワオンさん、気になって夜も眠れないんだって」
「朝方眠りゃいいだろ」
「そういう問題じゃなくって」
「うっせーな。話すつもりはねーよ」
「じゃあワオンさんには適当に伝えておく。──シドがカレンさんに結婚を申し込んだんだけどカレンさんはワオンさんが大好きだからお断りしたのにシドがしつこくてしつこくて迷惑していたら今度は刀をちらつかせて脅したあげくに『俺と結婚してくれないならワオンを痛い目にあわせてやる!』とかなんとか言って力ずくでもカレンさんをワオンさんから奪おうとしていたって」
「でっち上げもいいとこだな!」
 と、呆れ返るシド。
「当たってた?」
「当たってねぇーよっ!」
 そう言ってドリンクを飲み干した。
 
広々とした食堂には天井から床まで壁一面の大きな窓ガラスがあり、中庭がよく見える。中庭では子供達がちゃんばらごっこのように長い棒を振り回していた。
アールは微笑みながら子供達を見ていると、一人大人が交じっていることに気が付いた。見たことがあるシルエット。目を細め、よく確認する。
 
「カイじゃん……」
「知らないほうがいいこともあんだろ」
 と、突然シドが言い、アールはシドに目を向けた。
「え?」
「別にワオンに気を遣う必要なんかねぇけどな」
「……やっぱり、ワオンさんには言えないこと、あったの?」
 
シドは空のグラスを眺めながら傾けた。
 
「あの女は……ろくな女じゃねーよ。何があったか話したってワオンは信じねぇだろうから、話さねんだよ」
「私は信じるけど」
 そう即答したアールに、シドはため息をついた。
「お前が信じたって意味ねーだろーがバーカ」
「……そうだけど」
 と、アールは目を逸らし、ジュースを飲んだ。
「あの女、助けてくれって相談してきやがったんだよ」
「助けてくれ?」
「あぁ。ワオンが暴力を振るうんだと」
「え? ワオンさんがそんなことするはずないよ!」
 と、アールは立ち上がり、身を乗り出した。
「落ち着けって。周りにはいい顔してプライベートでは何してるかなんて他人にはわかんねぇだろ」
「じゃあシドは信じたの? カレンさんが言ったこと……」
「いや? 実際に暴力を受けてるところを見たわけじゃねーし。殴られた痣は見せられたが不自然だったしな」
「痣……?」
「胸や足にな」
「……どこって?」
「胸や足だよ」
 と、シドがイラッとした様子で言う。
「……どこをどこで見たの?」
「……あ?」
「…………」
「ばっ?! 違うって! そういうアレじゃねーよッ!」
 と、シドは慌てて誤解を解こうとする。
「私別に何も言ってないけど……」
 と、アールは椅子に腰を下ろした。
「目が疑ってんじゃねーか!」
「いや……別に怪しいとこで怪しい雰囲気でそうゆうとこ見たとか思ってないから」
「思ってんじゃねーか」
 シドはため息をついて立ち上がった。
「どこいくの?」
 
シドはアールに空のグラスを軽く振って、ドリンクのおかわりを注ぎに行った。
暫くして戻ってきたシドは、また同じ席に座った。
 
「──で、どこでそんな話をしたの?」
 と、改めてアールは尋ねた。
「場所にこだわんなよ……近場の喫茶店だ」
「そこで胸と足をあらわに?」
「お前は変態か……。チラッと見せられただけだっての」
 そう言ってシドはぶっきらぼうにドリンクを飲んだ。
「不自然な痣って?」
「なんつーか、色を塗ったみてーな痣だったな」
「よく観察したね……」
「あのなぁ! カイがよく痣つくったり怪我したりすっから見慣れてんだよ! ぱっと見で不自然なことに気づくっての!」
「冗談だってー」
 と、アールは笑った。
「ったく……。とにかく女が真実を話してるようには見えなかったんだよ」
「それでどうしたの?」
「助けてくれって泣き縋りやがった。気持ち悪ぃぐれぇベタついてきたしな」
「あぁ……なるほど」
「女が嘘をついていたことはすぐにわかった」
 
そうアールに話しながら、シドは当時のことを思い出していた。
 
他にも客がいる喫茶店で店を後にしようとしたとき、カレンは人目もはばからずシドに泣き縋った。
 
「助けてください怖いんです……。貴方しか頼れる人がいなくて……」
「俺にどうしろっつんだよ。直接本人に言やいいのか?」
「そんなことしたらまた殴られちゃう! 彼に……私のことを諦めさせてほしいんです……」
「はぁ?」
「シドさん……形だけでも、私と、付き合うことにしてくれませんか?」
 
カレンの目から流れ落ちた涙を見たシドは、不愉快きわまりなかった。どうも泣き縋れば許されるとか、泣き縋れば助けて貰えると思っている女の涙は信用しがたい。
 
「わりぃけど他の奴に頼めよ。めんどくせぇ」
 シドはそう言って、喫茶店を後にした。
 
あくる日、カレンは何事もなかったようにまたシドの弁当も用意し、施設へ持って来た。
その時、足にあったはずの痣が綺麗さっぱり消えていることに気づいたシドだったが、敢えて問いただすことはしなかった。
 
カレンの行動は2、3日続き、カレンが何を考えているのか理解できず、シドの苛立ちは募っていった。
そんなある日、VRCの帰りにシドの携帯電話が鳴った。見慣れない番号。電話に出ると、カレンだった。
 
『シドさん……助けてください』
「はぁ? お前なんで俺の番号知ってんだよっ」
『助けてください……来てくれないなら……私死にます』
 

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©Kamikawa
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